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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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01章 孤独な少女-2

【アイシス視点】


「…なに、これ?」

自分の目に見えているものが、理解できない。

見覚えのない部屋、柔らかい枕、清潔なシーツ、暖かい毛布。

夢?

だとしたら、最低な夢だ。

私の手に届かないものばかりが、ここにある。

他には、テーブルが一つあるっきり。

ベッドの脇にきちんと並べられていた自分の靴を履き、窓へと歩み寄る。

カーテンを開け放った。

差し込んでくる日差しが、うっとうしい。

それを無視して、窓を覗き込んだ。

「………」

見下ろした地面が、遠い。

ここは、二階みたいだ。

見えるのは木ぐらいで、隣の家さえない。

森に囲まれてる?

ロアイスの街じゃない?

どうやってここまで来たのか、それを思い出そうとして、途中でやめる。

それがどれだけ無駄なことか、自分が一番よく分かっていた。

ここが、私の死に場所。

その事実は、変わらない。

抵抗するつもりなんてないし、そんなことはしても無駄だ。

どうせ、今までと変わらない。

それに、最低最悪よりも下なんて、存在しない。

カーテンを閉めて、後ろを振り返る。

そこにあるのは、ここから出るためのドアだ。

「………」

外へでようか数秒だけ悩んで、結局、ベッドに戻る。

目を覚ましたときと同じ格好で寝ころび、目を閉じた。

何をしようと、何も変わらない。

なら、私は、何もしない。

そう決めたんだ。




ぼんやりと濁っていた意識に、コツコツという音が響く。

今のは…たぶん、ノックの音だ。

無視。

相手をする気なんて、ない。

もう一度、同じ調子でノックされる。

何度やっても同じだ、返事なんてしない。


ドアが開く音に続いて、足音が一つ、部屋の中に入ってくる。

それが私の横で、ぴたりと止まった。

見られている? 何かされる?

考えているうちに、足音が部屋の奥へと向かう。

窓のあたりで止まると、今度は迷いなくドアへと向かっていった。

何もしないで、出て行くの?

「置いておく。食べ終わったら、降りて来てくれ」

男の人の声に、目を開ける。

でも、既にドアは閉じていて、後ろ姿さえ見えなかった。

私が起きていたことに、気づいていた?

それに、食べるって? 何を…?

