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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER 有色の戦人
126/129

17章 気まぐれな復讐-2


【ティスト視点】


「ッ!!」

どうにか眼前へと迫った岩をダガーで叩き落として、舌打ちを飲み込む。

何度試しても、やはり、同じだ。

俺の剣速では、これ以上、近づけない。

もし、わずかにでも踏み込みを深くすれば、奴の魔法を防ぎきれない。

「炎よ」

「水よ」

セレノアとアイシスの魔法が、俺へと向けられた無数の攻撃を、削いでくれる。

だが、それでも、その数は多くても全体の半分といったところだ。

「ふん。その程度の実力で、あれほどの大口を叩くとは、片腹痛いわ」

「チィッ」

勢いを増した相手の魔法に弾かれるようにして、じりじりと後退する。

それは、べつに、嘘ではないし、演技でもない。

だから、奴も、こちらの狙いに気づかない。

「そのちっぽけな刃で、ワシに届くものかよ」

「くそっ!!」

焦れた俺が悪態を吐いて、大きく後ろへと下がる。

その姿がそんなに嬉しいのか、悦に入った笑みを浮かべた。

「そうだ。それでいい。貴様は無様に足掻いて、無様に死ぬし…」

最後まで言い切ることなく、奴の目が大きく見開かれる。

奴の脇腹には、左右どちらにも漆黒の爪が突き立っていた。

「ようやく、この爪があんたに届いたわね」

「私たちを生かしておいたことを、後悔するがいいわ」

ありったけの憎悪を唇に乗せて、レイナとサリが胸の内を吐き出す。

一度として奴の目に映らず、存在を気取らせぬことで、奇襲を見事に果たした。

二人の怒りと執念が、必殺の一撃を成したんだ。

「くぐぅっ…あぁあぁあぁっ!!」

痛みにくぐもった声をあげ、二人へと向けて魔法を放つ。

だが、遅い。

約束のとおりに一撃離脱を果たした二人が、婉然と微笑み、俺の両隣に降り立つ。

さしもの奴も、完全な意識の外からの不意打ちでは、ひとたまりもないらしいな。

いくら鉄壁と言えど、結局のところは、本人の能力に左右される。

完璧な防御なんてものは、ありえないというわけだ。

「この程度で、付け上がりおって…。

 くっ…こんなことで終わったと思われては、不愉快の極みよ。

 どんな傷もワシには意味が無いことを、見せてやろう」

「…!」

見覚えのある淡くて白い輝きが、奴の全身を覆いつくす。

「あれは…」

流れ落ちている血が、ぴたりと止まる。

黒い服に隠れているから見えないが、おそらく、切り裂かれていた傷口が塞がれたのだろう。

「癒しの魔法…か。さすがに、魔法を極めたとほざくだけのことはあるな」

精霊族の使う魔法も、きちんと修めてきたわけだ。

しかも、並みの医者が縫合するよりも断然早いという、とんでもない威力だ。

「しかし、似合わないものだな」

治癒の光が、これほどに禍々しく見えるとは、思ってもみなかったな。

術者の性根が見えるようだ。

「どうだ、無駄だと分かっただろう?」

「治癒といっても、結局は、魔法だろう? だったら、発動の暇を与えなければいいだけだ」

どれだけ魔法をその体に内包していたとしても、使わなければ意味がない。

秘めたる力だろうと、発揮させなければ、無いも同然だ。

「三人なら受けられたようだけれど…」

「五人だったら、どうかしらね?」

レイナとサリが手を指先まで伸ばして刀のように研ぎ澄ませ、胸の前で構える。

二人なら、俺たちの攻撃の合間にうまくあわせてくれるだろう。

「やれやれ。おとなしくしてれば、捨て置いてやったものを…。

 余程、恐怖と絶望を知りたいと見えるな」

しわがれた不気味な声で、重々しく語る。

だが、それも復讐に燃えるこの二人の前では、安っぽい脅し文句にすぎない。

「なめられたものね」

「今更、死など恐れるに足らない」

より一層に怒りをたぎらせ、二人が突き進む。

それを迎え撃ちながら、二人の返答に、くつくつと楽しげな笑みを浮かべる。

「死…だと? 死が最高の苦痛だと、本気で思い込んでいるのか」

口の端を歪めて、奴が嘲笑を浮かべる。

見る者を不快にさせる奴の笑いは、止まらない。

「よかろう。ならば、その思い違い、ワシが正してやろう」

ローブの下にある腕が、怪しくうごめく。

前回の戦いで最後に見せたのと同じ動きを見て、身の毛がよだつ。

あのとき、奴は言っていた。

魔法の真髄を見せてやる…と。

だったら、次に来るのは、間違いなく大技だ。

