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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER 有色の戦人
125/129

17章 気まぐれな復讐-1


【ティスト視点】


「おいでなすったな」

空気に混じる違和感を感じ取り、互いの確認のためにつぶやく。

アイシスもセレノアも同じ感覚を有しているのか、真剣な顔でうなずき返した。

「ティスト、アイシス。付き合ってくれて、ありがとね」

柄にもない、セレノアからの真っ直ぐで素直な礼。

だから、少しばかり、図々しく返事をさせてもらうことにした。

「今度、俺に何かあったときには、よろしく頼む」

「私が困ったときにも、お願いしますね」

今回の一件は、貸しだ。

きっと、そのほうが、お互いにとって、折り合いが付けやすいだろう。

「分かってるわ。そのときは、必ず二人を助けること、約束する」

「じゃ、行こうか」

腰掛けていた岩から油断なく立ち上がり、臨戦態勢を取る。

闇に紛れ、音もなく近づいてくる奴の姿を、こちらへ向けられた殺気だけを頼りに探す。

視界の端に違和感を捉えて、視線をそちらへと向ける。

病的に白い肌をした奴の顔だけが、闇夜の中にぽっかりと浮かんでいた。



「炎よ」

「風よ」

「水よ」

セレノアが炎を、俺が風を、アイシスが水を。

それぞれに自分の属性に呼びかけ、収束させた魔法を手のひらに集める。

呼吸を合わせたとおりに、奴へと三つの魔法が同時に飛んだ。

「ふん」

鼻をならした奴の周囲に、こちらと同じ属性の魔法が、それぞれに発動する。

轟音をあげてぶつかりあい、数秒のせめぎあいの果てに、こっちの魔法だけが消え去った。

「所詮、この程度…か。手荒い歓迎と呼ぶには、まるで威力が足らんな」

展開された魔法の大きさには、ほとんど差がなかった。

つまり、問題は、魔法の質…濃度というわけか。

同じ属性をあえて選んだのは、互いの力量差を誇示するためだろう。

まったくもって、悪趣味なことだな。

「では、こちらも返礼してやろうではないか」

軽減のための魔法を収束し、回避を念頭に置いて、奴の魔法を見定める。

前回の一戦で、奴の力量は存分に見せてもらった。

最初から強大だと分かってれば、油断も慢心もない。

「貴様らに、見本というものを見せてやる」

爆発音とともに空気が震え、奴の背後で、星明りを霞ませるほどの光が、次々に生まれる。

大地を突き破って吹き上がった炎のすさまじい熱気が、空気を伝い、こちらまで届いた。

なんだ? ここから、派生でもするのか?

しかし、どれだけ待っても、こちらへの攻撃がこない。

警戒しつつ、燃え上がった場所へと目を移し、そこに何があったのかを思い出して、ようやく得心する。

なるほど、狙いは最初から俺たちじゃなかったわけだ。

「森の礎を試していた場所を狙って…」

苦い声で、アイシスがつぶやく。

火柱の位置と数からして、植えた種や苗木が全滅したのは、間違いない。

時間と労力、その合間でおきた他愛のないやりとり、そして、これからの希望。

それが、数秒のうちに全てを潰された。

止め処なく溢れ出す怒りで、ダガーを握りなおした。

「どうじゃ? これが気の利いた挨拶というものじゃ。分かったのなら、もう少し勉強することじゃな」

得意げな顔で、奴が哄笑する。

こちらの反応を見て、その笑みをさらに深めた。

「無駄な努力をしないで済むようにしたのだから、感謝してほしいぐらいじゃな。

 木々を植える程度では、この地質は変えられぬ。

 そんなことをするぐらいなら、血と落涙で潤したほうが、さぞや肥沃な大地となるであろう」

炎に背中を照らされた奴が、薄汚い笑いを浮かべる。

人の作り上げた物を壊すのが、そんなに楽しいか。

「ふぅん。ずいぶんと、よく知っているのね。

 森を作ろうとし始めたのなんて、最近のことなのに」

ずっと黙っていたセレノアが、怖気が走るほどに冷たい声でつぶやく。

たしかに、セレノアの言うとおりだ。

本来ならば、俺たちが何をしているのかなんて知っているはずないし、そこを攻めてくるのも妙な話だ。

「つまり、あんたは、隠れてアタシたちのことを、ずっと監視していた。

 陰でこそこそ見つからないようにして、隙を狙ってたわけでしょ?」

「なるほど、少しばかりは、頭が回るようじゃな。

 では、なぜワシが隙を狙っていたのか、その理由が分かるか? 小娘」

「分断させて倒したほうが、効率的だとか言いたいんでしょ?

