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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
18/129

05章 驚く少女-6

【アイシス視点】


「ふぅ…」

際限なく出てくるものを食べ、振舞われたお酒を飲んだ。

こんなに心地よい満腹感は初めてで…もう起きているのも面倒になる。

今日は、いろんなことがありすぎた。

王城に行った、武器の扱いを習った、あいつらに…会った。

そこで、思考を止める。

思い出したくもなかった。

「ごめんね、相部屋で」

ベッドのシーツを整えながら、小さくユイさんが謝る。

「いえ…」

本当は、毛布の一枚でも借りて、一人で寝たいけど…。

部屋に泊めてくれるっていうのに、そんなことはできない。

「明日のことが気になる?」

私の表情をそういう風に解釈したのか、優しい声をかけてくれる。

異種族との国境に位置する森。

危険なのは分かるけど…。

どれぐらい危険で、だからどうなるのか、ある程度でも想像ができないと恐がることさえできない。

「大丈夫、ティストはとっても強いから」

私に聞かせているというより、あの人が自分に言い聞かせてるように感じる。

いい返事が見つからなくて、私は曖昧あいまいにうなずいた。

「だから…ね。アイシスちゃんも、ティストのことを頼ってもいいと思う」

「…そんなに強いんですか? 先生は」

先生の訓練とか、私を軽々とあしらう力とか、たしかにすごいと思うけど…。

五人に、しかもクリアデルの人間に囲まれて、勝てるなんて思えない。

そして、先生が倒れた後には、私への報復が待っている。

泣いても倒れても終わることのない、執拗な報復が…。

しかも、抵抗をしたと思われたら、報復は何倍にもなる。

「あたしは、強さの単位とか、表現方法なんて分からないけど。

 ティストは、誰にも負けないよ」

確信を持った言葉…疑いなんて、少しもない。

そこまで先生を信頼する理由が、私には分からなかった。

「誰にも…ですか?」

「そう、誰にも。

 あたしが知っている誰よりも、ティストは強いから。

 あたしがそう言っても、信じられないかもしれないけどね」

私の考えていることが分かったのか、そう言葉を付け足す。

私には、自分の好きな人を過大評価しているようにしか見えない。

「おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

試さなければ分からない不毛な会話を終わらせるために、目を閉じる。

先生の強さ…か。

漠然と私よりも強いということ以外、考えたことなかった。

どのくらい、誰と同じくらい…でも、結局、どんなに強くてもあんまり関係ない。

強いのは先生であって私ではないし、先生が私を必ず助けてくれる保証なんて、ないんだから。



【ティスト視点】



アイシスとユイが二階にあがってから開けた酒瓶さかびんも、もう半分も残ってない。

これがなくなったらお開き、明日に備えて寝るだけだ。

グラスを空にしたラインさんが、俺の顔を見て盛大にため息をつく。

「昔っから、いらない我慢が多すぎるが…ちぃとばかし、やりすぎだな。

 降りかかった火の粉を払い除けるぐらいは、迷わずやれ」

少し苛立ちを含んだ声。

おそらくは、五人組に絡まれた昼間の一件のことだろう。

「見てたんですね」

「ちょっとした騒ぎになってたから、お店を抜け出してちらっと見に行ったの。

 怪我しそうになかったし、大人気ないから割って入りはしなかったけど」

「はぁ…」

騒ぎが始まってから終わるまで数分、シアさんが来るには十分な時間だな。

物陰からシアさんがいつもの笑顔で覗いてる姿が、かんたんに想像できる。

「ユイと内緒でデートするなら、街の外をオススメするわよ。

 私たちの目の届く範囲で、見せ付けちゃってくれてもいいけど」

「………」

俺が何も答えられないでいると、ラインさんが真剣な顔で俺を覗き込む。

「その辺は、俺は口を出さねえが…。

 大事なところで、力を出し損ねるなよ。

 同じことを明日やれば、どうなるかぐらい分かってるんだろ?」

怒るというよりも心配そうな口調に、なんだか申し訳なくなる。

「自分のために力を使っていいのよ?

