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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER 有色の戦人
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09章 気まぐれな城内-3


【セレノア視点】


二人が立ち去った後も、誰も動こうとしないし、口を開こうともしない。

気まずい沈黙をいつまでやってても、しょうがないわね。

「二人が、ティストと一番親しいのよね?

 ティストのこと、聞かせてくれない?」

ティストと合流するまでに、それだけは、聞いておきたい。

魔族の領地にいるときも、とぼけていて、なんとなく掴みどころがなかったけれど…。

ロアイスに入ってから、余計に、ティストのことが分からなくなった。

誰もが、どんな形であろうと、ティストに一目置いているし、無視できない。

その周囲の反応を見れば見るほどに、アタシの知っているティストが、ほんの一部に過ぎないと痛感する。

ただ戦闘が強いだけだと思っていたのに、色んな人とつながり、色んなものをいくつも背負っている。

それを知らないままでいるのは、なんとなく、嫌だった。

「ティストのこと…って、言われても…」

さっきのことを引きずっているのか、二人の表情も口も重い。

こっちから、話を聞くしかなさそうね。

「たしか、戦場の最前点…って、呼ばれているんでしょ?」

結局、ティストのことで耳にした中で、一番印象に残っていた単語を口にする。

そのような通り名を思い浮かぶのだから、人間の感性も悪くない。

およそ、魔族がつけるあざなでは、最上のものだろう。

ティストを褒めて、少しぐらい場を明るくしよう。

そんな思いで話題を出したのに、ユイの目には、はっきりとした敵意が宿っていた。

「その呼び方、やめてくれる?」

悲しみと怒りが混ざったような、不思議な迫力を帯びた、硬質な声。

本気の怒りを感じ取れるけど、その意味がまるで分からない。

「? どうして? いい名前じゃない」

雅な表現だし、響きも悪くない。

これまでいくつか聞いてきた呼名の中でも、一番に気に入っているのに…。

「でも、それは、侮蔑の言葉なの」

「こんないい名前が蔑称? まさか!? 嘘でしょ?」

アタシの問いかけに、ユイは黙って首を振る。

さっきまでの態度からも、冗談じゃないことなんて分かっている。

でも、それでも、信じられなかった。

「どうしてよ? なんで、これが…」

「最前線よりも突出して、一人で戦う、仲間のいない孤独な点。そう、呼ばれて…いたから」

ユイが、辛そうに声を絞りだす。

隣にいるアイシスも、何かに耐えるように、じっと俯いたままだ。

「でも、前線より前で戦うことが、侮蔑の対象になるなんて…ね」

人間の考えることは、分からない…その言葉を、なんとか胸の内だけに留める。

魔族だったら、父上やガイ・ブラスタのように、誰もが憧れるような、力の象徴になるはずだ。

「本来なら、それほどの強さは、誇るべきことよ。恥じる必要なんて、どこにもないわ」

どうしても、前線より前に立ち、命を賭けた男を馬鹿にするなんて、納得できない。

そう考えていたら、自然と口が開いていた。

「あたしも、そう思う。でもね、人間は、いつでも、なんでも、比べたがるの。

 欲張りで、嫉妬深くて、だから、自分よりもすごい人が許せない。

 だから、自分がどうやっても勝てないと思ったら、今度は、認めないの」

悲しそうに、悔しそうに、ユイがつぶやく。

きっと、ティストの武勲をないがしろにされることを一番残念に思っているのは、ユイなんだろう。

「なるほどね。ティストの扱いは、一人握りであるが故に…なのね」

誰でもたどり着けるような境地でないからこそ、誰もが目を向ける。

ただ、そこで抱かれる感情が、問題なだけだ。

「奴らよりも立場が上になる方法って、ないの?」

「それは…」

「ないと思います」

言いよどむユイに代わって、今まで黙っていたアイシスが、ぽつりとつぶやく。

「ほとんどの貴族は、私やお兄ちゃんのような者を、人間だと思いもしないでしょうから。

 何をやったとしても、たぶん、その価値観は変わりません」

「なに…それ?」

人間なのに、人間だと思いもしない? その意味を考えて、さっきの貴族の言葉を思い出す。

あの男は、ティストのことを『野良犬』と呼んでいた。

「私たちのように、素性の知れない者の立場が上がるなんて、ありえません」

「素性って、何? ティスト・レイアと、アイシス・リンダントという名前以上に、なにが必要なの?」

「人間では、血と家を重んじるんです。

 誰の子に生まれ、どの家にいるのか? 人間の身分を表すのは、その二つです」

 私もお兄ちゃんも、血の繋がった家族はいませんし…。

 親の顔はもちろん、この身体に流れる血が、どの種族の物なのかさえ分かりません」

