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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER 有色の戦人
128/129

17章 気まぐれな復讐-4

【ティスト視点】


「いやぁあああぁあぁぁあぁあぁっ!!」

「あぁぁあああぁあぁぁあぁぁぁっ!!」

自責に染められた二つの悲痛な叫びが、かろうじて、俺の意識を繋ぎ止める。

口の中に広がった血と、耐え難い痛みを、どうにか、まとめて飲み下した。

俺の身体を切り裂いた感触は、拭い去ることが出来ないほど鮮明に、二人の指先へとこびり付いただろう。

俺が迂闊だったばっかりに、嫌な思いをさせたな。

「ティ…ス……ト?」

傍らに膝をついて俺を覗きこんだセレノアが、途切れ途切れに俺の名を呼ぶ。

ったく、なんて声を出してるんだよ。

「ぐうっ…」

答えるつもりが、自分の口からこぼれたのは、低い唸り声だった。

口の中に血が溜まり、うまく舌が回らない。

あれだけの攻撃をもらったんだ、内臓が無事なわけない…か。

「ティスト。ティスト! ティスト!! ティストっ!!」

顔を曇らせ、瞳を涙で濡らし、何度も、何度も、セレノアが俺の名前を繰り返す。

その悔しさに歪んだ表情で、震える声で、零れ落ちる涙の粒で、十分に分かる。

これは、セレノアの謝罪だ。

「おにい…ちゃん」

何かが地面をこするような音と共に、アイシスの声も近づいてくる。

どうやら、足を引きずってまで、こちらへと来てくれているらしいな。

「大丈夫…だ」

血を吐きだして口内を空にして、短く答える。

そこで、遠くから拍手が響いた。

「いやいや、愉快愉快。なかなかに面白い見世物じゃな。

 あまりの感動的な話に、ワシも目頭が熱くなったぞ?」

わざとらしい台詞と陽気な口調で、戦闘のときでさえほとんど動かさない手を、大袈裟に打ち鳴らす。

そして、自らも芝居を演じるように、涙を拭うような仕草までしてみせた。

なによりも、どこまでも、人を嘲ることを第一にしている腐った性根には、心底吐き気がするな。

「にしても、ワシの狙いに気づいたとは、さすがに、勘が働くようじゃな。

 しかし、分かっていながら、自分が傷を負うことしか出来ぬとは…。度し難い愚か者じゃな」

俺の行動を愚行と断じて、不愉快そうに奴が吐き捨てる。

奴には、絶対に理解できないだろうな。

今の俺の安堵を、理解してほしいとも、思わない。

あと少しで、レイナとサリは、愛する自分の娘を傷つけたという、途方もなく大きな枷を背負うところだった。

それを防げたのだから、十分だ。

後は、簡単だ。

俺が死ななければいい。

「子供の呼びかけで、母親たちが正気を取り戻す。なんとも、素敵な筋書きじゃろう?」

 愛や情など、そんな陳腐なものでワシの魔法を破れると、本気で思うていたか?

