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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER 有色の戦人
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13章 気まぐれな和解-2


【ティスト視点】


訓練を終え、一風呂浴びたところでの、突然の呼び出し。

何かと思って連れられて来てみれば、さっきまで訓練していた場所に、見慣れないものが敷いてあった。

「よく来てくれたね」

「では、私たちはこれで」

恭しく頭を下げると、俺をこの場へと案内してくれたレイナとサリが、城へと向かって歩いていく。

残された俺に対して、ここまで招待してくれた主は、穏やかな笑顔を向けてきた。

「とにかく、座りたまえ」

満点の星空の下に敷いた、長方形の小さな御座。

それを等分するように、レオンの反対側へと腰を下ろした。

座布団もなしに座ったのに、座り心地は悪くない。

どうやら、地面に魔法をかけて、真っ平にしたらしいな。

「これを」

差し出された、取っ手のない小さな器を受け取る。

首元だけすぼまった細長い茶色の容器から、レオンが何かを並々と注いでくれた。

水と見紛うほどに透明なそれは、驚くほど豊かな香りをしている。

口をつけなくても、とびきりに強い酒だと分かった。

「では…」

同じ容器を優しくぶつけあって、乾杯の澄んだ音が響く。

その余韻が消えるまで音色を楽しんでから、ゆっくりと飲む。

飲み込むのがもったいないと思うほどに、舌の上に広がる味わいは、見事なものだった。

「気に入ったかい?」

「ああ」

ライズ&セットで飲ませてもらった酒たちとは、また違った味わいがある。

魔族の美酒は、力強く、荒々しく、そして、どこか優しい。

魔族の気性を形容するのには、ぴったりの味わいだった。

「文句なしに、美味い酒だ」

「そう言ってもらえると、とっておきを開けた甲斐があるね。好きなだけ飲んでくれ」

相手のグラスが空くたびに、互いに酌をする。

隣にいるのは、グレイスで最強の魔族。

だというのに、不思議と緊張感も警戒心も湧かなかった。

じんわりと、徐々に、心地よく、身体に酔いが回っていく。

もし、戦いになれば、全力を出しきれないかもしれない。

その致命的な隙さえも気にならなくなるほどに、安らぎに身を委ねていた。

「君には…君には、本当に感謝している。

 いや、どんなに感謝しても、しきれないほどだ」

星空を眺めながら、レオンがつぶやく。

だから、俺も、グラスの中に映りこんだ丸い月を見ながら、答えた。

「俺は、きっかけを作ったにすぎない。べつに、たいしたことはしてないさ」

食糧の件に関しても、セレノアたちの件に関しても、どちらも同じだ。

出来すぎた結果が偶然ついてきてくれただけで、別にそれは、俺の力じゃない。

「それでも、言わせてくれ。ありがとう」

深奥が熱くなるような真摯な礼を素直に受け取り、黙ってうなずく。

これ以上の否定は無粋だし、それに何より、結果として、全員が幸せならば、それでいい。

「どうやら、シーナの予見は、見事に的中したようだ」

「? どういう意味だ?」

「戦場で君を見た後に、シーナが言っていたんだ。

 『彼は、いずれ魔族の命運を左右する存在になる』…とね」

「不幸を運ぶ疫病神にならなきゃ、いいけどな」

あまりにも大袈裟な表現に、思わず皮肉をこぼしてしまう。

俺は、そんなに期待をしてもらえるほど、上等な存在じゃない。

それに、良いことが続いているからこそ、こうして認めてくれるのだろうが…。

逆に、悪いことが続けば、それすらも、俺のせいにされかねない。

「シーナの見立ては、正しかったというわけだ。だからこそ、私からも頼みがある」

頼み…ね、どうやら、それがここに俺を呼び出した本当の理由らしいな。

厄介ごとであることは確定だろうが、とにかく、聞いてみないことには始まらない。

「で、そんなに改まって、今度は、何を頼むつもりなんだ?」


「私に代わり、魔族の王になってくれないか?」


何気ない口ぶりで吐き出された、とんでもない言葉に、思わずさかずきを取り落しそうになる。

飲み干し、御座の上に置いてから、ゆっくりとため息をついた。

「いくらなんでも、話が飛躍しすぎだろう?」

「別に、飛躍などしていないさ。当然の流れだ。

 君のように能力と良識を兼ね備えた者が王座についたほうが、皆も喜ぶだろうしね」

やけに真剣な眼差しは、本気なのか、戯言なのか、判断がしづらい。

まったく、これだから、上機嫌に出来上がった酔っ払いの相手というのは、疲れるんだ。

「冗談はよしてくれ。第一、俺は魔族じゃない」

「魔族の本質は、血ではない。その生き方だ。

 強さを求めて道を歩むものならば、歓迎されるさ。

 君のように既に力を持っているものなら、なおのことだろう」

一言に対して、三言も返事が来る…か。

これほど饒舌なのも、おそらく酔っているからなのだろうな。

そんな風に考えていた俺の沈黙を迷いと受け取ったのか、さらなる追撃が飛んできた。

「そんなにも血が気になるというのなら、セレノアの婿になればいい。

 それこそ、誰からも文句は上がらないだろう」

