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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER -戦場の最前点-
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04章 悩む少女-3

【ティスト視点】


どうやら、戦いには通じていないらしいな。

ユイの部屋に来るまでの間に、ファーナの身のこなしを観察した結論がそれだった。

貴族としては申し分のない歩き方だろうが、戦う人間の足運びじゃない。

もし、力を隠しているなら、師匠と同等の実力者だろう。

「どうぞ、これを…」

持っていた布袋を両手で支え、俺の前へと差し出す。

その袋には、見覚えがあった。

「貴方への給付金です」

手を出さない俺に向かって、ファーナが捕捉してくれる。

月に一度、俺のために送られてくる、前大戦の報奨金だ。

「せっかくだが、そのまま持ち帰ってくれ。

 俺は、受け取るつもりはない」

「理由を聞かせてもらえるかしら?」

「師匠たちに迷惑をかけたくない、それだけだ」

これだけの金を捻出するのにも、相当の労力をかけているだろう。

こんなことをしてもらわなくても、俺は生活できている。

「迷惑をかけないために、人の思いを拒絶するの?

 本当に相手を想うなら、受け取った物を大切にするべきじゃないかしら?

 それでも納得いかないのなら、相手にしてもらう以上に、自分も何かを返すこともできるわよね?」

反論の余地がなくなった俺に、もう一度、袋が差し出される。

突き返すことができなくて、大人しくそれを受け取った。

受け取った物を大切にして、何かを返す…か。

たしかに、ファーナの言うとおりだ。

俺が受け取らなかったことを、師匠たちが喜んでくれるとは思えない。

少し考えてみれば、分かることだったのに…な。

「受け取ってくれて、何よりだわ。

 頼まれた手前、『断られました』なんて、私も格好がつかないもの」

師匠たちから、直接頼まれごとを引き受ける。

つまりは、それだけ認められた存在…ってことか。

「一つ、聞きたいことがあるんだが…」

「何かしら?」

「徴兵制に関して、詳しい人間を知らないか?」

俺の質問に対して、柔らかな雰囲気が消える。

まるで、闘士が敵と向かい合ったときのような、凛とした表情だ。

「ある程度なら、私でも答えられると思うけど、どんな話かしら?」

「徴兵制で、クリアデルへ入ったと言っている女の子がいるんだが…。

 ロアイスのは、男には強制されたはずだが、女は無関係じゃなかったか?」

アイシスが、どういう経緯でクリアデルへ入ったのかは分からない。

だけど、徴兵制で…というその理由が、気になった。

「たしかに強制はしていないけど、受入拒否もしていないわ。

 生きるためにその道を選んだ女性も、少なくないはずよ。

 自ら志願すれば、国に対する忠誠心が評価されるし、本人か関係者へ特別に給付金が出るから」

貴族にとって重要なのは、忠誠心の評価。

庶民にとって重要なのは、目の前の利益。

どちらにも美味しいと思えるエサが用意されている、よく出来た話だ。

…ん?

本人か関係者へ、特別に給付金が出る…?

「ちょっと待ってくれ。本人は分かるが、関係者って…何を指すんだ?」

「その定義は都合がいい解釈ができるように、あえて曖昧にされているのよ。

 例で示せば、血縁としなかったのは、恋人などを考慮して…と言われているわ」

あんまりな話に、思わずため息が出た。

いくらなんでも最悪だ。

「どうしてそう、考慮する場所を間違えたものが出来上がるのかね」

愛する相手を奪われた代償に残された金に、どれほどの救いがあるのか知らないが…。

金など要らないから連れて行かないで…と泣いたものも少なくないだろう。

もし、金を喜んで受け取るような相手であれば、愛されていなかったようにしか俺には見えない。

「他人のことには無関心…それは、誰であろうと変わらない。

 当事者でないものが定めるから、そんな愚かな話になるんだ」

「でも、当事者だけで決めれば、自分を律するような法は作られないでしょう」

互いに、ため息をついて言葉を止める。

これ以上、卑屈な話をしてもしょうがない。

「どの貴族に従属していたか、分かるかしら?