 ずいぶんと偉そうにほざいてくれるじゃない、狡賢ずるがしこいだけの臆病者のくせに」

吹き上がるような殺気を纏い、嫌悪感を剥き出しにして、セレノアが言い放つ。

それに動じることなく、奴は、ゆっくりと呆れたように首を振った。

「的外れもいいところじゃな。

 戦力だけを比較するならば、お前たちが全員揃っていようと、ワシ一人で十分じゃ」

「だったら、その理由とやらは、なんだっていうのよ?」

「奴が家族と共にいれば、命を賭してでも娘を守ろうとするじゃろう。

 その結果、娘を庇った奴の死に様は、奴にとって満足のいくものになってしまう。

 それでは、意味がない。

 大事なものを奪われ、歯軋りするほど怒り狂い、泣き叫ぶほど悲しみ、己の無力さに悶え苦しむ。

 自分の命の使い道を後悔する、その無様な姿を見たいのじゃよ。

 もっとも、最後には、奴も殺してやるがな」

にたぁ…っと、頬を持ち上げて、薄気味の悪い笑顔を浮かべる。

全ては、レオンを苦しませる、それだけのために…か。

「その壮大な計画は、どうやら目標のままで終わりそうですね。

 あなたの敗北で、全てが終わります」

空気に飲まれることなく、アイシスが冷たく言い放つ。

それに対して、奴は不機嫌そうに眉根を寄せた。

「本当に、よく吠える小童どもじゃな。

 雑魚が何人いようと話にならんと、前にも教えてやったじゃろう?」

「それじゃあ、俺たちからも教えてやろう」

ダガーを握りしめ、一足飛びに間合いを詰める。

しわだらけの首めがけて、ダガーを振り抜いた。

「ふん」

針のように尖った岩の頂点が、俺のダガーの切っ先を押し返す。

刃一枚の薄さをああも正確に捉えて、線をさらに小さな点で止める…か。

ある程度は予測していたが…奴の魔法は、量だけじゃなく、精度も尋常じゃないな。

「このワシに向かって教える…じゃと?

