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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER 有色の戦人
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12章 気まぐれな変化-4


【ティスト視点】


「そう簡単に、思い通りに行くと思ってるの?」

俺たちの話を聞いていたレイナが、嘲笑を浮かべる。

たしかに、相手の意図が分かっている攻撃ほど、対処は容易くなる。

「だが、そいつは、お互い様だろう?」

相手が連携を、こちらが一対一を狙っている。

だったら、後は、自分が有利なように戦いを進められる奴が勝つだけだ。

「押し通します!」

勢いよく、アイシスがサリへと向けて飛び出していく。

「くっ…」

いなそうと左右へ角度をつけて下がるサリに対して、アイシスが執拗に食らいついていく。

いい突進だ、あれだけ距離を詰められたら、防御に回らざるを得ない。

けんに回り、相手を観察するから、レイナとサリに翻弄ほんろうされる。

だから、その隙を与えなければいい。

変幻自在だろうと、関係ない。

変化するまでに、潰してしまえばいい。

「さて、俺も見習わないとなっ!」

回避を防御に切り替えて、位置取りを最優先にする。

必ずアイシスとの間に入るように立ち回り、多少の痛みは我慢する。

宣言通りに、力ずくで分断してやる。

「くっ…。この程度で、勝ったと思うなっ!」

焦りが、レイナの攻めを単調にする。

いかに威力を乗せようとも、真正面からの一撃なら、十分に対処できる。

「このぉっ!」

次々と繰り出される攻撃を受け止め、痛みを最小限に抑えて、機を見計らう。

攻め疲れは、期待できない。

狙うのは、どんなに息もつかせぬ連続攻撃と言っても、必ず生まれてしまう、その継ぎ目だ。

「死ねっ!」

「…!」

ダガーが首筋へと届く必殺の間合いに、相手が目を見開く。

そこで、迷わずに左の拳を握りしめ、鳩尾みぞおちにめがけて叩き込んだ。

「くっ…」

うめき声をあげたレイナが、膝をつく。

それでも、その目はまるで戦意を失っていなかった。

安全のために距離を取り、相手を見下ろす。

動けるような状態じゃない。

「やめろ。勝負はついた。これ以上、続けても無駄だ」

貫くつもりで打った左手には、たしかな手ごたえがあった。

気力を振り絞ろうとも、立ち上がれるような軽傷じゃない。

「ふ…ざ…けるな」

俺の静止を完全に無視して、立ち上がろうとしたレイナが、前のめりに倒れる。

身体が精神についてこない。

その歯がゆさには、何度も覚えがあるだけに、見ているだけでも辛い光景だ。

「その…程度で…」

つぶやいたレイナの下にある地面が、赤い輝きを帯びる。

身構えるよりも早く、轟音を立てて地面が爆ぜた。

「…!?」

煙る砂嵐の中から、前傾姿勢のレイナが姿を現す。

今の反動で、無理矢理に立ち上がったっていうのか!?

