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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER 有色の戦人
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10章 気まぐれな想い-1


【ティスト視点】


「ふぅ…」

紫紺の空に散りばめられて輝く星たちを見上げ、ゆっくりと息をつく。

ただ歩くだけなら何てこと無い距離だが、これだけの食糧が荷物だと、やはり辛いものがあるな。

「代わりましょうか?」

俺のため息が聞こえたのか、アイシスが気を利かせてくれる。

さっきから、何度となく申し出てくれるのはありがたいが…。

どんなに自分が疲れてようと、重い荷物を女に任せて、隣を歩く気にはなれない。

「いや、大丈夫だ。アイシスは、周囲の警戒、しっかり頼むぞ」

「はい」

これだけの大荷物があると、身の安全よりも、積荷のほうが心配だ。

盗られるほどの間抜けではないつもりだが、燃やされでもしたら、一大事だ。

ほとんど不眠不休で頑張ってくれたユイたちカルナス一家に、申し訳が立たない。

「でも、本当に大丈夫ですか?」

「ああ。セレノアのおかげで、この前よりずっと快適だしな」

「べつに、たいしたことはしてないわ」

視線を前へと向けたままの、そっけない返事。

それとは裏腹に、火照った俺の身体を冷ますように、優しい風が吹き抜けていった。

強すぎず、弱すぎず、温すぎず、冷たすぎない。

まさに絶妙と呼べるほどの心地いい風を受けて、最初は、今日はいい風が吹くな…なんて思っていたのだから、間抜けな話だ。

もし、偶然に目があったときに、セレノアがそらしてくれなかったら、きっと、今も気づいてなかっただろう。

「ありがとな」

「だから、礼を言われるほどのことじゃないって、何度も言ってるでしょ?」

そうやって照れるのが面白くて何度も礼を言っていると応えたら、きっと、ものすごい怒るだろうな。

そう言ったときの反応を見てみたいという誘惑を、どうにか理性で抑え込む。

「お世辞はいいから、アタシと代わりなさいよ」

「ダメだ。怪我人に、無理はさせられない」

「しつこいわね。治ったって言ってるでしょ?」

「どっちにせよ、病み上がりなんだ。もうしばらくは、おとなしくしておいたほうがいい」

強がってはいるが、ヴォルグとの戦いの傷は、決して浅くない。

ユイの治癒の魔法のおかげで、たしかに傷口は塞がっているが、完治には程遠いはずだ。

自然治癒に任せきりの魔族ならば、なおのこと、今は無理させられない。

「それより、明かりのほうへ専念してくれ」

「ったく、もう」

渋々引き下がるセレノアの手のひらに桃色の炎が集まり、それが、周囲へと散りばめられる。

夜の闇が炎に消され、地べたに転がる岩や、車輪の引っかかる穴までもはっきりと見えた。

「ありがとな」

「だから、お礼はいらないって言ってるでしょ!