 そいつは楽しみじゃな。いったい、何を教えてくれるというのだ?」

「あんたの寿命の残りを…よ」

「…はぁっ!!」

正面から向かった俺にあわせて、右からセレノアが、左からアイシスが同時に仕掛ける。

あれから、何度もあのときの戦いを思い返して、対策を考えた。

奴は、あのときに一度たりとも動いていない。

レイナとサリに話を聞いたおかげで、奴が片足を失っている理由も分かった。

戦闘時の挙措と身体的特徴から、導き出した答えは一つ。

突破口は、接近戦。

正しく言えば、奴の魔法を掻い潜り、もしくは使い切らせて、肉弾戦に持ち込めるかどうか…だ。

「いつまでも、お前の攻勢が続くと思うな。今度は、お前が狩られる番だ」

「ふん、大口を叩いての結果が、苦し紛れの近接戦闘とは…芸がないな。

 その安易な考えに至った者が、今までにどれだけ死んだか教えてやろうか?」

「…!」

腕の一払いで、強烈な風が吹き荒び、三人がまとめて放り出される。

人を軽々と浮かせるほどの威力だというのに、奴の腕は、わずかにさえ、動かなかった。

まるで、呼吸をするような自然さで、魔法を放ってやがるな。

「ワシの魔法によって天に召された愚か者はな、路傍ろぼうに転がる石よりも多いのだ」

奴の背後に、巨大な岩が出現する。

それが不気味なうねりを繰り返し、玉座のような細工が施された、豪奢な椅子へと姿を変えた。

「貴様らごときでは、相手にならんわ」

戦闘中だというのに、深く腰掛けて、頬杖をつく…か。

頭に来るほど尊大でふざけた態度だというのに、それが付け入る隙にはならない。

あの姿勢からでも、魔法を使うだけならば、十分だろう。

「ッ!!」

迷うことなく、真正面から椅子に向かって突撃する。

最初は、俺が前衛で二人が後方支援、そう決めてあるのだから、迷う必要もない。

信頼して、踏み込むまでだ。

「はぁっ!!」

次々と突き出してきて、行く手を阻む岩の槍を、ダガーで薙ぎ払う。

この程度の手数と速さならば、十分に対応できる量だ。

「ふん、ダガーか。なぜ、武器などという非効率な物を使うのか、理解できんな。

 魔法さえ使えば、わずかに力をこめるだけで、鋭利な刃も、堅固な盾も、瞬時に作り出せる。

 肌身離さず、重たい武器や防具を持つ必要もないし、壊れる心配もない。

 剣術、槍術、弓術…武器を使った技など、全てが無価値だ。

 魔法を極めてしまえば、体術すら必要ない。

 これだけで、全てが事足りる。魔法こそが、万能の力なのだ」

こちらの反応を一切無視して、奴が、声高に演説する。

その陶酔ぶりは、こちらを置いてけぼりにするには、十分だった。

「いい気分で、御高説をのたまっているところ悪いんだが…。

 あんたの持論を力説して、いったい、何がしたいんだ?」

「死ぬ前に、愚かなお前たちに闘いを解いてやっているというのに…これだから、馬鹿は救えんな」

芝居がかった様子で肩をすくめ、首を横に振ってみせてくれる。

殺す相手に向けて、長々と説教を吐く…か。

相手を馬鹿呼ばわりする賢者様の思考は、たしかに理解できそうにないな。

「そういう不確かな話は、証明してからほざいてくれ」

「ならば、見せてやろう。肉体など、飾りにすぎんというその事実を…な」

奴の椅子が、視界の中で霞む。

文字通り、目にも留まらぬ速さで、俺の眼前へと迫った。

「ッ!?」

皺の刻まれた小さな手のひらが、俺の目に映り込む。

土の魔法で作り上げた椅子ごと高速移動させて、旋回しながら、一気に距離を詰めてきた…か。

しかし、こっちにとっても好都合だ。

「くらえっ!!」

間合いの中に飛び込んできてくれた奴へと向けて、全力の一突きを浴びせる。

さっきまでのような鉄壁で防ぐつもりなら、まとめて貫いてやる。

「なっ!?」

ダガーの切っ先を黒いローブで撫でるような、鮮やかな回避。

だというのに、上半身の姿勢は、わずかな揺らぎさえない。

寸分の狂いも許されない見切りを、魔法の調節だけで、やってのけたっていうのか!?

