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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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06章 恐れる少女-1

【ティスト視点】


疲れない程度の速さを心がけて、クレネアの森への道を歩く。

今から緊張してしまっているのか、隣を歩くアイシスは、ずっと口を閉ざしたままだ。

「森に入った経験は?」

「いえ、今回が初めて…です」

そういえば、クリアデルが外で訓練をしているという話は聞かない。

闘技場のように整えられた環境でいつも戦える保証はないのに、怠慢もいいところだな。

「すみません」

黙り込んでいるのを責められていると感じたのか、アイシスが小さく頭を下げる。

「気にしなくていい。中途半端な知識があるよりも、初めてのほうがやりやすいこともあるだろうし…な」

何もかも分からないから消耗は激しいだろうが、油断がない。

何日も続くような仕事じゃないだけに、今日一日だけ集中力を持続してくれるなら、そのほうがいい。

「俺の後ろについて、物音を立てないこと。後は、何か気づいたら小声で教えてくれ」

「それだけ…ですか?」

「ああ、それだけでいい」

細かい話をしても覚えきれないだろうし、とっさのときに余計に混乱されても困る。

何かあったら、とにかく安全第一で行くしかないな。



森に入って数分後、自分の直感を信じて足を止める。

「…どうしたんですか?」

周りに敵がいると思ったのか、声を小さくしてアイシスが身を寄せる。

人の気配は、感じられない。

だけど、何かがある気がする。

注意深くあたりを見回して、ようやく違和感の原因が発見できた。

「罠…か」

俺の視線を読み取って、アイシスが目を向ける。

「落とし穴…ですか?」

小枝や葉などで細工してあるが、その意図的な作りが余計に目を引く。

中には、毒の塗った刃がびっしりと生えていることだろう。

「ああ、単純な仕掛けだが、追われたり、視界が悪いと引っ掛かることもある。

 罠があることが前提で探してなければ、そうそう気づかないだろうしな」

俺の聞きかじりでも、知識がないよりはマシになるかもしれない。

師匠たちに言われたことを、記憶からたぐり寄せる。

ゆがんだ円…を覚えておいたほうがいい」

「円?」

「円の中に入るためには、線に触れるだろう?

