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DAGGER 戦場の最前点  作者: BLACKGAMER
DAGGER 有色の戦人
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08章 気まぐれな会談-2

【ティスト視点】


量や運び方などの細かい取り決めがなされ、ファーナが数値として整えて紙に記す。

心配していたイスク卿やヴォルグも、あれっきり大人しくなっている。

どうやら、これで無事に決着がつきそうだな。

今は、ほとんどがライナスとレオンの会話だけだ。

「再三申し上げたことですが、魔族の食糧を全て補うことは、残念ながら不可能です。

 今回のロアイスの対応は、あくまでも、緊急措置として見てください」

「ええ、心得ております。そうでなければ、前大戦など起きませんでしたから」

「仰るとおりです。当座を凌ぐだけならば、ロアイスでも手伝えるでしょう。

 その間に、共に現状を打開する道を歩きましょう」

「よろしくお願いいたします」

あくまでも、根本的な解決ではない…か。

ここから続く道は、暗く険しいかもしれないが、それでも、魔族にとって今までよりはマシだろう。

大戦になるぐらいなら、こうして、共に歩いていくほうが、きっと理想的な形になるはずだ。

「では…」

「失礼、ひとつ、よろしいかな?」

レオンの次の言葉を止め、強引にイスク卿が割り込んでくる。

まだ終わらせてくれない…か。

「なんでしょうか?」

「今回の件が合意となれば、我々貴族も、私財を投入してお手伝いさせて頂くことになる。

 なので、その報酬…と言ってはなんですが、個人的な質問をさせて頂いてもよろしいかな?」

異種族を毛嫌いしているあのイスク卿が、レオンに対して質問?

まるで、意図が読めないな。

「ええ、なんなりと聞いてください。私の知識の及ぶことでしたら、なんでも答えましょう」

笑みと共に、イスク卿の質問を快諾する。

まあ、レオンの立場なら、そうせざるを得ないだろうな。

問題は、何を聞いてくるか…だろう。

「魔族には、王族のみに口伝で伝わる絶大な魔法があると聞く。

 あまりにも強大な力は、人智を超えている…とか」

そんな代物があるなんて、初耳だな。

それは部屋にいる誰もが同じようで、一様に怪訝な顔をしている。

それとも、俺が気づかなかっただけで、レオンやガイは、戦闘の度に使っていたのか?

「どうでしょう? それをお教え願えないだろうか?」

「あなたたちが、どの程度の魔法を会得しているのか分からないが…。

 人智を超えた…とは、具体的には何を示すのでしょうか?」

「さあ、私も詳しい話は聞いておりませぬもので。なんでも、世界の摂理をも覆す…とか」

摂理を覆す? 曖昧すぎて、想像もつかないな。

だが、できるわけがないと言い切れないほどに、魔族の力は絶大だ。

本当に、そんなものが存在するのか?