そう思って、足音が向かっていた窓の方へと、目を向ける。

テーブルの上には、さっきまでなかった料理が、湯気を立てていた。

匂いに釣られて、近づいてみる。

焼きたてのパンと、皿の底が見えないほど具だくさんのスープ。

水さしと、空のグラスまで置いてあった。

こんなに豪勢な朝ご飯なんて、見たことない。

しかも、食器は全て、この小さな部屋に似合わないくらいに豪奢で…。

まったく、わけが分からない。

「…っ」

美味しそうな匂いに、つばを飲む。

そういえば、ここ最近、ろくに食事もしていなかった。

知らない人が用意した料理なんて…と思ったところで、自分の馬鹿さ加減がイヤになる。

例え、毒が入っていて、それで苦しんでも、たとえ死んでも、何も困らない。

だって、ここで殺されても、後で殺されても、変わらないんだから。

何も考えず、無心で手を動かす。

気が付けば、料理が冷める前に、全て食べ終えていた。



【ティスト視点】



朝食を食べ終えて、リビングで食後のコーヒーを楽しむ。

部屋で寝たふりをしていたあの子、料理に手をつけてくれればいいが…。

食べられないほどに衰弱していると、そっちのほうが問題だ。

向かい側の席に用意したマグカップを眺めて、取りとめもなく、そんなことを考える。

考えても意味のないことなのは分かっているが、考えずにはいられなかった。



コーヒーから立ち昇る湯気が、徐々に小さくなり始めたころ。

来客を告げるノックの音が玄関から響いた。

「あ…」

誰が来たのか理解したときには、もうドアが開いていた。

手にバスケットを提げた少女が、楽しそうに微笑んでいる。

大きなリボンで結わえられた、手入れの行き届いた栗色の髪は、いつ見ても目を奪われる。

思わず指を通してみたくなるような、不思議な魅力があった。

「おはよ、ティスト」

「おはよう、ユイ」

とびきりの笑顔で挨拶してくれる幼なじみに、いつもの調子で返す。

すっかり忘れていた。

今日は、週に一度、ユイが来てくれる日だった。

「もしかして…朝ご飯、もう済ませちゃった?」

俺が手にしていたカップを見て、顔を曇らせる。

コーヒーはいつも食後に…俺の癖まで、しっかり覚えてくれるんだな。

「ああ、今日はもう食べ終わった…ごめんな」

「ううん、いいよ」

いつもなら、一緒に食べていたからな。

あのバスケットの中にあるのは、たぶん、朝ご飯か、その材料だろう。

どう謝ろうかと考えていると、ユイの視線がテーブルの上で止まる。

そこには、あの子のために用意したマグカップ。

「これ、あたしのために用意しておいてくれたの?」

申し訳なさすぎて、目を輝かせるユイを直視できない。

次回は必ず用意をしておこうと誓って、俺は話を切り出した。

「相談があるんだ、聞いてくれるか?」

「どうしたの?」

改めて、ユイのためにコーヒーを用意して、向かいに座ってもらう。

あの子が降りて来ていないことを確認し、声を落として、昨日のことを話した。




話を聞き終えて、ユイがゆっくりとため息をつく。

その顔は、悲痛な経験をしたあの子への同情で染まっていた。

「正しいことかどうかなんて、分からないけど…

 あたしは、ティストのしたことが、いいことだと思う」

その肯定で、俺の心が安らぐ。

自分の行動を認めてくれたことが、素直に嬉しかった。

「で、これからどうするの?」

「あの子に任せるよ。見返りを求める気もないからな」

金で他人の人生を縛り付けるつもりなんて、さらさらない。

「ティストならそう言うと思ってた。

 でもね、あたしの想像の話なんだけど…。

 その子には、家も、お金も、助けてくれる人も、何にもないと思う。

 だから、どうしたいのか聞いても、困らせるだけかもしれないよ」

「…そうだな」

生活するなら、必要になるものが絶対に出てくる。

何も持っていなければ、自分の意志とは関係なく、何も出来ない。

だからといって、あれだけの仕打ちをされて、誰かを信じて頼るなんて、できないだろうな。

「とにかく、話してみる。今の俺には、それしか言えない」

「うん、それがいいと思う。

 踏み込みすぎたらダメかもしれない。

 でも、一番大事なのは離れないこと…じゃないかな」

ユイの言葉にかぶるように、階段を下りてくる足音が響く。

どうやら、部屋から出てきてくれたみたいだな。

テーブルの上にある三つのカップに、コーヒーを注ぐ。

立ち上る湯気が、部屋の中を香りで満たしていった。




少女と目が合い、その顔が恐怖に歪む。

俺に向けられたその表情に、息が詰まる。

心の中に沸いた苦みを噛み潰して、自分の表情に出さないように抑え付けた。

「食べ終わったか?」

「………」

小さくうなずいて、部屋の中を見回している。

その姿は警戒している小動物のようで、昨日の虚ろな瞳でないことに安堵する。

どうやら、精神に異常をきたしているわけではなさそうだ。

「初めまして、ユイ・カルナスです」

突然の挨拶に、少女が強張る。

だが、名乗るのは最低限の礼儀だし、ユイの判断はおそらく正しい。

「ティスト・レイアだ」

「アイシス・リンダント…です」

俺たちの自己紹介に、戸惑いながらも返してくれる。

どうやら、話はできるようだ。

「座ってくれ」

「…はい」

目の前に置かれたカップに視線を落とし、それでも手は伸ばさない。

手をつけていいのか迷っているのか、じっと見ているだけだ。

沈黙が続く。

たぶん、俺たちが話し出すのを待っているんだろうが…。

何から話せばいいだろう?

どう話せば、相手を怯えさせない?

