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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER 有色の戦人
127/129

17章 気まぐれな復讐-3

【ティスト視点】


「ほう、この状況で、ワシを狙うというのか。背後から打たれても知らんぞ?」

「関係ない」

くだらない気遣いを聞き流して、ひたすら足に力を込める。

後ろにも前にも、興味はない。

狙うのは、奴の命だけだ。

「殺しなさい、アタシたちを!」

「あなたならできるでしょう? 早くっ!」

「黙ってろ」

口々に叫ぶレイナとサリに命令して、手足に極限まで力を込める。

あれが魔法だというなら、簡単だ。

術者を殺せば、それで解放される。

「死ね」

冷淡な声でそう告げて、予備動作もなしに拳が繰り出される。

狙う場所を目で追いかけるわけでもないし、攻撃の際の呼吸も感じ取れない。

奴が操っているのは、本人の思考じゃなく、もっと肉体的な身体の動きらしいな。

「………」

数発の攻撃を回避して、予想が確信へと変わる。

いつもと比べると二人の動きは、明らかに精細を欠いている。

相手を思い通りに操れるからといって、本人と同等の能力を引き出せるわけではない。

所詮は、下手くそな人形繰りだ。

だったら、気に留めることもない。

「ッ!!」

二人からの攻撃を完全に無視して、最短距離を駆け抜ける。

身に降り注ぐ痛みは、俺を急き立てる鞭だと思えばいい。

「ふっ!!」

鋭く息を吐きだし、さらに足へと力を送る。

切っ先に全体重が乗るように身体を前傾にして、さらに前へ。

どんな盾を使おうが、突き破ってやる。

覚悟を決めて、最後の踏み切りをしようとした、その瞬間。

「………」

ありえない速度で、眼前を横切る二つの影。

手をいっぱいに広げたレイナとサリが、切っ先の前へと身を投げ出してきた。

「…!」

身を挺して、あの男を守る形だ。

自責で苦渋に満ちたその顔は、見ていられないほどに悲痛なものだった。

「チッ」

押し退けては、通れない。

一歩間違えれば、心臓を貫くことになる。

「ッ!!」

瞬時に迂回へと切り替えたにも関わらず、道を潰そうと二人とも横滑りでついてくる。

一人ならまだしも、二人分の幅では、回りきれないな。

「チィッ」

もう一度舌打ちをして、しかたなく距離を外す。

矛だけではなく、盾にもなる…か。

無視するわけにもいかないとは、本当に厄介だな。

「ほっほっ、クレア・セイルス愛用の足運びとは、危ない危ない。

 木偶でくが守ってくれなければ、死んでるところじゃわい」

白々しく笑ってみせる。

いいだろう、その挑発…乗ってやる。

「だから言ったでしょう!?」

「早く私たちを殺しなさい!」

「いいから、黙ってろ」

どれだけ言われようと、二人を手にかけるつもりは、欠片もない。

奴の思い通りになど、させてたまるものか。




【セレノア視点】


「セレノアさん! セレノアさんっ!!」

力の限りに呼ばれているのは、アタシの名前。

遠のいていた意識が、その声に引きずられるように戻ってきた。

「気が付きましたか!?」

アタシの顔を不安げに覗き込んでいたアイシスが、弱弱しく笑みを浮かべる。

どうやら、いらない心配をさせたみたいね。

「アタシなら、大丈夫よ」

唇は、自分の思った通りに動いてくれた。

ろれつが回らないわけじゃないなら、まだマシね。

「ったく、やってくれるじゃない」

地面につけていた背を離し、怪我の具合を確認しながら、立ち上がる。

思ったよりも軽傷だ、これなら、動くのにも差し支えない。

「ティストは、苦戦してるみたいね」

何度も攻撃を繰り返しているのに、奴には、わずかに届かない。

逆に、おばさんたちの攻撃によって、じわじわと傷を負っていく。

身体を乗っ取られている二人を攻撃できないのだから、ティストが攻めあぐねるのも、無理はない。

さっさと加勢しないと、まずいわね。

拳をきつく握り、踏み出すために、地面へとつま先を噛ませる。

そこで、行く手を遮るように、アイシスが立ちはだかった。

「私に、セレノアさんの援護をさせてください。

 必ず、攻撃の機会を作ります。だから、そこで仕掛けてください」

滲み出る怒りを瞳に灯して、アイシスがはっきりと断言する。

何か、考えがあるみたいね。

「任せていいの?」

「はい、大丈夫です。絶対に、二人には怪我をさせません」

「分かったわ。お願い」

「はいっ!!」

勢いよく走り出すアイシスの背中を見つめ、力を練り上げる。

アタシのやるべきことは、アイシスを信じて、最大の力を用意するだけだ。




「お兄ちゃん、下がってくださいっ!!」

アイシスの声に、驚くほど素直にティストが従って、前衛が入れ替わる。

本当に、息の合った兄妹ね。

「はぁぁぁっ!!」

ティストのいた場所を正面とするなら、アイシスが攻めたのは、奴の真後ろに相当する。

位置関係からして、おばさんたちに防がせるのでは、間に合わない距離だ。

予想した通り、振り返った奴の前へ次々に土槍がせり上がり、アイシスのダガーを阻む。

「ふん。これほどの力の差を見て、まだ掛かってくるか。

 雑魚は、往生際が悪いから面倒じゃ」

「格上なんて、当たり前。だから、私は臆さない」

左右から迫り来る魔法を脚力だけで避け、ただ前へと進む。

頬をかすめ、肩口を切り裂かれても、その足運びは鈍らない。

「強大なのも、いつものこと。だから、私は揺るがない」

行く手を遮るように展開された魔法を、水の魔法で迎撃する。

軽減した魔法を飛び越えて、ひたすらに前へ。

飛び石で鍛えあげたその足運びは、力強く、無駄がない。

「そして、私は学んだの。

 刃を下ろしてしまったら、勝利は絶対に訪れない。

 そのときに来るのは、一方的な敗北だって」

刃を突き立てようとし、魔法で生み出された土壁に阻まれる。

剣戟にも似た高い音が響き、アイシスの身体が押し返された。

「どちらにせよ、敗北は必然じゃ。

 あがきたいというのなら、それもまた良かろう」

足の裏で地面を滑り、土煙を上げて、アイシスが踏みとどまる。

そして、また、さっきと同じように駆けだした。

「あなたの魔法が尽きるまで、私は足を止めない」

迷いのない言葉には、あふれるほどの力が込められていた。

その闘志は、驚くほどに純粋で、まぶしいほどに輝いていた。

「ほほう。ならば、この肉壁を越えて見せるがいい」

標的をアイシスへと完全に切り替え、おばさんたちを間に挟む。

それでも、当然ながら、背後の警戒は怠っていない。

アタシやティストが攻め込んだとしても、奴は対処してくるだろう。

まだ、攻めるべきじゃない。

アイシスは、攻撃の機会を作ると言ったのだから、それを待つしかない。




ティストと同じように、奴だけを狙って攻撃を繰り返し、その度におばさんたちに阻まれる。

足の動きは全開だろうし、速度を少しも緩めていない。

だけど、アタシには分かる。

あれは、アイシスの全力じゃない。

何かを狙っている? それとも、待っている?