はっきりとは知らなかった二人の境遇を聞いて、言葉を失う。

父上も母上も、いない。

それが、どれだけ辛いことなのか、アタシには、想像もつかなかった。

きっと、母上を亡くしたときのアタシの感情とも、似て非なるものだと思う。

「優秀な親からは、優秀な子が生まれる。だから、出自の知れない孤児では、高貴な血筋には及ばないそうです」

「そんな戯言が、まかり通っているっていうの!?」

あまりにも馬鹿げた話に、思わず声が大きくなってしまう。

根拠もなければ、理屈ですらないなんて、迷信にしても性質が悪い。

「どこまで誰が本気にしているか分かりませんが、人間では、そうなっています。

 きっと、そのほうが都合がいい人が多いんでしょう」

感情を込めずに淡々と告げていたアイシスが、最後に皮肉な笑みを浮かべる。

そのあきらめたような表情が、我慢ならなかった。

「親や自分の血を誇るのは、個人の勝手よ。

 でも、それが何の役にも立たないなら、全く無意味だわ。

 それだけで、何でもできるようになるはずないでしょ」

そんなことだけで、強くなれるなら、誰も苦労はしない。

だからこそ、稽古に励み、痛みを乗り越えて、己を鍛え上げるんだ。

「そもそも、貴族とか、その家の格なんて、どうやって決めたのよ?」

「あたしの知っている話だと、過去の功績によって…かな。

 本来は、多大な貢献をした者への感謝を忘れないために、その家を周囲が崇めた。

 それが、いつの間にか歪んで、何をしても許される、貴族という名の特権階級になってたの」

「だったら、ティストも貴族になる資格はあるんじゃないの?」

戦場で最前点と呼ばれるほどに突出して、数多の敵を倒した。

これ以上の戦勲を持つ人間なんて、存在するわけがない。

「戦場であれだけの功績を上げたんだから、その戦果に対して、民はもっと感謝するべきよ」

「でも、ティストが貴族になったら、今よりも、もっと目の仇にされるよ。

 極一部を除いて、貴族の誰もが、特別なのは、自分だけでいいと思っているし…。

 なにより、自分の上に立つかもしれない人を、捨て置くはずがないもの」

二人の否定的な意見の積み重ねに、嫌気が刺す。

その後ろ向きな考え方は、どうしても、本気で考えているように思えなかった。

「ティストもそうだけど…なんで、そんな現状に甘んじていられるの?

 二人とも、悔しくないの!?」

あんな風に扱われて、平然としていられる気持ちが、アタシには分からない。

アタシだったら、そんなの、絶対に耐えられない。

「お兄ちゃんが、どう思っているか分からないですけど…。私は、べつに、かまいません」

「どうしてよ? 言われっぱなしでいいっていうの?」

「前から、あんまり気にしていませんでしたけど…。

 お兄ちゃんの妹になってからは、本当にどうでも良くなりました。

 私は、私の大切な人たちが、私のことを認めてくれれば、それで十分です。

 あの人たちと仲良くなりたいとも思わないですしね」

ほとんどの魔族は、大衆の声よりも、自分の認めた人の評価を欲しがる。

だから、アイシスの感覚は、とてもよく分かる。

でも、だからって…。

「あたしも、アイシスちゃんと同意見かな。

 身分なんて、つまらないものに、こだわる必要はないと思う。

 一番大事なのは、ティストが幸せなことだから。

 それに…あたしは、ティストに傷ついてほしくない。

 だから、あの人たちとは、距離を置くのが一番だと思うの」

優しく穏やかな笑みを浮かべて、ユイがつぶやく。

心の底から、ティストの事を案じているんだろう。

「あ、でも、誤解しないでね。ティストが願うなら、貴族になるのも、もちろんいいと思う。

 そうなったら、あたしが一番に雇ってもらうしね」

「そのときは、私もお姉ちゃんのお手伝いでお願いしますね」

自分のメイド服を指差してのユイの冗談に、アイシスが加わる。

そして、二人で顔を見合わせてから、楽しそうに笑った。

「………」

二人の考えの深さを聞くほど、アタシの提案が浅はかだと思い知らされる。

アタシが言ったようなことは、この二人も、とっくに考えて、あえて選ばなかったみたいね。

「ごめん。余計なお世話だったみたいね。

 それに、二人が悪いわけじゃないのに、こんな、一方的に…」

自分の頭に上った血を下げるためにも、二人に頭を下げる。

今日は、自分でも驚くくらいに、感情的になっていた。

「ううん。ありがとう」

「どうして、お礼なの?」

「? だって、ティストのために、言ってくれたんでしょう?

 変なことのはずなのに、あんまりそれが続くと、慣れてきてしまう。

 だから、思い出させてくれて、ありがとう」

「ありがとうございます」

二人にそんなことを言われても、どうすればいいのか分からない。

ただ、一つだけ、良く分かったことがある。

この二人は、本当に、どうしようもないくらい、ティストの味方なんだ。

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