 それが分かれば、ずいぶんと探しやすいのだけど…」

連中の自慢の種になるために、クリアデルに入る場合には、どこかの貴族の傘下に入る。

クリアデルの中で地位を認められれば、その貴族から取り立ててもらえる…という流れだ。

思い返してみたが、やっぱり、アイシスから貴族のことを話された記憶はないな。

「残念だが、聞いてない」

「なら、その方の名前を聞いてもいいかしら?」

「アイシス・リンダント」

「? リンダント?」

「ああ」

「リンダント、リンダント…」

まるでページを繰って探しているように何度か呟くと、ファーナはため息をついてから俺を見た。

「まさかとは思うけど、リンダント卿の息女ではないでしょうね?」

「!? 貴族の娘なのか?」

「この情報だけでは、断定できないでしょう。

 いいわ。少し、調べておきます」

「仕事は大丈夫なのか?」

「寝る時間を少し削ればいい…とでも、恩着せがましく言ったほうがいいかしら?

 私が調べると言ったのだから、余計な気を回さないで結構よ」

自分の仕事に関して、絶対の自信と誇りを持つタイプだな。

だったら…ここは、おとなしくお願いしておくべきだろう。

「それがあなたの役に立ったのなら、そのときに報酬を頂くから」

ユイのにこやかな笑顔とは根本的に違う、そんな微笑を口元に称えている。

悪意がないはずの笑顔で不安になるというのも、珍しいな。

「さて、話が済んだのなら、本題に入らせてもらおうかしら?」

「これを届けに来ただけじゃないのか?」

「レジ・セイルス様、クレア・セイルス様のお二人から、言伝があります」

その名前を聞いて、息が詰まる。

レジ・セイルスとクレア・セイルス。

俺の師匠たちだ。

レジ師匠は数年前までロアイスの騎士団長を務め、クレア師匠も同等の実力者だった。

老齢ゆえに最前線を離れたが、その力はいまだに衰えていないはず。

俺に一から戦闘を、全て教えてくれた夫婦だ。

「続けていいかしら?」

「ああ、聞かせてくれ」

「明日、あなたにロアイス城まで来て欲しい。

 その気がなければ、聞かなかったこととしてほしい…とのことです。

 これは、お二人からの願いであり、命令ではありません。

 お二人とも、無理強いはさせたくないと仰っていました」

師匠の思いやりを余さず伝えるように、ファーナがゆっくりと言葉を切る。

もう、何年会ってないだろう?

久しぶりに、顔を見せてもいいかもしれないな。

「条件を付けさせてもらえないか?」

「私が出来る範囲であれば、承りましょう」

「ユイ、明日の予定は空いてるか?」

「え? うん、大丈夫だけど?」

「なら、明日、ユイも一緒に来てくれないか?」

どんな顔をして会い、何を話せばいいのか、まるで分からない。

そんなときにユイが傍にいてくれるだけで、場が和らぐ。

「うん、もちろん」

「ありがとな」

「いいの、あたしもティストと一緒に行くの、嬉しいから」

頬を少し赤らめて、屈託のない笑顔。

こういうユイの仕種は、純粋に可愛いと思う。

「一つは…ということは、最低もう一つの条件があるのでしょう?」

話が脱線するのを嫌ってか、ファーナが話を促す。

「もう一つは、師匠たちに会わせたい人間が一人いる。

 その人物も王城へ入れるように、都合がつけられるか?」

「さっきの、アイシス・リンダントさん…かしら?」

「ああ」

少し思案した後に、ファーナが小さく息を付く。

頭の中で、いろいろなことを計算した結果を、吐き出したみたいだ。

「分かりました。私が都合をつけておきます」

「なら、師匠たちに、承知しました…と伝えてくれ」

「では、明朝ここで待ち合わせということで」

「ああ」

生返事をしながら、今更になって師匠たちが俺を呼んだわけを、頭の中で考えてみる。

いくら考えても、答えは出てきてくれなかった。

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