「こうやって、黙っててもしょうがないし…。

 説明しようとしても、うまくできないだろうから…。

 アイシスちゃんが聞きたいことを、あたしたちに質問してくれない?」

ユイの打開策に、困ったような顔をしてから、アイシスがうなずく。

いい提案だ。

これなら、余計なことまで話す心配もない。

「………」

数秒の間、渇いた唇を動かしているが、声にならない。

何事かを言おうとしているのが分かって、それを静かに待った。

「…あなたが、私の飼い主ですか?」

寒気がするほど希薄な声で、アイシスが問いかける。

昨日、道端で座り込んでいたときと同じ、全てを放棄したような目だ。

「悪趣味な言い回しだな。俺には、そういう趣味はない」

「…どういう、意味ですか?」

「契約は、破棄された。だから、アイシスは自由だ」

言葉の真偽を確かめようと、アイシスが俺の顔を見る。

嘘や冗談でないことを伝えるために、その瞳を真正面から見返した。

「…ほんとう…に?」

「ああ」

はっきりと答えると、瞳の色が驚きに変わり、見開かれたアイシスの目が俺を見る。

どうやら、信じてくれたらしいな。

「そんな…どうやって…」

つぶやくアイシスに対して、コーヒーを飲んで答えを濁す。

金を払ったといっても、アイシスを困らせるだけだろう。

「…あなたが、そうしたんですか?」

「ああ」

「…どうして、そんなことを?」

どう答えたら、アイシスが受け入れてくれるのか…そんなことを考えようとして、やめる。

取り繕うと言えば聞こえはいいが、それは都合のいい表現で、結局は嘘だ。

だから、思ったとおりに答えた。

「アイシスが誰から見捨てられても、俺は見捨てたくなかった。

 俺も見捨てられた人間だからな」

自ら触れた自分の傷の痛みに、顔をしかめそうになる。

だが、それが偽らざる本心だ。

見捨てられた者の辛さは、俺も味わったことがある。

そして、そこから俺は救われた。

だから、同じ辛さを味わってほしくないし、救われてほしいと思う。

俺が本当に助けたかったのは、この子に投影した昔の自分なのかもしれない。

「だから、アイシスの好きなようにしたらいい」

「…好きな、ように…」

絞り出すように、アイシスが繰り返す。

どうしていいか分からないと、その表情が物語っていた。

まあ、突然そんなことを言われても、困るだろうな。

「アイシスちゃんがしたいことが分からないなら、あたしの質問に答えてくれるかな?」

今まで静かに見守っていたユイが、優しい声でアイシスに質問する。

相手のことをきちんと尊重している、ユイらしい聞き方だ。

「…はい」

「クリアデルにいたんだよね? 戻りたい?」

「…いえ、わかりません」

ここで戻りたいと即答しないのだから、クリアデルの環境も決して良くなかったのだろう。

それ以上に過酷な現実が待っているなら戻ってもいい、そんな返事に聞こえる。

「じゃあ、ウチで働いてみない?」

「ウチ…って?」

「あたしの家、ライズ&セットっていう料理店なんだけど…。

 もし、アイシスちゃんがよければ、住みこみで働いてもらえると思うの」

「あの、考え…させてください」

急にそんなことを言われても、即決できないのは分かるが…。

ユイの説明に、アイシスはあまり関心を示していないように見える。

信用していないからか、それとも、他に何か理由があるのか…今のままじゃ分からないな。

「俺からも質問があるんだけど、いいか?」

「はい」

「どうして、クリアデルにいたんだ?」

「…徴兵制で、入りました」

少しの間をあけて、アイシスがそう答える。

あれは、たしか女子供には適応されないはずだが…。

志願じゃない…つまり、自分で入ったわけじゃないのか?

アイシスの反応を見るに、追求は止めておいたほうが良さそうだ。

「戦えるなら、クリアデルの連中のようにギルドで仕事をこなすこともできるぞ?

 危険はあるが、それに見合うだけの見返りも…」

「…戦えません」

俺の言葉を遮って、アイシスがつぶやく。

小さな声なのに、はっきりと耳に残った。

「私は、弱い…ですから」

耐えるように、アイシスが声を震わせる。

聞いているほうが辛くなるような、涙声だ。

「仕事を受けたとしても、それをこなす力がない。

 誰かに襲われても、抵抗できるだけの力もない。

 私には、何もないんです。

 一人で生きていける力が欲しかったのに…クリアデルでは、身に付きませんでした」

誰にも寄りたくない、誰にも寄られたくない、誰にも関わりたくない。

『一人で』の中に詰められたその言葉の意味に、なんとなく共感を抱いてしまう。

自分と一つずれた道を進んだ先、それが俺にとってのアイシスの位置のような気がした。

「すみません。そんなの、私には無理だって分かってるのに…」

小さく首を振って、アイシスが自分の願いを潰す。

それを見ているのが、たまらなくイヤだった。

だから、売り言葉に買い言葉が、口をついて出た。

「俺が、教えようか?」

「…え?」

驚きの表情で、アイシスが固まる。

時間をかけて考えたのか、ゆっくりと首を振った。

「いえ、いいです。どうせ、変わりませんから」

自棄になって吐き捨てるアイシスは、聞く耳を持ってくれそうにない。

今までの経験が、アイシスをかたくなにしてしまっている。

「アイシスちゃんが、どんな訓練をしてきたのか分からないけど…。

 強くなるためには、必要なものがあるの」

「…なんですか?」

「上達するために、導いてくれる人。

 何がいけないのか、何が足りないのか、自分で考えることも必要だけど…。

 自分が分からないときに、それを教えてくれる人が必要だと思う」

「導いて…くれる…人」

疑いの表情で、ユイの言葉を途切れ途切れに繰り返す。

そんなものはいないと考える気持ちも、分からないでもない。

だが、これは、本当のことだ。

俺も師匠たちのおかげで、今がある。

「あたしは、戦うことはできないけど、他のことでも同じだと思う。

 自分の進み方がわかるまでって、道標が必要なの」

どう反論していいか分からないのか、アイシスは黙り込んでしまっている。

自分に今まで足りなかったものの話なんてされても、実感はないだろうし、正解かどうかも分からないだろう。

『踏み込みすぎたらダメかもしれない、でも、一番大事なのは離れないこと』…だったかな。

「試してみるか?」

「え?」

「俺がアイシスの道標にふさわしいかどうか、試してみるか?」

「でも…」

「違ったなら、また道標を探せばいいだけだ。

 可能性があるなら、確認ぐらいしてもいいだろ」

「…はい」

俺の言葉に押し切られるように、アイシスが了承する。

戸惑うアイシスの気持ちも分かるが、ここで議論していても、結論はでない。

試してみるだけだ。

「表に出ようか」

アイシスとユイをつれて、小屋の外へと出た。

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