「私が止まると思うなっ!!」

「なっ!?」

思わぬ速度での突進に、反応が追いつかない。

左胸、心臓の位置へと、まっすぐに手が伸びてくる。

「…!」

回避を選択肢から外して、前へと踏み込む。

捨て身の一撃だと怯んだりしたら、それこそ向こうの狙い通りになるだろう。

「はぁっ!!」

「たぁっ!!」

互いに、突き技を放ち、爪と刃が交叉する。

「………」

半身の体勢を取っていたせいで、互いの攻撃は、わずかにそれて肩口へと刺さった。

互いに顔をしかめ、歯を食いしばって痛みに耐える。

「…ッ」

暖かな血は、服の中をするすると伝い落ちて、左手の指先まで垂れてきた。

指先を動かすだけでも、左肩に激痛が走る。

これで、左手は満足に使えないな。

「ふふっ」

あれだけ血を流しておきながら、苦しむどころか、笑んで見せるか。

その底知れない殺意に飲まれないように、正面から睨み返す。

「………」

相手に悟られないように息を吐き、頭の中を落ち着ける。

あれだけ有利な状況から、深手を負わされ、対等にまで持ち込まれた。

肉を切らせて骨を断つ…か、ヴォルグと戦っていたセレノアもそうだったな。

我が身を省みることなく、相手に一撃を加えることだけを、最優先とする。

改めて、魔族がそういう種族であることを痛感する。

「続きと行きましょうか」

踏み出してきたレイナの勢いには、わずかな鈍りもない。

攻撃の度に、激しく血を飛び散らせながら、ただ、ひたすらに間合いを詰めてくる。

「さあ、どうしたの!? その程度の傷で、臆したわけじゃないでしょう!?」

表情からは、痛みや苦しみを見て取ることはできない。

痛覚は、もう麻痺しているのだろう。

だが、あれ以上の失血は、命に関わる。

「まだまだ、これからよっ!!」

決死の覚悟を、言葉で説き伏せることはできない。

だから、力で、組み伏せるまでだ。

「チッ」

ダガーを鞘へと戻して、右手を自由にする。

その決定的な隙を、見逃してくれるはずもない。

「はっ、何のつもりよっ!」

がら空きの腹へと、一直線に爪が走る。

致命傷ではなく、確実に当てることを選んだか。

「好都合だ」

自分の肌が裂かれ、筋肉を突き破り、異物が侵入してくる。

その怖気が走るほどの不快な感触と激痛に耐え、相手の手首を取った。

「うおぉぉっ!」

血の滴る爪を強引に引き抜き、身体から取り出す。

今までの攻撃から、予想していたとおりだな。

立ち止まっての力比べなら、俺の方が上だ。

「なっ!?」

手首を握ったままでこちらが腰を落として、姿勢を下げる。

それから、体当たりの要領で、下から突き上げるように相手へとぶつかる。

相手の身体が浮き上がったところで、さらに前へと踏み込んで、上から覆いかぶさった。

「かはっ…」

背中をしたたかに打ちつけて、呼吸とともに動きが止まる。

その硬直の間に、仰向けに倒れたレイナへと馬乗りになった。

右腕は、俺に頭の上で抑えられ、左手は死んでいる。

俺の脚を絡めてあるから、蹴りが来ることもない。

手も足も出せないし、魔法を使おうにも発動までの数瞬で仕留められる。

完全な詰みだ。

「俺の勝ちだ」

「そう言い張りたいなら、殺しなさい。

 わたしは、自分が死ぬまで、やめるつもりはないわよ」

「それこそ、好きにしてくれ。この状態で、自分たちの勝ちだとは言わないだろう?」

別に、勝利に固執する必要もない。

敗北でないのなら、引き分けでも、かまわない。

「姉さん」

声のほうへと視線をやれば、ダガーを鞘に納めたアイシスとサリが並んで立っていた。

互いに軽傷を負ってはいるが、手当が必要な様子もなさそうだ。

「潔く、負けを認めましょう」

「くっ…」

言葉に詰まったレイナが、力なく顔を背ける。

この戦いで、放たれ続けていた殺意が、初めて途絶えた。

「………」

拘束を解いて、立ち上がる。

それでも、レイナは、地面に寝ころんだまま、動かなかった。

「どんな、顔で…どの面下げて、あの子のいた場所を横取りできるっていうのよっ!!

 あの子は、シーナは、心からレオン・グレイスを愛していた。

 あの子がいなくなったからといって、そこに収まるほど、私もサリも恥知らずじゃないわっ!!」

己の中にある激情をぶちまけるように、声を掠れさせて、レイナが叫ぶ。

今にも泣きだしそうなほどに弱弱しいその訴えは、悲鳴にしか聞こえなかった。

「それに、あの子だけが不幸になって…。私たちが、幸せになるなんて…」

今にも消えてしまいそうな、ひそやかな声で、サリも心中を吐露する。

妹の死を心から悲しむからこそ、幸せになる自分が許せない…か。

「だから、レオンやセレノアに、従者として尽くす道を選らんだのか?」

互いの距離を保ち、必要以上に相手と親しくならず、相手のために働き続ける。

踏み込まず、踏み込ませない、それは、とても辛くて悲しい関係だ。

「そのとおりよ。

 あの子が…シーナがやるはずだったことを、シーナの代わりにではなく、私たちの立場で実現させる。

 それが、あの子に対する、私たちの贖罪」

その考えが、間違いだとは思わない。

聞いた今なら、少なからず共感できる部分もある。

だが、そのせいで、誰も幸せになれないのは、納得がいかなかった。

「今の話って、シーナさんに対しての想いですよね?

 セレノアさんに対しては、どう思っているんですか?」


『あの子の分まで、生きてほしい』


迷いのない即答は、俺たちに届くまでの間に空中で重なった。

二人の意思が、一緒だということだろう。

「私たちのことを煙たがっているのは、十分に分かっているわ。

 私たちのことなんて必要ないほどに、強いってこともね。

 それでも、私たちは、心配だし、大切なの。

 昔からシーナは厄介ごとに巻き込まれやすい体質だったし、どうやら、それは、受け継がれているようだからね」

「どんな些細なことでも、危険なことをやらせたくないの。

 たとえ、どんなに嫌われても、疎まれても、私が代わりにやる。

 無事に育ってくれれば、それでいい。それ以上は、望まない」

「報われないな」

その愛は、一方的で、とても深い。

だからこそ、すれ違ったままで、これからも続いていくのが、いいとは思えない。

「どうして、あなたは、他人事に首を突っ込むの?