 礼を言わなきゃいけないのは、こっちのほうなんだから」

「まったくもって、セレノアの言うとおりだ。

 すまんね。あれだけの働きをしてくれたのに、荷運びまで手伝わせて」

「別にいい。ただ歩くよりは、退屈しないからな」

自分の訓練を振り返ってみると、どうしても瞬発力を鍛えることに片寄りがちだ。

たまには、こうして、持久力を高めるのも悪くない。

荷車を引く手に力を込めて、しっかりと地を蹴る。

人が通ることがあるおかげなのか、このあたりまで来ると、いくらか歩きやすい。

やはり、舗装されていなかったとしても、踏みならされているだけで、ずいぶん違うな。

これからは、きっと、ロアイスとグレイスを何度も往復することになる。

いつの日か、自分が通った跡が、魔族と人間をつなぐ道になるかもしれない。

そう思うと、疲れとは別の何かが、身体の中に生まれたような気がした。





「お帰りなさいませ」

恭しく頭を下げる動作と声を、寸分の狂いもなくぴたりと重ねて、二人が出迎える。

二人のとびきりの笑顔を受け止め、レオンが鷹揚にうなずいた。

「二人とも、ご苦労だったな」

「いいえ。レオン様とセレノア様こそ、ご無事で何よりです」

「ご帰還を、心よりお待ちしておりました」

ここで、俺とアイシスにも声をかけてもらえる…なんてのは、高望みが過ぎるだろうな。

感動の再会を邪魔しないよう、アイシスと一緒に、少し後ろへと下がった。

「………」

ふと見れば、セレノアも浮かない顔で、その輪から外れていた。

レオンが二言三言と交わしているのに、会話に参加する様子はない。

「見てのとおり、ロアイスから援助を約束して頂いた。当面の間は、大丈夫だろう」

レオンの報告に、二人が満面の笑みで頷き返す。

「引き続き、彼らの協力を仰ぐことになった。今まで以上に礼節を持って接するように」

「…かしこまりました」

流れるような受け答えの途中に生まれた、一瞬の淀み。

表情にこそ表れていないが、その意味は、聞かなくても予想がつく。

歓迎されないのは、どこにいっても変わらないな。

「留守の間、何か変わったことはあったか?」

「それが…」

「その…」

二人が、顔を見合わせて、言葉を濁す。

その刹那、覚えのある、ひりつくような闘気が肌を刺した。

「…!」

俺と同じものを感じ取ったのか、隣にいたアイシスも、腰に携えたダガーへと手を伸ばす。

鞘に納めたまま、柄を握りしめて、身構えた。

「待ちくたびれたぜ」

目を凝らして気配の主を探し、ようやく、砂煙の奥に見知った顔を見つけた。

なるほどな、二人が返答に困った理由は、ジャネス・ブラスタのおかげか。

「にしても、ずいぶんなお出迎えだな」

向こうは、柔らかな女の笑顔なのに、こっちは、武骨な男の殺気か。

まったく、嫌になるほどの格差だ。

「悪くないだろ?」

口調どおりのふてぶてしい態度で歩み出てきたジャネスが、好戦的に笑う。

すぐにでも、荒っぽい魔族の挨拶が始まりそうな気配だ。

「待ちなさいよ。なんで、あんたがここにいるわけ?」

目を吊り上げたセレノアが、俺とジャネスの間に割って入る。

「私も呼び出した覚えはないが、いったい、何しに来たんだい?」

わずかに遅れて、レオンが、セレノアよりも前に出る。

いつでも、相手を抑えられるといった位置取りだ。

「ったく、どいつもこいつも、好き勝手に言いやがって…。

 あんたたちが留守の間、グレイスにいろって、親父に言われたんだよ」

 戻ってくるまで離れるな。戦闘があったら、敵を殺せ…ってな」

ふて腐れた顔で、ジャネスが愚痴をこぼす。

端的な命令だが、二人にとっては、十分な意志の疎通なのだろうな。

顔も見ずに厳命するガイが、容易に想像できる。

「なるほどね。ガイが気を回してくれるとは、珍しいこともあるものだ。

 おかげで、遣いを出す手間が省けた。ガイには、数日中に取りに来いと伝えてくれ」

「了解」

そのやり取りを見て、ようやく話の意味が理解できた。

「ロアイスから受けた食糧を、ブラスタと共有する…か」

「いけないかい?」

「いや、もらったものをどうしようが、所有者の自由だ。

 無駄にされないのなら、使い道にまで口を出すつもりはない」

食糧難は、グレイスだけじゃなく、魔族全体の問題なのだから、当然の措置だ。

あの会談で魔族全体なのだからと主張して、受け取る量を増やそうとしなかったのは、レオンなりの計算…いや、譲歩なのだろう。

「そう言ってくれると、こちらとしても助かるな」

「話は、終わりでいいのか?」

「ああ。ガイによろしく伝えてくれ」

「だったら、帰る前に、もう一つの用事を済ませねえとな」

「用事?」

ぎちりと音を立てて拳を握り、そのまま、俺へと突き出してくる。

風を切る音が鳴り、間合いの外だというのに、拳圧が風となって俺の頬を撫でた。

「続きと行こうぜ、ティスト・レイア」

「何言ってんのよ。続きも何も、完敗したじゃない。

 負け犬は、さっさと自分の家に帰りなさいよ」

「んだよ、邪魔すんな!」

「あんたがアタシの邪魔してんのよ! 次はアタシの番なんだからねっ!!