「水よ」

アイシスが声に出して呼びかけ、左手に水の魔法を収束させる。

手のひらへと収まりきらなくなったそれが、アイシスの手を青く染めていた。

ふぅん、かなりの量を練り上げたわね。

「ほお、ワシと魔法でやりあうつもりか」

嗜虐的な笑みを浮かべて、奴が大仰に手を上げて見せる。

アイシスに見せつけるように、これ見よがしに魔法を収束させている。

本当に底意地が悪いわね、正面からぶつけて、完膚なきまでに叩き潰すつもりだ。

「ッ!!」

莫大な水の魔法を共にして、アイシスが疾駆する。

闇夜に浮かんだ鮮やかな青が、流麗な曲線となって、アイシスの軌跡を示した。

アタシが見とれてしまいそうになるほど、一切の淀みのない綺麗な足運び。

さながら、渇いた大地の中を流れる、一筋の河川だ。

「なんじゃ、つまらん。結局は、体力頼みか。ならば、ワシが相手をするまでもない」

おばさんたちを前へと配置して、奴が椅子の背もたれへと身体を預ける。

アイシスが突破してくるなどとは、微塵も思っていないだろう。

「っ!!」

鋭い息継ぎとともに、アイシスが急旋回する。

「…!」

あまりの速さに、思わず息を飲む。

今までの移動とは、速さの次元が違うわね。

強引に二人の横をすり抜けて、アイシスが奴へと向かった。

「ふん、所詮は小細工よ」

アイシスを迎撃するために、奴の姿が見えなくなるほど大きな岩塊が、目の前に浮かぶ。

動きこそ目で追える速さだけれど、大きさが大きさだ。

全力で跳躍しても、避けられるかどうか微妙な距離。

だけど、アイシスは、避ける仕草を見せなかった。

右半身で直撃を受け止めて、岩を回り込むように、横へと弾き飛ばされる。

痛みに表情を強張らせたアイシスの左の手のひらが、鮮烈な青で包まれた。

「水よ…」

「無駄じゃ。貴様の軟弱な水では、ワシの魔法は崩せん」

悔しいが、奴の言うとおり、アイシスの魔法では打ち勝てないだろう。

だけど、軌道さえ変えれば、当てられる可能性も…。

「水よ、凍れっ!!」

アイシスの命に従い、細長く伸びた水が、そのまま鋭利な氷の槍へと変化する。

まさか、水を凍らせるほどの、急激な温度変化が出来るなんて…ね。

「!?」

急いで展開された土壁に、氷の槍が突き刺さる。

ゆっくりと、しかし、確実に、槍は土壁へと食い込み、奥へと進んでいく。

「くっ…」

焦りの色を浮かべた奴が、手のひらを土壁へと向ける。

防御に集中せざるを得ないほどの、貫通力の高い攻撃だ。

迎撃をあえて受け、そのうえで奴に防御させることで、他への意識を手薄にさせる。

ったく、無茶が過ぎるわ。

「ありがとね、アイシス」

小さくつぶやき、拳をきつく握る。

アイシスの心意気に答えられるように、身体の中に溜め込んでいた力を、全て解放させた。

「たっぷり味わいなさい、あんたの大好きな魔法をね」

標的を奴だけに絞り込み、収束していた炎を火柱として放つ。

こうしておけば、他の二人には絶対に当たらないし、盾にもできない。

「…ッ」

呼吸とあわせて、火柱の内側へと力を向ける。

圧縮して範囲をさらに狭め、そして、爆発。

あれだけの熱波と爆風に見舞われれば、ただでは済まない。

「ぐっ…」

苦しげな声を上げて、奴がアタシの炎をかき消す。

続いて奴が使ったのは、反撃の…ではなく、癒しの魔法だ。

「ふぅん。効いているみたいね」

この隙を逃すことはない。

そう思って距離を詰めると、アタシを迎え撃とうと、おばさんたちが前へ出てきた。

「二人を頼む」

一瞬だけ遅らせて、ティストが別の方向から攻め立てる。

