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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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05章 驚く少女-1

【ティスト視点】


自分の立てる足音を気にして歩くアイシスを見ると、罪悪感が沸く。

せめて、事前にもう少し説明して、本人の意思を聞いておくべきだったな。

城門の前でもかなりの驚きようだったが、王城に入ってからは、目に見えて辛そうだ。

「大丈夫か?」

「…はい」

か細い声で返事をするアイシスの顔は、不安で塗りつぶされている。

突然にこんなところに連れてこられたら、無理もない…か。

「大丈夫だよ、気にしなければいいの」

仕事着であるメイド服に身を包んだユイがなだめても、アイシスは小さく頷くのがやっとだ。

前を行くファーナは、俺たちのやり取りを気にした風でもなく、慣れた足取りで歩いていた。

「まさか、またこの道を通る日が来るとは…な」

まるで、自分の心の内を映したように、足が重い。

引きずるようにして、なんとか自分を誤魔化しながら歩いた。



「ファーナ・ティルナスです。ティスト・レイア様をお連れ致しました」

軽いノックの後に、通る声でファーナがそう告げる。

この扉を見るのも、数年ぶり…まったく変わらず、俺がいたときのままだ。

「どうぞ」

記憶と変わらない声に鼓動が早まり、扉が開くのがやけにゆっくりに感じた。

色あせていた記憶に色がつくように、開いた扉の中は懐かしい光景だった。

俺がいたあのときから、全然変わっていない。

扉を開けると椅子から立ち上がる師匠たちの仕草も、あのときのままだ。

レジ師匠は、壮年とは思えない、がっしりとした立派な体格を、いまだに維持している。

蓄えられた口髭も、あの頃とまるで変わらない。

クレア師匠は、淑女という言葉を体現したかのように、静かに、穏やかに微笑んでいる。

髪の毛を後ろで結わえて、髪留めの中に入れてるところも、変わらない。

「………」

二人とも、何も言わずにじっと俺のことを見ている。

二人から注がれる視線が恥ずかしくて、俺は昔を思い出しながら頭を下げた。

「ご無沙汰致しております」

「本当に、久しぶりじゃの」

「よく来てくれました」

あの時と同じ、穏やかな笑顔が俺を迎えてくれる。

とても長い時間が経ってしまったけど、ここだけはまるで変わっていない。

それが、なんだか嬉しかった。

「………」

すっと、一筋の涙がクレア師匠の頬を伝う。

「師匠」

「すみません、みっともないところを見せましたね。

 あなたの顔を見たら、なんだか嬉しくなってしまって…」

クレア師匠が取り出したハンカチで、そっと涙を拭う。

あのハンカチにも見覚えがあり、それだけでも懐かしい。

「ずいぶんと背が伸びたな。

 顔つきも、ずいぶんと大人びてきおった」

レジ師匠が、感慨深げにそうつぶやく。

身長も筋肉も、あのときより一回り以上大きくなった。

最後に会ったときの俺とは、もう別人に見えるかもしれない。

「五年ぶり…ですね」

その長い時間をかみ締めるように、口に出してクレア師匠もつぶやく。

「あなたの見違えるほどの成長が、嬉しくもあり、寂しくもあります。

 あなたの成長は、ずっとこの目で見続けていたかったものですから」

そういって、クレア師匠がまた瞳を潤ませる。

「何度も足を運ぼうとしたのですが、一度として行けずに…」

残念そうに…というよりは、申し訳なさそうに、師匠が頭を下げる。

そこまで、俺のことを気にかけていてくれたことが、素直に嬉しい。

「あまり、気にしないでください。

 師匠たちの立場を考えたら、城から抜け出すことすら難しいんですから」

「そういってもらうと、気が楽になります」

静かで、穏やかなクレア師匠の笑顔。

本当に、師匠たちは昔と変わっていない。

「それと…」

クレア師匠が言葉を区切り、アイシスを見る。

「ファーナから、事情は聞かせてもらいました。

 その子が、そうなのですね?」

師匠たちがどれほど把握しているか分からないが…。

それを口にしないのは、アイシスに対する思いやりだろう。

「ええ。そのことで、お願いがあります」

姿勢をただし、両足に力を込めて、師匠に対し真っ直ぐに立つ。

師匠たちに最初に教わった、礼儀を尽くした立ち方だ。

「師匠に教わったものを、この子に教えてもいいでしょうか?」

俺の態度に答えるようにクレア師匠も立ち方を正し、真剣な目で俺を見据える。

「何を教えるつもりなのです?」

「この子が必要とすれば、それを…」

何、と言われて具体的に示せるものなんてない。

ただ、アイシスが必要としているものがあり、それを俺が知っているのなら…。

それを、アイシスに教えようと思う。

この子が、俺から離れていくまでは。