「チイッ」

みすみす打たせてやる必要はない。

発動の前に、潰してやる。

「ふん、あわてるな」

不機嫌そうに鼻を鳴らした奴の前に、お得意の岩壁が立ちはだかる。

相変わらずの鉄壁防御か。

「ッ!!」

一枚目をダガーで切り裂いたところで、裏に控えていた二枚目が出てくる。

何重にも張り巡らせた防壁が、ことごとく、俺の攻撃を阻んだ。

他の四人は、接近戦には加わらず、迎撃用の魔法を収束させて事態を見守っている。

良い判断だな、これなら、奴の魔法がどんな物だろうと、被害は最小限で済む。

「貴様等には、地獄をくれてやる。たっぷりと味わうがいい」

大仰に振り上げられた手を見て、しかたなく距離を取った。

間近で食らって即死なんてことになったら、目も当てられない。

誰もが奴の魔法に備えて、身構える。

「………」

何も、起きない。

炎による爆発、水による洪水、風による竜巻、土による落石。

属性別に想像していたあらゆる惨事が、いつまで経っても発生しない。

「なんだ?」

「何、あれだけ大見得を切っておいて、不発なわけ?」

俺の疑問を肯定するように、セレノアが小馬鹿にして笑う。

目に見えるような影響は何もないのは、俺の勘違いでもないらしい。

「くく、愚鈍よな。まさか、気づかぬとはな」

負け惜しみ…か? いや、そう決めつけるのは、早計だ。

奴があれほど言う魔法だ、油断して何かあってからでは遅い。

流れ落ちる汗を左手で拭い、もう一度、注意深く辺りを、背後まで含めて見渡す。

「…!?」

違和感を感じたのは、周囲にではない。

汗を拭った、左手に…だった。

「なんだ?」

汗とは思えない、べったりと粘りつくような手触りが、左手から離れない。

指をこすり合わせても、ぬるりという不快な感触がするだけで、取れない。

色はなく、匂いもない、透明な、粘性のある液体。

正体の分からないそれが、この上なく危険なものに感じる。

「…まさか」

もう一度、自分の額に手を伸ばして、さっきと同じように汗を拭う。

今度は、自分の肌を覆うように付着していたその水が、糸を引いて地面へと落ちた。

もう間違いない、これが、奴の魔法だ。

おそらく、霧のように、目に見えないほど小さな水の魔法を一帯に展開している。

だが、何が目的だ?

触れたところで痛みはないし、殺傷能力もない。

少々動きを鈍くして、不快な思いをさせる。

その程度の効果が、もったいぶって出した奴の奥義なのか?

「…!?」

全身から力が抜け落ちていき、その代わりのように、気だるさで満たされる。

自分でもはっきりと分かるほどに、体温が落ちていく。

なんだ? これは…。

いったい、どうなっている?

身体に変調を来す魔法なんて、聞いたこともない。

もしかして、何かの毒なのか?

「くっ…」

「うっ…」

レイナとサリが、息を詰まらせて、喉に手を当てている。

何度も口を開閉させているあたりからして、呼吸困難な状態だろう。

「なに…」

「これは…」

セレノアとアイシスも同じ…いや、俺も同じになりつつある。

どうやら、反応を見る限り、全員が同じものを味わっているらしい。

まずいな、完全に後手に回っている。

正体は分からないが、風の魔法で吹き飛ばすか。

「さて、頃合いかの?」

奴が指を擦りあわせて、パチンという小さな乾いた音を立てる。

そのざらりとした耳障りな音が、何度も頭の中で反響する。

「なんだ?」

思わず口に出した自分の声が、いつもと違って聞こえる。

四肢の反応も鈍いし、握りしめているダガーの感触も、どこか頼りない。

やはり、勘違いではなく、五感がおかしい。

「望みどおり、生き地獄に招待してやろう」

嬉々とした声で、奴が告げる。

なんだ、何を始めようというんだ?

「………」

レイナとサリが突然に振り返り、セレノアへと手をかざす。

その手のひらに、巨大な炎が宿った。

「…な!?」

驚きの声を上げる暇もなく、二人の炎に挟まれて、セレノアが後ろへと吹き飛ぶ。

「な、に…?」

自分の目で捉えたというのに、何が起きたのか、把握できない。

ただ、目の前の光景が、信じられなかった。

「セレノアっ!!」

その場で棒立ちしていたレイナとサリが、必死の形相で叫ぶ。

さっきの魔法は、やはり、二人が意図して放ったものじゃない…ってことか?

「いったい、何が…?」

アイシスの問いに、俺も答えられない。

どうなっているのか、まるで分からなかった。

「何を…私たちの身体に、何をした!?」

首だけを動かして奴を睨み据え、二人が吠える。

なぜ、身体ごと振り返らないんだ?