 心の底から、おめでたい奴らよのう」

全員が一箇所に集まり、臨戦態勢を解いているというのに、これほどの機会を目にしても、おしゃべりに興じる…か。

どうあっても、殺すではなく、痛めつけることを選ぶらしいな。

ならば、まだ勝機は去っていない。

踏みにじられた者の怒りの深さを、絶対に教えてやる。

「ティスト」

俺の名を呼んだセレノアは、戦場には似つかわしくない、驚くほどに穏やかな顔をしていた。

慈愛に満ちた笑顔で、俺の傷口をいたわるように撫で、ゆっくりと息をつく。

「すぐに終わらせてくるわ。だから、それまで、絶対に生きてなさいよ」

言い終えて立ち上がったセレノアの顔から、笑みが消える。

内から際限なく吹き上がる怒りが、魔法の余波となって術者を取り巻くように渦巻く。

繋ぎ止めていた理性が消え、全身が殺意で塗りつぶされていく。

セレノアの身体に起きる変化の一つ一つが、手に取るように分かった。


「あああぁあああぁあぁぁぁああっ!!」


桃炎を纏ったセレノアが、天を突くほどの絶叫を上げ、矢の如く飛翔する。

「ほお、惚れ惚れするほどの素晴らしい声じゃな」

向けられる殺気に微塵の動揺もなく、嬉々として奴が迎えた。





「はぁ……はぁ……」

時間が経つごとに、自分の呼吸が乱れていく。

それでも、これだけの失血をしておきながら、この程度で済んでいるのだから、マシなほうだろう。

「もう少し、我慢してください」

アイシスの止血を受けながら、セレノアの動きを目で追う。

こうして見守ることしかできないなど、もどかしいな。

「ッ!!」

怒りで全身に力をみなぎらせているというのに、力任せとは程遠い。

精確と呼ぶべき、恐ろしいほどの技の冴えだ。

「ふふん、どうした?」

だというのに、二人を巧みに動かして、セレノアの猛攻を難なく受け流している。

単調とは呼べないセレノアの攻撃に対して、初動を見てから、あれほどの対応ができるとは思えない。

経験に裏打ちされた、驚異的な先読みもその要因の一つだろう。

だが、何よりも厄介なのは、手中に収めた二人を人質として有効に使ってくることだ。

二人と接近するたびに、セレノアの動きに、わずかな淀みが生まれる。

どんなに意識をしようとも、抑え込もうとしているのが本能では、克服など出来やしない。

奴もそれが分かっているからこそ、その姑息な手段を徹底してくる。

「さて、もう一働きしてもらおうかの。今度は、姪を殺して、親子の対面を手助けできるのじゃ。

 これほどの幸せはないじゃろう?」

そう語りかけられたレイナとサリが、口を開けて、舌を出す。

「? 何を…?」

どうして、そんなことを? 反抗の表明か?

俺の疑問に答えてくれる者は当然おらず、二人が、そのまま口を大きく開けた。

「まさか…!?」

二人の意図を理解し、その覚悟に戦慄する。

二人は、死ぬ気だ。

舌を噛み千切って自害してしまえば、人質としての利用価値も残らない。

「ふん。ワシの命に背くとは、まだ自分たちの立場が分かっていないらしいの」

「あ、あ…」

「つ…あ…」

目の端に涙を溜めた二人が、口を開いたままで、がくがくと震える。

何一つとして自由にならない二人の瞳には、言い様のない絶望が浮かんでいた。

「自殺などという手緩い結末を、ワシが許すと思うたか?

 ワシは、言ったはずじゃぞ? 地獄をくれてやる…とな」

得意げな顔で二人を見やり、心の底から楽しそうに、くつくつと笑う。

そして、名案を思い浮かべたようなしたり顔で、ぽんと手を打った。

「こやつらを殺したら、その死体で腹ごしらえでもさせてやろう。

 そうして、体力を蓄えたら、今度は、レオン・グレイスの相手じゃ。

 どうじゃ? きめ細やかにお前たちへと合わせて、最も辛く苦しい物をワシが作り出してやる」

「なんとも気の利いた地獄じゃろう?」

自分の言葉がそんなに気に入ったのか、一人で哄笑する。

その邪悪な笑みは、これ以上、一秒も見ていたくない。

「これからの人生が楽しみじゃろう?

 貴様等の嫌悪することなら、どんなことでもやらせてやるぞ」

「………」

二人の目から、止め処なく涙があふれ、頬を伝って落ちていく。

敵に操られる己への自責、奴の手中で生きる絶望、足手まといになりながら、死ぬことすらできない自分への自己嫌悪。

その涙の意味を考えるだけで、闘志が焚き付けられ、奴への殺意が烈火の如く燃え上がる。

そして、今のやりとりで、予想が裏打ちされた。

やはり、二人の魔法は、解けかかっている。

奴が意図的に二人を支配しているときでも、二人の自我が顔を出してきている。

舌を出したのもそうだし、おそらくは、俺に爪を突き立てたときもそうだ。

そうでなければ、あれだけの至近距離で無防備に一撃を入れられ、生きていられるわけがない。

全てが奴の演技で、それに踊らされているだけかもしれないが…他に、有効な手立てもない。

だったら、俺がやるべきことは決まったな。

「アイシス。二人を止めたい。力を貸してくれ」

「はい」

奴の魔法へ干渉などできないし、二人を解放させる術を見つけたわけでもない。

だけど、それでも、対処することはできる。





【セレノア視点】


「ッ!!」

腹の底から湧きあがる熱を、頭へと向かわせずに、手足へと行き渡らせる。

我を忘れたところで勝てないことは、前回の戦いで分かっている。

だから、無理矢理に自制心を引きずり出して、自分を抑え付けた。

こうして、ティストに助けられたのは、何度目だ?