「冗談にしても、笑えないな」

「別に、冗談のつもりはないからね」

いつもと変わらぬ余裕の笑みを浮かべて、すっと人差し指を立てる。

「娘が気に入るのが、最低条件。

 そこから、私、レイナ、サリの三人が気に入るかどうか、そこが、最大の難関だ。

 どの条件も満たしているのだから、君なら申し分ないだろう」

つらつらと言葉を続けながら、指を立てていくレオンの眼を、じっと見据える。

その真偽を、上辺に隠された本当の意味を、酔った頭を働かせて探る。

さっきから、レオンが口にしているのは、本質的にはただ一つ、王位を譲りたいということだけだ。

「それで、俺に王位を押し付けて、何をするつもりだ?」

「そうしたら、私は、復讐に専念できる」

あっさりと気負いない声で発せられたのは、あまりにも凄惨な話。

家族が幸せになったことを見届け、一人だけ修羅の道を進む…か。

あまりにも、救われないな。

「重荷を脱ぎ捨て、自由に駆け回れるようになりたいのだ」

「本気で言っているのか?」

「半分は…ね」

苦い顔でつぶやいて、杯を一気に傾ける。

それだけでは足りないのか、手酌で注ぐとすぐに、もう一度あおった。

自棄酒やけざけ…というわけではないのだろうが、我慢している部分も多いのだろう。

なんだかんだといいながら、罪悪感も感じれば、優しさもある。

家族のために、心を砕くことができる立派な父だ。

おそらく、ガイも同じなのだろう。

「君がセレノアもレイナもサリも国も面倒見てくれるのならば、安心して任せられるのだがね」

冗談めかして言ったつもりだろうが、こちらを見ている目からも、声からも、そんな軽い雰囲気は感じられなかった。

家族の不仲という憂いがなくなったからこそ、全力で事に当たりたいという気持ちも、分からないではない。

だが…。

「任せてくれ…と言いたいところだが、正直に言って、俺の手には余るな。

 手助けくらいならできるかもしれないが、請け負えるほどの力はない」

レオンやガイ、師匠たち、ラインさんやシアさん。

そんな上の世代の人たちほど圧倒的な力には、残念ながら、まだ到達していない。

今の俺じゃ、レオンの代わりなど務まるはずもない、完全な力不足だ。

「………」

酒を入れた杯を口元に当てたままで、レオンが硬直する。

今の発言を、そして、俺自体を吟味するように、レオンの瞳が俺を捉えて離さない。

相手は違えど、今までにも、この手の真剣な眼差しは、何度となく向けられることがあった。

だから、問いかけに答えるように、ただ、正面からその目を見返した。

「…はぁ」

やがて、盃を下に置いたレオンが、盛大にため息をつく。

がっくりと肩を落としたレオンの顔には、疲れが滲み出ていた。

「断るための方便かと思えば、本気でそう思っているのかね?」

「ああ。安請け合いはできないからな」

もう一度、俺の眼を射るように見てから、小さく笑う。

そこには、いつもの老練な笑みが浮かんでいた。

「なるほどな。まったく、その生真面目さは、セイルスそのものだな」

「約束には、慎重になれ。師匠たちには、そう教えられたからな」

どんなことであろうと、どんな形であろうと、約束を交せば、守らなくてはならない。

だから、約束をする際には、慎重にならなければならないし、何があっても、決して軽んじてはならない。

俺を律する戒めとして、師匠たちの声が、心地よく頭の中に響く。

それに恥じるような行いだけは、絶対にしたくなかった。

「まさか、そこまで真剣に考えてくれているとは、思っていなかったよ。

 ありがとう。そして、すまない。

 礼を言うためだけに呼んだつもりだったのに、無礼な頼みをしてしまうとは…ね」

己を恥じるように、レオンがゆっくりと首を振る。

そして、口元の微笑を消して、真顔で頭を下げてきた。

「君のことを見ると、つい、期待してしまう。気を悪くしないでくれ。

 本当にすまなかった。さっきの依頼、後半の部分は、忘れてくれ」

「後半?」

聞き捨てならない単語を、思わず復唱してしまう。

今の話の流れからすれば、普通、全てを取り消すのが筋というものだろう。

「何もかも任せたいというのは、撤回する。だが、王位を譲りたいというのは、本気だ。

 即答する必要はないから、考えてみてくれ」

「この場で即答させてもらう。お断りだ」

そんなもの、悩む余地もない。

俺が王位に着いたところで、誰一人として幸せになるものはいないだろう。

そんな、誰にとっても不幸なことを、わざわざ、嫌な思いをしてまでやる必要はない。

「そう言わずに、保留としておいてくれ。

 いくらでも待つから、気が変わったら、いつでも言いに来てくれ」

それ以上付き合っていられないことを示すために、酒の入った盃で、自分の口を塞ぐ。

愉快そうに目を細めたレオンも、俺に追従するように盃を手に取った。

酒宴を終わらせる気配など、微塵もない。

明日の朝は、地獄だな。

思考を、体内に溜めこまれていく尋常ではない酒の量へと向けて、胸中でつぶやく。

それでも、酒を注ぐ手を止める気には、ならなかった。

今日ぐらいは、この悩み多き王に、心行くまで付き合うとしようと、そう覚悟した。

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