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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER 有色の戦人
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12章 気まぐれな変化-3


【ティスト視点】


張りつめていた空気に耐えられずに、布団の中で目を開ける。

あるのは、身を切るほどに冷え切った空気。

そして、無視できないほどに強烈な殺気だった。

昼の様子からして、そのうち何かあるとは思っていたが、まさか、その日のうちに仕掛けてくるとはな。

思い立ったが吉日、善は急げ…ということわざがあるぐらいだから、仕方がないか。

皮肉な思考を取りやめて、意識を隣で寝ている妹へと向ける。

「アイシス」

「起きてます」

小声で答えたアイシスが、その場で上体を起こして、枕元にあったダガーに手を伸ばす。

その機敏な反応に安心して、同じく俺も布団から這い出した。

立ち上がるのを待っていたかのように、より濃密になった殺気が廊下から漂ってくる。

気を抜いたら、その一瞬で殺されそうだ。

「言いたいことがあるなら、直接言ったらどうだ?」

投げかけた言葉に答えるように、ふすまが横へと滑る。

そして、音もなく、レイナとサリが部屋の中へと入ってきた。

いつもとほとんど変わらない、自然な立ち方。

けれど、その指先は、きつく、硬く、握りしめられていた。

様子をうかがうような、長い長い沈黙の後に、ようやく重い口が開かれた。

『あなたは、魔族に災厄をもたらす』

二人が同時に口にした台詞は、奇しくも、イスク卿が言っていたことと酷似していた。

もっとも、イスク卿は、人間に…といい、この二人は、魔族に…という。

隣人に災厄をもたらす者…か。

そんなにも言われると、自分が、本当に疫病神なんじゃないかと思えてくるな。

「その言葉、取り消してください」

視線を集めるように進み出たアイシスは、ダガーの柄へと手を乗せている。

その目は、怒りのためだろう、鋭く尖っていた。

「お兄ちゃんは、優しいから、どんなことを言われても相手を許してしまうけど…。

 平気なわけじゃない。それで、たくさん傷ついたり、苦しんでいるんです。

 根拠もないのに、お兄ちゃんのことを悪く言わないでください」

相手と同じく、とても静かだけれど、その声には、たしかな迫力が秘められていた。

俺のことを思ってくれるアイシスの怒りが、嬉しかった。

「根拠なんて必要ないわ、事実だけで十分よ」

「レオン様も、セレノア様も、なにもかもが、変わってしまった。

 あなたたちが来てから、全てがおかしくなったのよ!!」

レイナが、次いで、サリが、口々に感情を吐き出す。

怒鳴るというよりは、それは、もはや叫ぶに近い。

かすれた声には、俺たちさえいなくなれば全て解決するという盲信が込められていた。

「それなら、元がおかしかったんじゃないですか?」

表情一つ変えずに言い返したアイシスの一言が、空気を極限まで緊迫させる。

まさに、一触即発だ。

二人にとっては、過去を、自分を、全てを否定された気になったのだろう。

人と人のつながりに、正解なんていうものは、たぶん、ないと思う。

だからこそ、誰かと誰かの関係を、第三者が不用意に口を挟むべきじゃない。

それが、分かっているつもりなのに…。

俺の中で昂ぶる感情が、唇をこじ開けた。

「セレノアとの仲が悪化したのは、シーナ・グレイスが亡くなってから…らしいな」

「…!」

不意打ちをくらって、驚愕に目を見開いた二人の表情が、みるみるうちに強張る。

その反応から見ても、これが、もっとも触れてほしくない話題であることは、間違いなさそうだ。

「どうして、それを…」

「どうして、そんなことまで…」

口から絞り出された掠れた声は、誰に向けられたものでもない。

相当に、動揺しているな。

「そのあたりの事情を、教えてくれないか?」

セレノアが過去に何をして、今、どう思っているのかは、聞くことが出来た。

後は、この二人の胸中を知ることで、お互いがどうするべきなのか、その答えが分かる。

当人同士でやるべきことを他人がやるのは反則だし、互いの胸中を確認するために第三者が動くなど、本来なら許されないだろう。

だが、それでも…。

あれほどに痛々しいセレノアの姿は、もう二度と、見たくなかった。

おそらく、俺たちに見せていないだけで、一人でいるときに、何度もあんな顔をしているのだろうから。

「その話は…」

言葉を区切ったサリが、俺を睨みつける。

その目が、感情の高ぶりによって、怜悧に研ぎ澄まされていく。

「あなた如きが、口を挟んでいい問題ではないわ」

控えめの声には、零れ落ちるほどの殺意が込められていた。

「誰がどんな権利を持っているのか、私には分かりませんけど…。

 だったら、セレノアさんと私たちの関係だって、とやかく言うべきじゃないと思います」

物怖じせずに告げたアイシスへと、二人の視線が集中する。

どんな反論が来るのかと耳をすませていたのに、返事は、声ではなかった。

目には、射殺さんばかりに力が込められていた。

先ほどまでとは比べ物にならないほどの、鮮烈な殺気。

実際には動いていないのに、こちらへと飛び込んでくる、二人の幻影が見えたくらいだ。

そっと、ダガーの柄に載せた指に、力を込める。

握りをたしかめ、それでも、抜刀はしない。

抜いてしまえば、止まらない…と、自分の直感が告げていた。