「レジ、どう思いますか?」

「魔法だけは、ワシらの独断では決められんが…。

 それ以外のものなら、かまわんのではないか?」

「ええ、私も同じ意見です」

「ありがとうございます」

驚くほどにあっさりと、師匠たちが認めてくれる。

俺の後ろですっと服がすれる音がする。

おそらく俺と一緒に、ユイとアイシスも礼をしているのだろう。

「よろしいのですか? 門外不出、類稀なる才能を必須とされているものを、そのように簡単に…」

ファーナの懸念に対して、ゆっくりとクレア師匠が首を横に振る。

「私たちの技や戦いの経験は、べつに秘伝というわけではありませんし、特別な才能も資質も必要ありません」

「では、何が条件となるのですか?」

ファーナの問いに、師匠たちが目を合わせてふっと笑う。

「ワシらが相手を気に入ること…じゃな」

「そういうことですか」

うなずくファーナに対して、アイシスが小さく首をかしげる。

それを見て取ったクレア師匠が、優しく言葉を捕捉した。

「つまり、自分が教えたくなる相手であること…ですね。

 これが、私たちにとっては一番狭い門ですから、弟子を取らないなどという噂が広がるのです」

その狭い門の中を通してもらえたのだから、俺は本当に運が良かった。

俺が師匠たちに見捨てられていれば、まず間違いなく死んでいた。

「考えれみれば、それが真理ですね。

 自分の技を継承させるのは、自分が認めた者のみでいい…と」

「気がかりが無くなったのなら、本題に入ろうかの」

重く響くレジ師匠の声に、クレア師匠が表情を曇らせる。

どうやら、それだけ危険な仕事が入ってきたらしいな。

「種族不可侵の意味を覚えていますか?」

「人間、魔族、精霊族の三種族が戦った前大戦。

 それを休戦するときに取り決めた、異種族に干渉しないという約束事のことです」

「いい答えですね、満点です」

優しい笑顔に、昔に戻って師匠から座学を受けていたときを思い出す。

この笑顔が見たくて、一生懸命覚え、言葉を選んで答えたものだ。

「異種族同士で接触しなければ、戦争になるわけもない。

 なので、極力相手に近寄らず、それぞれが過ごしているのですが…。

 その種族不可侵を、揺るがす事実が出てきました」

「どういうことですか?」

「種族ごとの領土に明確な境界線がないのは、知っていますね?

 だから、相手の領地に近づかないことが暗黙の了解になっていたのですが…」

「三種族の国境とされているクレネアの森で、煙が立ち昇るのを見たという者がおる」

要点をにごし続けるクレア師匠を叱るように、レジ師匠が言い切った。

「クレネアの森で、ですか」

頭の中で地図を思い浮かべて、確認する。

北東に人間、北西に精霊族、南に魔族がそれぞれに住んでいる。

その三種族の境界であり、この大陸の中心にあるとされているクレネアの森。

種族不可侵になって以来、どの種族も近寄っていないはずの場所で煙が上がった…か。

「では、それを確認してくればいい…ということですね?」

何者かがそこにいたというのなら、それが争いの火種となりかねない。

そのときに、一番に危険を被るのは、クレネアの森から距離のないロアイスだろう。

「ええ、迅速じんそくな調査が必要というのが、私たちの見解です。

 ロアイスで議会にあげてから貴族たちの理解と承認を得て、調査の隊を選抜して出発する

 正規の手続きを踏めば、十日以上はゆうにかかる。

 痕跡を見つけるには遅すぎます。

 事が偶発なら問題ありませんが、もし故意であるなら、見逃すわけには行きません」

「分かりました」

「………」

横目に、ユイのうつむいた顔が見える。

俺が仕事に出るとき、ユイはいつも、こうして俺のことを案じてくれた。

久しぶりの危険な仕事。

絶対に、無事に帰ってこないと…な。

「誰と一緒に行ってもかまいませんが、あくまでも慎重に…。

 種族不可侵を、私たちが破るわけにはいきませんから」

師匠の視線は、アイシスを連れて行くことへの許可も示唆している。

たしかに、場所は危険かもしれないが、相手が確実にいないだけマシだ。

「明日の朝、クレネアの森へと向かいます」

俺の言葉にゆっくりとうなずき、師匠たちから緊張感が消える。

その雰囲気を見てから、ユイがすっと立ち上がった。

「では、お茶の用意をしますね。アイシスちゃん、手伝ってくれる?」

「あ、はい」

ユイの後ろを、あわててアイシスが追いかける。

この場に残されているよりは、ユイと一緒にいた方がマシかもしれないな。

「レジ様、クレア様、少し彼をお借りしてよろしいですか?」

「ティストが良ければ、ワシらはかまわん」

「…ええ」

「では、失礼いたします」

まるで、最初から約束していたかのように、ファーナが部屋の出口へと向かう。

仕方なしに、俺はファーナの後を追った。

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