 何度も横取りしようだなんて、図々しいにもほどがあるわ」

ジャネスを帰らせるための嘘なのか、それとも、本気なのか。

どっちにせよ、ここで俺が口を出すのは、得策じゃなさそうだ。

「分かったら、さっさと帰りなさい!」

「そんなの知るか、次は俺だっ!!」

睨みあった二人が、一歩も引かずに怒鳴りあう。

その迫力はたいしたものだが、言っている内容は、まるで幼稚な口喧嘩だ。

「大人気ですね」

「人気…ねえ」

とてもじゃないが、アイシスのその言葉を素直には喜べない。

自分のことで奪い合ってくれるにしては、あまりにも理由が嬉しくない。

「魔族にとって、君ほどのご馳走も、そういないからね」

レオンの追い討ちに、まるで、自分が骨付き肉にでもなったような気分になる。

この二人から、かじられて、しゃぶられたら、歯型がつくどころじゃすまなさそうだな。

「どっちにしても、明日にしてくれないか?

 疲れたのを負けた理由にしていいなら、これからすぐでもいいけどな」

「なんだよそれー! この程度の荷物で、へばってんじゃねえよっ!!」

実際、言うほどまでには、疲れていない。

だが、ここは、言い訳に利用させてもらおう。

「だったら、明日の朝一番で…」

「言伝は、迅速にしてくれ。それとも、たまにはガイのではなく、私の鉄拳も味わってみるかい?」

先ほどのジャネスよりも遥かに音高く拳を握りしめ、突き出して見せる。

拳圧と呼べないほどの威力のそれは、頭の上で結わえたジャネスの髪房を見事に打ち抜いて見せた。

もし、あんなのを顔面に食らえば、立っていることすら困難な威力だろう。

「ったく、分かったよ。帰ればいいんだろっ! 帰ればよっ!!

 今日のところは出直すからな、首を洗って待ってろよっ!!」

拳で戦う人間相手に首を洗うというのも、不思議な話だな。

そんなくだらないことを考えているうちに、ジャネスが砂塵の中に消え去る。

相も変わらず、暴風のような奴だな。

「ガイの息子とは思えないほどの、口数の多さだな」

思わずつぶやいた俺の言葉に、レオンが楽しそうに笑いを漏らす。

俺の視線を非難と受け取ったのか、笑んだままで、小さく頭を下げた。

「いや、悪い。今のガイしか知らなければ、そう思うのも仕方ないだろうね」

「昔は、違ったのか?」

「ああ。あれでも年を経て、成長しているところもあれば、取り繕っているところも多いのさ。

 昔は、ジャネス以上に手がつけられなかったよ。

「そのまま大人にならなかったことを、感謝するべきなんだろうな。

 ジャネスの性格とガイの戦力じゃ、始末に負えない」

「違いないね」

こらえきれないというように、レオンが笑い出す。

冗談で済むうちはいいが、ジャネスがそうならないことをひたすら祈るべきだろう。

そうでなければ、俺の命が危うそうだ。

「さて、立ち話はここまでにしよう。疲れているのに、長々と悪かったね」

「レイナ、サリ、彼らの部屋に寝具の用意を」

「いいわ。二人の分は、アタシがやるから」

二人が返事をするよりも先に、セレノアが言葉を割り込ませる。

セレノアがそんなことを言い出してくれるとは、まさかの好待遇だな。

「いけません、セレノア様のお手を煩わせるなど…」

「そうです、そのような仕事は、我々に…」

「アタシがやるって言ってるんだから、口出しは無用よ」

「しかし…」

「ですが…」

困り顔を見せても、二人は、主張を譲ろうとはしない。

セレノアに任せるというのは、二人の立場からすれば、気が進まないのだろうな。

「好意は嬉しいが、べつに、気を使わなくていい。

 自分たちのことくらい、自分たちで出来る。

 これからも世話になるっていうのに、特別扱いのままじゃ、互いに面倒だろう?」

別に客として扱ってほしいわけではないし、毎度、朝晩と手間をかけさせるのも気が引ける。

それに、当たり前のことを自分たちでやったからといって、それは、苦労でもなんでもない。

「ったく、布団一つ敷くのが特別扱いとは、大袈裟なことね」

不機嫌そうな顔で、セレノアが俺を睨んでくる。

言葉の裏に隠れているのは、きっと『この程度なんだから、素直に受けなさいよ』という、セレノアの優しさだろう。

「私が、お兄ちゃんの分まで準備しますから、大丈夫です。

 お気遣い、ありがとうございます」

ぺこりとアイシスが頭を下げると、セレノアが呆れたように息をついてから、穏やかに笑う。

しょうがないわね、というのが聞こえてきそうな、優しい笑みだった。

「アイシスがそういうなら、好きにしなさい」

どうも、セレノアは、アイシスには甘いというか、弱いらしい。

まあ、俺も人のことは言えないが…な。

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