「だから、言ったでしょう? 言い聞かせるなんて不可能だって。結局は、力尽くで、排除するしかないのよ」

「ええ。何か起きてからじゃ、遅いわ」

怒りを抑えきれないレイナの震えた声に、サリが首肯する。

どちらが正しいのかは、議論ではなく、強さで決めるつもりらしいな。

もっとも、魔族らしい結論の出し方だ。

だが、戦闘を避けられるならば、それに越したことはない。

「別に、俺たちがいることが気に入らないなら、明日にでも出て行く。心配しなくても、仕事は…」

「あなたの…あなたの、その余裕が、何より気に入らないのよ。

 戦えば、俺が勝つ。だから、お前たちの望むとおりに譲ってやるっていう、その態度がね」

俺の言葉をさえぎって、レイナが吠える。

なるほど、俺の取っていた態度がそんな風に解釈されているとは、思ってもみなかった。

取り繕うのも面倒になって、ため息をつく。

勘違いもいいところだが、それを俺が説いたところで、聞く耳など持ってくれやしないだろう。

『表に出なさい。そこで、決着をつけましょう』

反論の余地もなく、二人が身をひるがえして退室する。

ついてこい…ってことだろうな。

「しょうがないな。行くか」

遅かれ早かれ、こういう事態になるだろうことは、心のどこかで予想していた。

ならば、覚悟を決めるしかない。

「あんな風に、感情的になっちゃった私が言えたことじゃないですけど…。

 お兄ちゃん、本当に、あの二人と戦っていいんですか?」

少しは冷静になったのか、反省と戸惑いを色濃くにじませて、アイシスが上目づかいに聞いてくる。

直接口にこそ出さないが、戦うべきじゃないと、アイシスは思っているのだろう。

「たしかに、セレノアやレオンに知らせたほうが、賢いだろうな。

 だが、もし、それで丸く収まったように見えたとしても、わだかまりは消えない」

たとえ、どんなに抑圧されようとも、感情は消せない。

募らせた想いが爆発したときには、間違いなく、今以上の惨事になるだろう。

ならば、応急処置は、早い方がいい。

「それは、分かりますけど…」

「それに、策を巡らせたり、罠を張るような陰湿な手口よりは、ずっといい」

なおもためらうアイシスに、もう一つの理由を明かす。

どちらかといえば、俺にとっては、こっちのほうが決め手になった。

人間より、異種族との揉め事のほうがマシだというのは、皮肉もいいところだが、事実なのだからしょうがない。

「身の回りの世話を言いつけられているあの二人なら、闇討ちでも奇襲でも、狙えたはずだ。

 なのに、こうして正面から戦いを挑んできた。だから、俺も正面から答えたいんだ」

決闘という形で決着が着くなら、二人も、俺たちのことを認めざるを得ないはずだ。

力こそが全てだという魔族の決まりまで、破るような真似はしないだろう。

「手を貸してくれるか?」

あの二人を相手に俺一人では、正直に言って、厳しいだろう。

だが、アイシスと一緒なら、十分に勝負になるはずだ。

「もちろんです」

差し出してくれた手を握り返して、板張りの廊下へと出る。

廊下の先で待っていた二人が、俺たちの顔を見てから、角を曲がった。





付き従って外にある訓練場まで来たところで、二人が振り返る。

星に照らされた薄暗い荒野は薄気味悪く、相手の表情も見え辛かった。

「私たちが勝ったら、あなたは、金輪際セレノア様に近づかない。文句ないわね?」

「ああ」

生かしておいてもらえるとは到底思えない、その殺気を帯びた声に肯定で返す。

「じゃあ、俺たちが勝ったら、さっきの質問に答えてもらう」

「…いいわ」

「約束します」

レイナが、次いで、サリが条件を飲むまでにあった、わずかな逡巡。

絶対に負けないという意気込みの二人に、もし、負けたらを考えさせてしまうほどのことなのだ。

シーナ・グレイスが亡くなり、それから、家族の中であった出来事。

本来なら、俺みたいな奴が、土足で踏み入るべきことじゃないのだろうな。

「セレノアやレオンが来る前に、さっさと始めようか」

「あなたは、自分の立場を勘違いしている。

 あなたごときが、セレノア様を、レオン様を、呼び捨てにしていいわけがない」

言葉を重ねるごとに、サリの殺気が膨れ上がる。

その禍々しいまでの威圧感は、今までに何度か向けられたものとは、格が違った。

「ようやく…ね。初めから、こうしておけば良かった」

見とれてしまうほどに穏やかな、レイナの微笑。

表面上は静かに、それでも、奥底では激しく、激情が渦を巻いている。

何度か自分に向けられたからこそ、この感情には、覚えがある。

これは、憎悪だ。

なるほどな、これが、二人の本気というわけか。

「おしゃべりは、終わりよ。明日の朝日は、国境の外で拝ませてあげるわ」

「あなたたちさえいなくなれば…きっと、お二人も元に戻る」

高飛車にレイナが俺たちへと宣告し、サリは、俺たちではなく自分に言い聞かせるようにつぶやく。

だが、どちらも向いている方向は、セレノアであり、レオンだった。

ダガーを鞘から解き放ち、いつものように構える。

星明りのおかげで闘えないほどじゃないが、いつもとは勝手が違うな。

紙一重になったときに、見誤らないように注意しないといけない。

「アイシス、全力で行くぞ」

「分かりました」

互いに行動の邪魔にならないように、適度な距離を取る。

それを合図として、二人が俺たちに飛び掛かった。

「ッ!!」

目を血走らせて間合いを詰め、手のひらに恐ろしいほどの力を込めて突き刺してくる。

たしか、貫手ぬきて…だったかな?