「ご要望にお応えしたいのは山々だが、残念ながら、心当たりがありませんな。

 先王からは何も聞かされておりませんし、ないものを教えることはできません」

表情一つ変えることなく、レオンが平然と答える。

もし、これで嘘をついているなら、俺には見抜く術がないな。

「回答ができないのに申し訳ありませんが、私からも、質問させていただけますかな?」

「ええ、なんなりとご自由に」

「この話、誰から聞かれたのですかな?」

「さあて、どうでしたかな? 風の噂で聞いたものですから、特定はできませぬな」

レオンの問いかけに対して、のらりくらりという表現が似合うような態度で、イスク卿が答える。

二人の間に流れる不穏な空気に、背もたれにつけたままの背中が、薄ら寒くなった。

「それは、不思議な話ですな。

 あなたは、さきほど、『王族のみに口伝で伝わる魔法』と仰った。

 口伝の魔法が噂になるなど、それでは、まるで口伝である意味がない。

 どうして、そんな話が噂になるのやら?」

「魔族の強さは、誰もが知るところ。

 何か秘訣があるということで噂になる程度は、自然なことだと思いますが?」

質問と回答が微妙に食い違い、論点が徐々にずれていく。

おそらく、意図的にそうしているのだろうが、それが、逆に恐ろしい。

互いの思惑がぶつかりあっている音が、聞こえそうだ。

「もし、思い出したら教えていただけますかな?」

「分かりました。こちらでも、もう一度、記憶を洗っておきます」

上辺だけの口約束をして、二人がうなずきあう。

表面上さえ取り繕えていないように見えたが、指摘するような勇気ある者は誰もいなかった。

「さて、それでは、報酬の話も出たところだし、我々魔族がグレイスから供与できる物に関して、

 話をさせていただいてもよろしいかな?」

「ええ、ぜひともよろしくお願いいたします」

今回の話を受けての対価…と言ったところか。

魔族がどんなものを出してくるのか、興味はあるな。

「グレイスは、ロアイスに対して、何者にも負けぬ力を提供しよう」

堂々と胸を張り、ライナスの顔を見つめて、そう告げる。

他の者が口にしても、笑い飛ばされるのがいいところだろう。

だが、そうさせないだけの貫禄が、レオン・グレイスにはあった。

「種族不可侵のおかげで労働力も供与できないし、それ以外に資源と呼べるものもない。

 わずかに取り残した鉱石があるが、その程度では、十分な益にはならないだろう。

 だからこそ、私は、差し出せる中で最高のものを選ばせて頂いた」

まさか、報酬が武力…とはな、なんとも魔族らしいな。

「野蛮な我らの得意なことなど、争いの他にない。

 有事の際には、必ずや役に立って見せよう」

魔族の力がどれだけ強大なのか、それは、前大戦で嫌というほどに知れ渡っている。

グレイスが先陣を切れば、どんな国を相手にしようとも、十分に渡り合えるだろう。

しかし、その発言を前に、イスク卿は、はっきりと分かるほどに眉をしかめた。

「大した自信ですな。まるで、魔族だけでも戦況を覆せると言わんばかりだ」

「我々は、戦いに生きる種族です。他のことならいざしらず、戦闘では誰にも劣るつもりはない」

「ほう、噂に違わぬ好戦ぶりですな。こちらとしても、歓迎の準備が無駄にならぬというものだ」

歓迎…という言葉には程遠い笑みを浮かべて、イスク卿がつぶやく。

それだけで、場の空気が一転した。

まだ、魔族に攻撃する手を残していた…か。

本当に、十重二十重に張り巡らせてくるな。

「ほう、それは楽しみだ。これ以上に何をしていただけるというのかな?」

「文化の違う魔族を最大限に持て成すために、こちらも知恵を絞りました。

 魔族は、戦いを楽しみ、戦いの中で生きると聞きます。

 ならば、答えは決まっている。戦いで相手を持て成せばいい」

「道理ですね。それで、誰が持て成してくれるのかね?」

「騎士団長である、ヴォルグ・ステインが相手をさせていただく」

護衛ということで、ヴォルグをここまで連れて来たのには、そういう意味も込められているのか。

相変わらず、用意周到だな。

「ここは、一騎打ち…ということで、どうだろうか?」

「よろしい。では、こちらもセレノアに戦わせよう」

「!?」

誰もが驚きの目をレオンへと向ける。

名前の挙がったセレノアどころか、提案したイスク卿までもが、その返答に驚愕していた。

周りの反応を気にした風でもなく、レオンが平然と言葉を続ける。

「もし、セレノアが負けた場合には、今回の話を考え直してもらって結構だ。

 その程度の力量しか持たぬようでは、先ほどの言葉も虚言と取られかねないからね」

魔族は、自分の強さに対して並々ならぬ自信を持つというが、こうまでとは思わなかった。

ロアイスの騎士団長を実力で倒して、嘘偽りなく、自分たちが強いことを証明するつもりか。

「公の席でのこと。今さら、発言は取り消せませんぞ」

「もちろん、心得ています」

語調を強めるイスクに対しても、レオンは笑顔を絶やさない。

むしろ、その反応を楽しむように笑みを深めた。

この反応、本当にセレノアとは親子だと実感させられるな。

「そちらこそ、彼でいいのかね?」

「質問の意味が分かりかねますが、どういうことですかな?」

「聞いた話によると、彼は、闘技祭の準優勝者なのだろう?

 国を超えての試合を最強の者ではなく、二番手に任せてもいいのだね?」

当事者が揃っている前で、まさか、そんなことを言い出すとはな。

まるで容赦のない痛烈な指摘に、傍で聞いているこっちのほうが居たたまれなくなる。

「ええ、彼の忠誠心は、本物ですから」

わざわざ俺のほうを睨みつけながら、比較するようにヴォルグへと目を向ける。

負けじと言い返すどころか、こちらへと矛先を向けてくる…か。

まったくもって、見事な論客だな。

「異種族のために、わざと手を抜く可能性もなければ、売国奴でもない」

付け足された罵倒が、俺の中に深々と突き刺さる。

国を売る…ね。

魔族との話を持ってきたこと、それを成功させようと努力していることが、そう評価されているわけか。

たしかに、ロアイスにとっていいことばかりとは言えない。

だが、そうまで言われるとは…な。

「…っ」

息を飲む声に、部屋の隅へと視線を投げる。

ここまでひたすらに静観していたアイシスとユイの二人が、怒りに身を震わせてくれていた。

まるで、心の傷口を塞ぐように二人の想いが、胸の中に流れ込んでくる気がした。

まったく、二人とも、優しすぎる。

次いで、我慢ならないというように厳しい表情で、クレア師匠が立ち上がった。

「公の席での発言の重みを、先ほど自身の口から仰いましたね?

 ならばこそ、この場でティストに謝罪しなさい」

「必要性を認められませんな。事実を言ったまでだ。それに関して、とやかく言われる筋合いはない」

「二人とも、そこまでだ」

さらに口を開こうとしていた両者を、普段と変わらぬ冷静な声で阻む。

睨み合っていたクレア師匠とイスク卿の鋭い視線が、一斉にライナスへと集まった。

「ですが…」

「しかし…」

「まだ何かあるなら、退室してもらう」

意見には一切耳を貸さず、二人を黙らせる。

そして、リースと目で合図をすると、静かに立ち上がった。

「大変失礼致しました」

ライナスとリースが腰を折って正式に謝罪し、それで場が静まり返る。

まったく、また借りができたな。

「いえいえ。こちらは、一向にかまいません。

 そういった意見があるなら、彼と戦えないのも、しかたのないことです。

 しかし、そちらが闘技祭の準優勝者を出すのなら、こちらだけ最強を出すのも、やはり不公平だ。

 加えて言えば、敗北者が相手ならば、わざわざ私が出るまでもない」

「………」

当の本人を前にして、少しも臆することなく断言する。

まったく、この胆力…というか、ふてぶてしさは、見習いたいものだな。

「そう仰いますが、あの戦いは二対一で…」

「ッ!!」

イスク卿の声を遮り、ヴォルグが全身を強ばらせて立ち上がる。

敗北を蒸し返され、しかも、擁護されるなど、耐え難い屈辱だろう。

「では、お相手頂こうか」

「ええ、喜んで」

頭に血が登ったヴォルグを前に、セレノアが柔らかく笑んでみせる。

まるで、踊りの相手を勤めるような気安さだ。

立ち上がり、連れ立って闘技場までの道を歩く。

肌を刺すようなヴォルグの殺気が、うっとうしいほどにまとわり着いてきた。

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