そして、そのたびに、ティストは傷ついていく。

アタシの代わりに怪我を負い、アタシの痛みを引き受けてくれた。

そのティストのためにも、絶対に、負けるわけにはいかない。

「はああぁっ!!」

こうして攻め続ければ、奴がどれほどの使い手だろうと、いつかは、防ぎきれなくなる。

それに、連発よりも厳しい魔法の維持を、二人相手にやっているんだ。

今はまだ平然としていても、必ず、限界が来るはずだ。

「やああぁぁっ!!」

鋭い声と共に、横合いからアイシスが姿を現す。

加勢に来てくれた? いや、違う。

アイシスの目が捉えているのは、奴じゃない。

「水よっ!!」

限界まで接近したアイシスの両手から、洪水と言ってもいいほどの膨大な水が放出される。

水の勢いは、せいぜい高いところから流したくらいで、攻撃と呼べるほどのものじゃないし、形もいびつだ。

どうやら、量に特化するために他の制御は目をつぶったみたいね。

「ふん、今度は水遊びか」

アイシスが作り上げた川に対して、奴が堤防を作って、己の身を守る。

「…!」

身動きを許されなかった二人は、抗うことなく、激流に飲み込まれる。

それを目で追い、下流で両腕を広げていた待ち構えていたティストと目があうと、不敵な笑みが返ってきた。

「…!」

「なっ!?」

アタシと奴が、同時に息を飲む。

アタシたちは二人に攻撃できないし、もし、攻撃してきたとしても奴が庇う必要はない。

その前提を崩壊させただけじゃ足らず、付け入る隙として利用してみせる…か。

頭に血が昇ったアタシじゃ、絶対に思いつかない作戦ね。

「おかえり」

二人の腰へと手を回し、悠然と二人を抱きとめる。

あの至近距離で自分の腕を封じてしまえば、避けることも、防ぐこともかなわない。

奴に操られた二人に攻撃されたら、今度こそ、致命傷を食らうことになるだろう。

だというのに、ティストは、自分の危険さえも省みずに、あの方法で二人を迎えた。

だったら、その信頼には、全身全霊で答えなきゃいけないわね。

「炎よ」

「くっ…」

収束もせずに魔法を放ち、余所見をしていた馬鹿を振り返らせる。

ここから先は、アタシの役目だ。

もう、絶対に、誰にも、手出しをさせない。

「やっと、観客席から舞台上へ引きずり出せたわね。

 後は、あんたが死ねばいい。それで、幸せな幕引き(ハッピーエンド)よ」

「ふん。そんなくだらない終焉をワシが認めると思うか」

「あんたがどう思おうと、関係ないわ。その決着は、アタシが押し付けるんだから」

もう、くだらない駆け引きも、体力の温存も、全部必要ない。

これで、抑え付けていたものを、全て解放できる。

「炎よ」

口に出して呼びかけ、アタシの中にある、全てを呼び覚ます。

余すことなく、それこそ、一滴だって残さずに絞り出して、奴へと叩き込んでやる。

「大地よ」

こちらの収束に答えるように、大地が鳴動して、大きな岩が地面から生み出される。

それが、奴を取り囲むように怪しくうごめき、ゆっくりと脈動する。

どうやら、真っ向から打ち合ってくれるみたいね。

そうしている間は、他の誰もが安全なのだから、願ってもないことだ。

「ふん。貴様如きに、破れるものかよっ!!」

「思い知るがいいわ。アタシの怒りの深さを…ね」

己の手のひらへと集った桃炎へと口づけ、己の息吹とともに命令を吹き込む。

大きく膨れ上がった桃焔は、奴の壁へと向けて尾を引き、一直線に空を駆けた。




目の前に立ち塞がる壁を、壊し、砕き、穿つ。

やはり、そうだ。

奴のほうが、魔法の総量は多いかもしれない。

だけど、威力だけならば、アタシのほうが上だ。

「ぬうぅっ!!」

必死の形相で、奴が次々に土くれを作り出す。

ふん、だったら、片っ端から燃やしてやるだけだ。

「あんたの魔法を、自信を、尊厳を、その全てを、焼き尽くしてあげるわ」

走らせた炎に全てを飲み込ませ、その勢いを失わせずに、奴へと絡みつける。

炎で渦を作りだし、中心へと向けて一気に縮める。

「こんなものっ!!」

奴の怒声とともに、アタシの魔法が打ち消される。

だけど、魔法を放った自分の指先には、確かな手応えが伝わってきた。

「ふぅん、当たったみたいね」

正面からでも十分に押し切れる。

だったら、このまま続けるだけだ。

「炎よ」

「ぐうぅぅっ…」

苦痛に顔を歪ませ、必死にアタシの炎を受け止めている。

魔法の威力は、さっきまでよりも確実に落ちていた。

「アタシの火傷は、普通の炎と一味違うでしょう?」

「ふん、こんなもの…無駄だということを、教えてやる」

「…?」

右手をこちらへと伸ばしたままで、左手を己の胸へと当てている。

そこからは、わずかな白く淡い光が滲んでいた。

アタシと打ち合いながら、癒しの魔法まで同時に!? 冗談でしょ!?

「どうやら、理解したようじゃな。いい具合に、顔がこわばっておるぞ?」

「ずいぶんと消極的だから、驚いただけよ。

 結局は、正面からじゃアタシの炎に勝てないことを認めたんでしょ?

 さっきまでの傲慢な態度が、嘘みたいね」

「ふん、なんとでも言うがいい。死者の戯言など、誰も聞いてはくれんがな」

挑発は、聞く耳もたない…か。

あの鉄壁を崩して、その相殺されて弱まった一撃で、奴を殺す。

厄介なこと、この上ないが…やるしかない。

「上等よ。だったら、全てを焼き尽くしてあげるわ」

歯を食いしばり、自分の極限に向けて手を伸ばす。

押し負けるわけには、絶対にいかない。

もう、誰も戦える状態ではないのだから。

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