 その線が罠の場所…だからって、円と同じように規則性を持たせたら、引っ掛からない。

 だから、いびつな円や半円を何重にも張り巡らせるんだ」

「そうなんですか」

説明を聞いたアイシスが、周囲を見渡す。

ほとんど目を留めずにさっと見回すと、迷いなく指差した。

「あそこと…あそこも…ですか? たしかに、歪んだ円ですね」

順に追うと、遠くにここと同じような落とし穴、近くには樹木の間を行き交う細い糸が見える。

あの糸が鋭利なのか、触れた瞬間に音でも鳴るのかは知らないが、間違いなく精霊族の罠だ。

「今、見つけたのか?」

「? はい」

「いい目をしてるな」

視界を広げて瞬時に違和感に気づけるなら、敵の発見などにも応用がきく。

自分に降りかかる危険を察知する能力は、高いのかもしれないな。

「罠があるって…ここは、もう精霊族の領地なんですか?」

さっきよりも声を落として、アイシスが問いかけてくる。

その表情は、不安で埋め尽くされていた。

「いや…たぶん、前大戦の名残だろう」

クレネアの森を要とした籠城戦で、精霊族が他の侵入を防いでいた時のものだろう。

領土の話なら、クレネアの森は、森の民である精霊族こそが自分の領地だと主張していたはずだ。

が、そんなことを話してアイシスを不安がらせてもしょうがない。

「離れるなよ」

「はい」

神経を尖らせ、慎重に木々の間をすり抜けた。



汗が頬を伝い、それを袖で拭う。

森に入って、どれほど経ったのか、はっきりと思い出せない。

そろそろ、体内時計が狂い出してきたな。

休憩らしい休憩もなく、何の変化もない鬱蒼と茂る木々の間を歩き続けてきた。

細心の注意を払い続けているつもりでも、集中力は常に極限ではいられない。

そろそろ、落ち度が出てきてもおかしくない頃合いだ。

「………」

深入りは危険だが、何もなしに帰るのも難しい。

せめて、煙が上がったという、焼け跡の現状だけでも見られれば…。

「?」

視線の中で何かが動いたのと、上着の袖口を引っ張られたのは、ほぼ同時。

幾重にも交わる木々の隙間から、何かの動く影がちらつく。

アイシスはそちらから視線を外せずに、震える手で俺のすそを握っていた。

「大丈夫だ」

静かに身体を寄せて、耳元でささやく。

この距離なら、気づかれることもないだろう。

音を立てないように、隙間を覗ける場所まで移動した。



「…!」

険悪な雰囲気で向かい合う奴らを見て、思わず息を呑む。

服装から髪型まで、対比させればさせるほど、空気が張り詰めている理由が分かる。

まさか、魔族と精霊族がにらみ合っている場所に遭遇することになるとはな。

金髪の精霊族と黒髪の魔族、服装の類から見ても間違いなさそうだ。

精霊族は、全部で5人。

どれも年若く、緊張した面持ちで、相手を睨みつけている。

対して、魔族の3人は冷静で、男一人が女たちより一歩前に出ていた。

向かい合っている理由も知らないが、無事に終わるとは思えないな。

「………」

動きがないことを確認して、奴らにあわせていた焦点をぼかして、全体を見渡していく。

開けた場所と思い込んでいたが、周囲の木々や地面のところどころが黒く焦げ付いている。

どうやら、ここが火の手の上がった場所らしいが…生えている木々を焼くほどの火力だったらしいな。

「お前たちの仕業か?」

怒りを隠そうともせずに、精霊族の女が問いかける。

森を愛して森に生きる者は、住処を傷つけられることを一番に嫌う…か。

「我々がこんなことをしても、わずかな利益もない」

「嘘をつくなっ!!」

精霊族の怒声を皮切りに、口々に罵声が飛び出す。

「我々が何かしたという証拠でもあるのかね? 責任だけをなすりつけられるのは不愉快だ」

相手の大声を涼しい顔で聞き流し、魔族の男が先ほどと変わらない声でそう答えた。

「異種族は、災厄を運ぶ。

 異種族こそが、災厄である…というものもあるな。

 大戦より伝わることわざが事実であっただけのことだ」

「結局、見えている何かを原因にして、安心しているだけだろう?

 不明な敵よりは、明確な敵がいたほうが楽だからね」

「では、貴様たちではないという証拠があるとでもいうのか!?」

声を荒げて水掛け論に突入しようとしていた男を制して、最初に発言した精霊族の女が前に出る。

どうやら、あの集団を統率しているのは、この女らしいな。

「質問を変えよう。なぜ、お前たちはここにいる?

 種族不可侵を宣言したお前たちが、自ら破るというのか?」

「クレネアの森は、種族たちで領土を三等分したはずだ。ここに誰がいようと問題ない。

 ここには、食糧の調達に来た。

 食糧の交渉にと考えていたが、反応を見る限り、相談の余地はないだろう?」

「我、大地を潤す水の力を借り受ける者也」

張り詰めた空気の中に、朗々とした男の声が響き渡る。

力強い声音に答えるように、球形の水が男の前に現出した。

魔族を相手に、目の前で魔法を収束させて見せるとは…。

威嚇のつもりなら、挑発と区別がつかない時点で致命的だ。

あそこまでの世間知らずは、見ていて背筋が冷たくなる。

「物乞いにくれてやるものはない、失せな。

 それとも、水浴びしてから帰るか?」

言葉の選び方が見事で、傍観者のこっちが逃げ出したくなる。

あれでは、魔族に『戦いませんか?』とお伺いを立てるようなものだ。

人数を見て優勢と思っているのか、それとも、自殺志願者か。

あれだけの蛮勇は、見ているこっちの心臓に悪い。

「ふざけないでよっ! その水が届くまでに、あなたを消してあげるわ」

「力なきものの大言ほど、見ていて不愉快なものはありません。

 あなたに、今の言葉は重過ぎる」

外見から感じられる静と動の印象どおりの足運びで、二人が魔族の男よりも前に出る。

整った顔立ちの中で、怒りを表す釣りあがった眉根が、二人とも妙に似ていた。

「レイナ、サリ、下がっていなさい」

相手が攻撃に移るよりも前に、男がこともなげに前へ出る。

矢面に立つ意識などまるでないような、自然な振る舞いだ。

「ですが…」

「レイナ」

言葉を遮られてもう一度名前を呼ばれ、女が不承不承に後ろへ下がる。

「サリ、いいね?」

「仰せのままに」

一方の物静かな方は、おとなしく男の後ろに下がった。

どうやら、誰も戦いを放棄するとか、ここから離れるという選択肢を提案するつもりはないらしい。

「この寒空の中、凍えずに済むかな?