いや、もしかして…。

振り返らないのではなく、振り返れないのか?

「ふむ、まずまず…と言ったところじゃな。

 一撃で殺せぬ威力の低さは難点じゃが、まあ、よしとするかの。

 いたぶるのに、もってこいだと思えば、低能でも許容できよう」

ぶつぶつとつぶやく奴の言葉が、認めたくなかったことが事実だと教えてくれる。

奴の魔法の正体、それは…。

「人を操る魔法…か」

「そのとおり。どうじゃな? 意のままに人を操れるなど、摂理を越えていると思わんか?」

邪気に満ちた笑みを浮かべて、同意を求めてくる。

どんな理屈で、相手を動かしているのか分からないが…。

闘っている相手を術中に陥れることができるのなら、無敵といえる。

「そんな馬鹿なことが、あるわけ…ご主人様の魔法には、本当に惚れ惚れいたします」

言葉が途切れたかと思えば、レイナが、まるで違う声音で話し始める。

顔を嫌悪に歪めて、それでも、唇は止まらなかった。

「本当に、ご主人様の魔法は、なんて素晴らしいのでしょう。

 ご主人様こそが、ただ一人の真の魔法の使い手。

 仕えることができる我々は、この上ない幸せ者です」

あいづちを打つように、サリもレイナへと同調する。

絶対に口にしないだろうその言葉からも、どれだけ術に深く掛かっているかが、よくわかる。

「どうだ? 見事だろう?」

「ふっ…ざ…けるな…」

「くっ…そっ…」

二人の口が、ゆっくりと形を変えて、声を絞り出す。

おそらく、全身の力を振り絞って、戒めを解こうとしているのだろう。

「無駄だ。お前たちは、完璧に我が傀儡かいらいとなった。

 もはや、本人の意思が介入する余地などない」

得意気に自分の魔法を誇る顔は、見ているだけでも虫酸が走る。

それでも、奴の饒舌は止まらない。

「摂理を超えたのが、自分たちだけだと思わぬことだ。

 才と叡智さえあれば、貴様等を凌ぐ魔法など、たやすく産み出せる」

自分の身体を、妹の仇であるあの男によって操られる…か。

奴の宣言したとおりだな、たしかに、二人にとっては、死よりもおぞましいだろう。

「さて、たっぷりとワシの技を楽しんでもらおうかの。

 ここから先は、ワシではなく、忠実なるしもべが相手をしよう。

 その二人を殺せたら、相手になってやろうではないか」

「主に仇なす愚か者よ」

「己の過ちを悔いながら、死ぬがいいわ」

焦点の合わない瞳に、虚ろな声。

その手のひらは、セレノアへ向けられていた。

「くっ…つぅ…」

対抗して腕を掲げようとしたセレノアが、痛みに顔をしかめさせる。

たいして威力もなかったのに、さっきの不意打ちで効果があったらしい。

おそらく、二人がいるということで、無意識のうちに警戒を緩めていたせいだろう。

そこに付け入られ、しかも、至近距離からの予想外の不意打ち。

対処しろ…というほうが、酷か。

なんにしても、このままでは…。

「セレノアさんっ!」

防御を手伝うつもりなのか、水の魔法を収束したアイシスが、足に力を込める。

だが、まずい。

もしここで、アイシスまで操られていたら、セレノアに向けて、三方からの同時攻撃になる。

「アイシス、止まれっ!!」

「!?」

セレノアに向けて駆け出そうとしたアイシスが、俺の命に従って、その場に急停止する。

ここで止まるということは、アイシスは、自分の意志で動いている…のか?

少なくとも、この状況では、そう判断するしかない。

「チッ」

今の状況では、互いの援護をしようとしても、下手をすれば、相手を傷つけることになる。

五対一だったのが、一対五にされたな。

しかも、そのうち四人は、倒せないどころか、攻撃だってしたくはない。

それに加えて、このままでは、仲間同士が殺しあうのを止めることすらままならない。

厄介なこと、この上ないな。

「くくっ、いい具合に混乱しとるようじゃの。

 だったら、もう少しかきまわしてやるとしよう」

「…!」

収束された魔法の照準が、セレノアから足を止めたアイシスへと向けられる。

だが、アイシスを庇うことはできない。

もし、俺が操られていたら、アイシスを集中攻撃することになる。

「くっ…」

俺は、操られているのか? それとも、正気なのか?

誰がどうなっているのか、まるで分からない。

「…!」

そこまで考えて、一つの結論にたどり着いた。

簡単な理屈だ。

誰が操られていようと、敵が一人であるという事実は、変わらない。

「アイシス、セレノアを頼む」

返事を待たず、ダガーをかまえて、走り出す。

これ以上は、我慢できそうになかった。

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