だったら、向こうはティストに任せたほうがいい。

ティストもアタシとの連携を意識しないで済む分だけ、攻撃に集中しやすいはずだ。

「はぁっ!!」

「ちぃぃぃっ」

片手で癒しの魔法を使いながら、もう片方で、ティストのダガーを防御している。

そのおかげで、おばさんたちは、ほとんど棒立ち状態だ。

自分の意思で、身体を動かすこともできないなんて…。

絶対に、奴を殺して、元へと戻して見せる。

「………」

ティストの猛攻を体裁もなく逃げ回って凌ぎ、治癒の魔法に専念している。

アイシスはまだ立って戦えるような状態じゃないし、ティスト一人じゃ仕留めきれない。

どうする? やっぱり、おばさんたちを放っておいて、ティストに加勢したほうが…。

「くっ…」

「うっ…」

苦悶の声をあげたその一瞬だけ、二人の身体が揺らぐ。

何? 今の反応は?

もしかして、奴の魔法が解けかかっているの?

魔法を絶えず継続している上に、二度も癒しの魔法も使っているのだから、奴だって、かなり消耗したはずだ。

今も、ティストを相手に手一杯だし、その可能性は、高い。

「母上っ!!」

今までに何度も口にしようとして、それでも、出来なかった、その言葉。

それが、自然と口から出ていた。

「母上っ!! そんな奴の魔法に負けないでっ!!」

もう一度、全身全霊を声に乗せて、叫ぶ。

きっと、もう少しなんだ。

後は、きっかけさえあれば、きっと…。

「せ、セレ…の…ア」

「…せ、れ…ノ…ア」

その声は、今にも途切れてしまいそうなほどに弱弱しくて、発音もでたらめだ。

それでも、二人は、今、アタシの名前を呼んでくれた。

きっと、今のは、奴の呪縛が解ける徴候。

間違いない、奴の魔法を、二人の力が打ち破ろうとしているんだ。

「母上っ!! 母上っ!! 母上っ!!」

力の限りに声を張り上げ、呼びかけを繰り返す。

そのたびに、二人の身体が、小刻みに震える。

「あと少しだから…もうちょっとだけだから…だから、負けないでっ!!」

「ッ!」

びくんと大きく身体が跳ね、頼りない足取りで、二歩、三歩とこちらへ歩いてくる。

「セレノア」

「母上っ!!」

こちらへと走ってくる二人へと、アタシも駆け寄る。

奴の魔法も、これで打ち破った。

後は、体勢を立て直し、力を合わせて勝つだけだ。


「!?」


不意に、背中が地面に吸い寄せられるような感覚が、アタシを襲う。

そう思ったときには、尻もちをついて座り込んでいた。

何? 奴の魔法なの!?

「なっ!?」

アタシがいた場所には、位置を交代したようにティストが立っていた。

何? じゃあ、今のはティストがやったっていうの?

なんで、そんなこと…。


ぞぶり。


そのあまりにも不快な音に、思わず耳を塞ぎたくなる。

鍛え上げた筋肉を、その下にある柔らかな内臓を、同時に貫いているはずだ。

見ないでも分かる、今のは、致命傷だ。

「がっ、あっ…」

ティストの口から、苦しげな声とともに血が噴き出す。

二人の右手と左手から伸びた爪が、深々とティストの腹に突き立っていた。

「何…これ? なん…なのよ?」

アタシの声が、情けないくらいに震えている。

でも、それでも、目の前の現実を受け入れられない。

「くっ…うっ…」

歯を食いしばったティストの身体が、大きく傾く。

もう一度、身の毛もよだつ音を立てて、体内へと侵入した爪がゆっくりと引き抜かれる。

血の滴る黒き爪から解放されたティストの身体が、力なく地面へと転がった。

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