 本当に守らなくちゃいけないのは、自分と自分が守るって決めたものだけでいい。

 分かるわね?」

「はい」

「いい返事ね」

俺の瞳をまっすぐに覗き込んで、シアさんが満足そうにうなずく。

「明日は、留守番だな」

「そうね、残念だけど」

「何の話ですか?」

「ティストちゃんが心配だから、明日は一緒に行こうかってラインと話してたのよ。

 クレネアの森なんて久しぶりだし、ね」

散歩にでも行くかのような気軽さで、シアさんが微笑む。

そんな笑顔で俺を見守ってくれる人たちだからこそ、迷惑はかけたくない。

「大丈夫です、俺でなんとかしてきます」

「さすが、男の子ね」

「気をつけて行ってこい」

「はい」

俺の返事を笑顔で受け取り、半分ほど残った酒瓶に栓をしてラインさんが立ち上がった。

「こいつは、帰ってからにしておくか」

「そのときは、お願いします」

外見に似合わず約束や願掛けにこだわりたがるラインさんに、なんとか笑顔でそう答えた。

その優しさが、ただ嬉しかった。



開店前のライズ&セットは、驚くほど静かで、少し寂しい。

客を待つように整然と並ぶテーブルや椅子が働くには、まだ早い。

だが、その奥にある厨房には、もう火が入っていた。

見慣れたエプロンをつけたユイが、次々に野菜を下ごしらえしている。

おそらく、今日の分の仕込みだろう。

「おはよう」

「あ、おはよ」

「水、もらってもいいか?」

「うん、ちょっと待ってね」

鍋をおたまでかき混ぜてから、グラスに水を汲んでくれた。

「ありがとう」

よく冷えた水は、ゆっくりと俺の身体に染み渡っていく。

酒もたしかに美味いかもしれないが、今のこの一杯が何よりも美味いと思う。

「ふぁ…」

ユイが小さくあくびをして、慌てて口を手のひらで隠す。

「眠いなら、今からでも寝てきたらどうだ?」

「ううん、いい。

 きっと寝られないし、ティストのご飯を作ってる方が落ち着くから」

いつもの笑顔を浮かべてくれるけど、その声には無理が聞こえる。

「ごめんな」

「いいの。それより、そこに座って」

言われたとおりに、いつもの椅子に腰掛ける。

すると、ユイがエプロンを外して俺の斜め前に立つ。

「ごめんね、時間が空いちゃって」

ユイの指から淡い光が漏れ出して、俺の左肩に添えられる。

湯につけたときのような暖かさが、身体の内側からあふれ出してくる。

どんなに休息をとっても、わずかに残る類の疲れが、ユイの力でじわじわと削ぎ落とされていく。

「消えないね、ティストの傷」

もう痛みを感じない古傷を、刺激しないように優しく白い指がなぞる。

上に、下に、ユイが気になった場所に指が伸びては、そこに癒しの魔法が注ぎ込まれる。

「………」

『もう、傷は消えないかもしれない』

その言葉を、言いかけて飲み込む。

傷の具合なんて、たぶん、俺よりもユイのほうがずっとよく分かってる。

それでも、週に一度は必ず俺の家を訪れて、こうやって癒しの魔法をかけてくれる。

アイシスが来たあの日にユイが俺の家まで来てくれたのも、これが理由だった。

だから…。

「ユイ」

「なに?」

「ありがとな」

「うん」

俺は俺にできることで、ユイに返していこう。

仕事の報酬が出たら、また何か買ってくるか。

「ユイに迷惑かけないためにも、今回は怪我しないで帰ってこないとな」

「迷惑なんかじゃないよ。

 あたしは、ティストから迷惑をかけられたことなんて、一度もないからね」

ちょっと向きになったように、ユイが語調を強める。

「でも…。もう傷は増やさないで…。

 ティストが痛い思いをするのは、イヤだから」

「ああ」

震えを帯びたユイの声に小さく返事をして、目をつぶる。

わずかでも万全に近づけるために、癒しの魔法に意識を集中した。

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