 あなたには、何の得もないでしょう?」

「俺も、アイシスも不器用だからな。とても他人事とは、思えないんだ」

本音で話してくれた二人に対して、俺も包み隠さずに返事をする。

勘違いやすれ違いなんて、どんなに回避しようとしても、いつかは、必ず起きてしまう。

そして、自分たちで修復できないときに、周りが手を貸してくれなければ、解決はできない。

「あなたは、そうやって、自分が傷つくこともかまわずに、相手へと踏み込めるのね。

 だから、相手からも信頼を得られる」

「私たちは、あなたたちに、嫉妬していたわ。

 長年ともに生きていた私たちよりも、レオン様やセレノア様は、あなたたちへ心を開いている。

 その事実が、許せなかった。でも、認めたくないと目をそらさずに考えてみて、その理由が分かったの」

「それは…」

『私たちが、二人の傍にいるだけに甘んじていたから』

同時に絞り出された言葉には、重い悔恨が刻まれていた。

表情にこそ、変化はない。

だが、その心の内で涙を流しているのが、その震える声から、痛いほどに伝わってきた。

「お二人に並ぶほどの強さもなければ、確たる利益も作り出せない。

 あなたのように人脈もなければ、食糧調達も満足にできない。

 何もできないのに、私たちは、今はいない妹を理由にして、お二人の傍にいた。

 甘えもいいところよ」

鋭利な言葉の刃が、苛烈に己を責めたてる。

血を吹き出し、心が再起不能になったとしても、この二人は、それを止めないだろう。

「それは…」

「違うっ!!」

俺の声を上書きした鋭い声に、誰もが息を飲む。

振り返れば、離れたところに俯いてたたずむ、一人の小さな影があった。

「アタシは…アタシはぁ…。

 一度だって、そんなこと、望んでないっ!!」

瞳に涙を浮かべて、力の限りにセレノアが絶叫する。

常に余裕の態度を崩さなかったセレノアが見せた、大きな感情の揺らぎ。

それは、たしかな衝撃となって、二人まで届いていた。

「強さなんて、関係ない。

 人脈なんて、必要ない。

 役に立つか立たないか、そんな目で見たことなんて、一度もないっ!!」

声を上げるたびに、涙が止め処なく溢れ出す。

涙の雫が集まって筋を作り、頬を伝って零れ落ちた。

それでも、セレノアは、目を逸らさない。

涙に濡れた眼で、しっかりと二人を見ていた。

「でも、私たちでは…」

「セレノア様のお役に…」

「もう、いいから。アタシになんて、もう、何もしなくて、いいからっ!!」

大きく首を振って、二人の言葉を否定する。

それに呼応するように、大粒の涙が、いくつも大地へと吸い込まれた。

「さっきまでの話、全部、聞かせて、もらったから…。

 みんな、辛かったのに、悲しかったのに…。

 アタシは、自分のことばっかりで、周りのことなんて、何にも考えられなくて…。

 たくさん、色んなことしてもらったのに、アタシだけ好き勝手にして、馬鹿で、どうしようもなくて…。

 だから…。だから、ごめんなさいっ!!」

あらん限りの感情を言葉に換えて、セレノアが投げかける。

荒々しくて、支離滅裂で、でも、それは、嘘偽りのない、セレノアの本音だ。

「………」

肩を揺らして震えるセレノアに、二人が静かに歩み寄る。

二人の腕がセレノアの背に回され、そっと、その小さな身体を抱きしめた。

「ぁ…」

「あの子が、素直になれない意地っ張りだってことは、私たちもよく知っていたわ。

 あなたも同じだって、分かっていたはずなのに…。

 私たちから、近くに行かなきゃいけないって、分かっていたのに…」

「上辺の言葉に耳を貸して、あなたのことを遠ざけてしまった。

 何を言われても、私たちは、あなたの一番近くにいるべきだったのに…。

 あなたが本当に辛かったときに、私たちは、支えてあげられなかった」

「ごめんなさい」

交わされる、謝罪の言葉。

それは、互いの過去を許しあうために、言葉で行う和解の握手だ。

どちらか一方だけでは、成立しない。

手を差し伸べあうからこそ、できること。

「アタシ…こそ、ごめ…な…さ…。

 アタシ…、した…こと、許して…なん、言えな…けど…」

身体を預けたセレノアが、子供のように泣きじゃくる。

その背中を、頭を、二つの手が優しく撫でた。

「いいの」

「もう、いいのよ」

「謝る必要なんてない」

「謝るべきなのは、私たちなんだから」

涙の混じった声で互いに語り合い、きつく抱きしめあう。

今まで空いていた互いの距離を消し去るように、身体を寄せ合っていた。

「きっかけとしては、悪くなかったみたいだな」

「はい」

晴れやかな笑顔のアイシスと、心の底から笑いあう。

一晩で、全てがうまくいくなんてことは、ないだろう。

これからも、色んな場所ですれ違ったり、ぶつかりあったりするのは、避けられない。

それでも、きっと、ここから少しずつ、いい方向に変わっていけるはずだ。

「さてと、寝なおすか」

「その前に、手当が先ですからね」

三人に背を向け、アイシスと並んで歩き出す。

ここからは、家族だけの時間だ。

部外者が見ているのは、野暮ってものだろう。

後ろから聞こえるのは、三人分の嗚咽。

それは、今までの歳月を埋めるための、心の触れ合いに聞こえた。

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