「はぁぁぁっ!!」

俺への憎しみを発露させるように、レイナの全てが、必殺の意思と威力を込めて放たれている。

だが、皮肉なことに、それだけの大振りのおかげで、反撃の余地も十分にあった。

「姉さん」

俺が踏み込もうとしたその瞬間を察知したように、サリがレイナを呼ぶ。

それが俺のためらいを呼び、一瞬の内に二人の位置が入れ替わった。

さすがに、一対一には、持ち込ませてくれない…か。

「………」

さっきまでの攻撃的な動きから一転して、今度は、まるで微動だにしない。

完全な待ちの姿勢を見せるサリからは、付け入る隙を見いだせなかった。

戦闘における動と静が、完全に逆転する…か。

頭で分かっていたとしても、実際にやると調子を狂わされるな。

「風よ」

サリの声に応じて、手のひらに淡い緑色が収束する。

なるほど、姉の方は肉弾戦の近距離、妹の方は魔法による中距離…か。

それぞれの性格が、戦闘の中に出ているな。

「切り裂け」

静かに命じたサリの手のひらが、発動の瞬間に向きを変える。

対峙している俺から、レイナと向かい合っているアイシスの方へ…と。

「…! アイシスっ!!」

「くっ…」

放つ瞬間を横目で捉えていたのか、アイシスが辛うじて直撃を避ける。

それでも、完璧には避けきれなかったのか、表情が苦痛に歪んだ。

「…!?」

視線を正面へ戻すと、今度は、俺と向かい合っていたはずのサリが、すでに身をひるがえしていた。

無防備な背中が、俺の前にさらされている。

アイシスを集中攻撃する腹積もり…か。

「いい度胸だ」

大きく踏み出して距離を消し去り、背後から肉迫する。

「ッ!!」

思い切り腕を伸ばして、斜めに勢いよく切り下ろす。

サリの剥き出しの肩を俺のダガーが掠め、浅く切られた皮膚から、血が滲んだ。

「くっ…」

痛みでアイシスへの攻撃を諦めたのか、サリが方向転換して、全員から距離を取る。

追うか? いや、アイシスの傷の具合も気になる。

ここは、頭を冷やして、立て直したほうがいいな。

「アイシス、下がれるか?」

「はい」

「させるかぁっ!!」

激しいレイナの追撃を上手にいなして、アイシスが俺の横へと収まる。

歩調を合わせて二人同時に間合いを外し、相手の攻撃を抑制するために油断なく構えた。

「大丈夫か?」

「お兄ちゃんの技と比べたら、攻撃も魔法も、なんでもないです」

そういって笑うアイシスの頬を、一筋の血が伝い落ちる。

アイシスは、あわてて拳で拭うと、また気丈に微笑んでみせた。

「すまない。今のは、俺の失態だ」

向かい合っていれば、攻撃は自分に来るものだとばかり思い込んでいた。

その勝手な決めつけが、アイシスへの攻撃を許し、しかも反撃の機会までも逃してしまった。

「反省するのは、ここまでにしましょう。どうしますか?」

「そうだな」

すぐ近くでレイナが接近戦をやっているっていうのに、平然とアイシスへ魔法を放った。

二人の動きが見えていたのか、それとも、姉妹で互いの動きを把握していたのか。

「なんにせよ、連携においては、向こうのほうが一枚上手なようだな」

「私も、そう思います」

「じゃあ、どうする?」

「一対一で戦います」

迷いなく、アイシスが即答する。

相手の連携を崩すならば、的確な判断だろう。

「しかし、しのげるか?」

相手は、レオンの側近であり、セレノアの伯母たちだ。

今までの攻撃でも十分に危険だったが、まだまだ底力を隠しているだろう。

正面から戦ったところで、勝てる保証なんてどこにもない。

「私は、お兄ちゃんの妹なんですよ? 少しは、私のことも信用してください」

ちょっと怒ったような顔で、俺の顔を上目使いに見る。

甘えるような口調なのに、その目には、強い意志が宿っていた。

同等に扱っているつもりでも、ついつい過保護になってしまう。

年上の悪い癖なんだろうな。

「分かった、頼む」

「はいっ!」

元気よくアイシスが返事をして、ダガーを握りしめる。

その構え方は、まるで、鏡に映したように、自分とそっくりだった。

笑みをかみ殺して、俺も相手へと対峙する。

まったく、頼もしい限りだ。

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