「甘いわあっ!!」

声を張り上げて、踏み込みもしないのに、奴の身体が前へと滑る。

そのか細い右手には、石で出来た片手剣を生やしていた。

「くっ」

主人に握られてもいないその剣が、次々に斬撃を繰り出してくる。

熟練を思わせる太刀筋から繰り出されたそれは、受け止めている俺の手が痺れるほどに重く、鋭いものだった。

とてもじゃないが、筋肉のまるでない、小柄な老人に出せる威力じゃない。

「お兄ちゃん、右へっ!!」

加勢に来てくれたアイシスの言葉に従い、左からの斬撃を任せる。

すると、アイシスの受け止めた刃のすぐ左から、もう一本の剣が表れた。

「くっ…」

慌てて受け止めていた剣を払い、次の攻撃へと向けて、アイシスがダガーを構えなおす。

お互いにどうにか防ぎきると、今度は、俺たちを取り囲むように、十二本の槍が水平に浮かんだ。

全部突き刺されば、見事な日時計が出来上がるな。

続いて、その周囲を半球で包むように、矢が配置される。

まさに、用意周到…だな。

「チッ」

致命傷にはならないだろうが、長々と戦うのなら、多少の傷でも厄介だ。

どうにかして、目の前のこれを…。

「炎よ」

声とともに、驚くほど静かな炎の魔法が、俺たちの背後を駆け抜ける。

俺たちに一切の害を与えず、敵の攻撃だけを的確に無力化させる、優しい炎。

「二人とも、後ろへ飛びなさいっ!」

頼もしいセレノアの声に従って、受け身も考えずにただ後ろへと飛ぶ。

俺たちが地面へと落ちるより早く、横合いから吹き荒れた桃炎が、無機質な魔法の武器たちを焼き尽くす。

有色の魔法にのまれた奴の魔法は、炭のように黒く変色して、炎の中で崩れ去った。

「まあ、こんなものじゃな」

いつの間にか元の場所へと戻っていた奴が、椅子に腰かけて、頬杖をついている。

「お前たちの手は二つしかないし、所持している武器も限られている。

 ワシは、その気になれば、どんな武器でも、複数を同時に扱うことだって出来るのだ。

 分かっただろう? 殺す気があれば、今の数合の打ち合いでも、十分に殺せていた。

 お前たちが今生きてるのは、ワシの気まぐれに他ならない。

 どうじゃな? これで、鍛え抜かれた五体よりも、魔法のほうが遥かに優れていると証明できたじゃろう?」

よく回る舌で渇いた唇を舐め、奴が上機嫌に笑う。

絶対に負けることはないという傲慢が、こんなふざけた戦い方をさせるのだろう。

それこそが、奴と渡り合うための唯一の光明だ。

戦闘では、揺るがない。

だから、それ以外で揺さぶりをかける。

「ずいぶんと偉そうに喋ってくれたが…。そいつは、足を失った自分への言い訳か?

 それとも、志半ばで、武術を捨てた己への言い訳か?」

「なんだと?」

ある程度の予想を交えた俺の指摘を聞いて、奴の声が途端に強張る。

ここで声の調子を変えてしまうあたりが、やはり、小物だな。

どれだけ傲然としていても、自分の弱みを素直に晒してしまう。

「手の届かなかったものには、固執する性格らしいからな。

 そんなにも武術を毛嫌いするなら、理由があると思っただけだ」

有色の魔法について話したときも、そうだった。

これだけの力を持っているというのに、奴は、劣等感の塊だ。

奴が過剰なまでに自分を持ち上げるのも、おそらくは、その裏返し。

きっと、周りを見下していなければ、自分を保つことさえできないのだろう。

「どうだ? 間違ってるか?」

「ッ!!」

返答は、口から吐き出される言葉ではなく、荒れ狂った風の魔法だった。

威力こそ先の一撃よりも高められているものの、狙いが雑な分だけ避けやすい。

やはり、思った通りだな。

攻撃は、鉄壁で止めることができるが、精神的な物は、防御も回避もできやしない。

己の欠点を受け止める度量も、格下の戯言と聞き流す余裕もない。

「なんだ、図星だったのか?」

「黙れいっ!!」

下手をすれば、奴の逆鱗に触れ、逆上させる可能性もあるが…。

どうせ、全力を出してもらわなければ、この戦いは終わらない。

だったら、少しでも魔法の精度が落ちていた方が、楽だろう。

「それに、魔法なんて尽きたら終わりだ。

 そうなれば、歩くこともできずに、地面に転がるだけの、ただの老人だろう?」

「貴様らのような盆暗ぼんくらと、一緒にされては困るな。

 ワシの魔法は尽きぬ。我が力に、果てなどない」

「なに、無尽蔵とでも言いたいわけ?

 だったら、あんたの言うとおり、本当に馬鹿は救いようがないわね」

「きっと、それすらも証明するなんて言うつもりなんですよ。できるはずなんて、ないのに…ね」

俺の挑発に便乗する形でセレノアとアイシスが嘲笑い、それが、さらに奴の柳眉を逆立てる。

口を閉ざした奴が腕を振るうと、周囲で次々に爆発が起こり、石つぶてが飛び交う。

さて、ここからが本番だな。

ダガーを握り直すことで気を引き締め、ただ、奴へと向かって駆ける。

俺は、愚直に突進を繰り返すだけだ。

それしか策がないと思ってもらうためにも…な。

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