 水よ、我が敵を貫けっ!!」

収束した水の魔法を塊にして、魔族へと解き放つ。

水の魔法が、グラスの中身を投げつけるのと変わらないのでは、話にならない。

軌道は直線、量も平凡…あんなものでは、誰も当たってくれるわけがない。

男が掲げた手のひらに水は吸い込まれ、音もなく存在が消失した。

「これで終わりかね」

問いかけた魔族の男に返事をするかのように、距離のある木々の間から矢が一斉掃射される。

わずかに視界の端で捉えることができたのは、枝葉の間から見える人の腕と妙な箱。

箱のほうからも矢を打ち出している辺り、あれも罠の一つなのだろう。

常に森の中には伏兵が潜んでいる…か。

矢が来ていない方向に避けるつもりか…それとも、上か?

「………」

矢が到達するまでの数瞬の間に、男が無言で腕を振るう。

「ッ!?」

叫ぼうとしたアイシスの喉から、声ではなく息が吐き出される。

目の前に広がる得体の知れない黒い空気のようなものが、全ての矢を叩き落していた。

こちらに届いておらず、向けられてもいないのに、その圧倒的な存在にアイシスの体が震えだす。

まずいな。

アイシスの身体を抑え付けても、震えを止めることができない。

見たこともないほど強烈な魔法に、芯から飲み込まれてしまっている。

徐々に広がりつつある闇に、後ずさりするようにアイシスが身体を動かす。

「………」

アイシスの震えを視界の端に捉えたようで、矢が放出されたあたりから視線がいくつも絡んでくる。

特有の合図があるのか、数秒でこちらの位置が全員に把握され、敵意が殺到した。

「チッ…」

ようやく舌打ちをする自由ぐらいは、与えられたな。

さっきの一斉掃射と違い、数瞬の差で矢が次々にこちらへ着弾する。

「ッ!」

アイシスとの射線を遮るように位置を取り、迫り来る矢をダガーで叩き落す。

数発を落としたところで、軽やかな足取りで飛び掛る影が三つほど。

直接攻撃では、受け止めるだけじゃ退いてくれないだろうな。

「…!」

それぞれと一度だけ刃を交叉させ、それだけで、相手の腕から武器を取り落とさせる。

奴らは距離を取って、苦痛に表情を歪めていた。

戦意喪失してくれたみたいだが、このまま退いてくれるかどうか…。

「総員退避っ!」

ざわつく森を射抜くような、凛とした声。

俺の視界にいた精霊族たちは、その号令に従って森の奥へと飛び退っていった。

「………」

周囲を見回しても、残っている気配はない。

残っているのは、命令を出した一人だけだ。

「総員退避…ではなかったのかね?」

「悪戯に被害を拡大させたくなかっただけよ。

 我が名は、キシス・フランドール。

 有色ユウシキの魔族、私の知る名は、二つしかないが…。

 名前を確認させてもらいましょうか」

「こちらだけ名を伏せておくのは、礼に反するが…私の口から答えるわけにはいかないな」

「そう」

その返事が想定のうちだったのか、キシスと名乗った女性はそれ以上の追求をしない。

確認させてもらう…と言っていたとおり、誰なのか、もう既に分かっているはずだ。

「あなたには、鼻で笑われる程度の台詞かもしれないけど…。

 警告だけはさせてもらうわ」

声を低くし、敵意の込められた鋭い視線が突き刺さる。

「これ以上の侵入は、死を覚悟しなさい。

 異種族の侵入を全て阻んだ、精霊族の戦いを目の当たりにすることになる」

総員退避は、体勢の立て直しも目的の一つだろうな。

先ほどの数倍、数十倍が迎撃の準備をしていることだろう。

「このまま帰るのであれば、危害を加えないことだけは約束するわ」

キシスが背を見せずに跳躍し、森の中に溶けるように消えていった。

辺りはすっかり静まり返り、俺の隣ではアイシスが小さく震えている。

さっきの騒ぎに便乗して逃げ出していれば…いや、それでも危険に変わりない…か。

「出てくるつもりはあるかい?」

先ほどの黒い魔法がこちらに向けてじわじわと伸び、身体の周りにこびり付く。

さすがに、忘れて帰ってくれるのは、期待が過ぎるか。

「ひっ…」

アイシスが息を呑んで、少しでも魔法から遠ざかろうとする。

触れられたからといってどうということはないようだが、精神衛生上よろしくなさそうだ。

「行くぞ」

進む道にあるものだけ風の魔法で払いのけ、木の陰から踏み出した。

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