挑戦
・・・ある日。
「話は聞いているぞ。こんなもので良ければいつでもあるでな。」
体から肉が消え、骨が浮き出た色黒の老人。しわだらけの顔でシンを見つめ、ボロボロの衣の裾から魂を取り出す。
「サンキュー。後で埋め合わせはするから。」
手渡されたのは、手の平サイズの火の玉4つ。いつも食べている見慣れた物体をポケットにしまうシン。
「なに、治せない事も無いが、食べてしまっても構わん。そんなものを持ち出しても誰も何も言わぬ。しかし、お主等が人間の感情に興味を持つとは思わなんだな。」
「私は別に・・。人間なんてくだらない生物・・・。」
「まあまあ、ほれ。アンジュ。お前も魂は好きだろ?」
アンジュの目の前で魂をちらつかせ、ご機嫌をうかがうシン。
「そのまま食おうぜ。その魂。」
「それは出来ない。カナンダ、頼む。アンジュも。」
「ああ・・・。では、そのうちの一つを渡すが良い。」
シンから一つの魂を受け取り、シワだらけの両手で魂を包む。
「・・・ムン!!」
手の内側が強く光り出し、溢れた光が外側へと漏れる。そして・・。
「お、おお・・・。」
・・・・
あっという間に魂は元の人間の形へと姿を変える。カナンダの起こした強い光に覆われ、二本足で凛々しく立つ人間。だが・・。
『・・・ドサッ』
「う、うごぉおおぉお・・。」
糸の切れた操り人形の様にガクリと崩れ落ちる人間。呻き声を上げながら必死に立ち上がろうとするが、体が小刻みに震えるだけだった。
「まあ、こんなもんじゃろう。」
「おいおい、これじゃ使えねえよ。なんとかならねえのか?」
頭を掻きながら、人間を見て呆れるシン。
「馬鹿を言うな。使えないから潰すんじゃないか。ワシの力じゃこれが限界じゃ。それに戦わせようとしても闘争心がまず湧かん。何年もここで拷問を受けておったんじゃ。誰かに刃向うなんて思いは昔に忘れておる。」
「うう・・・。せっかくアンジュに決闘場を作ってもらったのに、それも無駄になっちまうのか。」
「おい、私の休日返せよ。お前が頼むから作ってやったって言うのに。」
シンのくるぶしを軽く蹴り、怒りを露わにするアンジュ。完全に見切り発車の行動に、少なからず怒りが込み上げる。
「ここの大半は意志の潰れた人間じゃ。さすがに健康な人間の魂を持ち出す事は出来ん。お偉いさんに許されて、我々には出来ない遊びじゃからのう。」
「くうう・・。人間の感情とやらを見たかったのにな。」
「それはワシも同じじゃ。出世でもすれば研究の一つもさせてもらえるであろうに、何が悲しくてこんなところで意味の無い治癒を繰り返さなければならぬのか・・・。」
がっくりと肩を落とす二人を見て、何がそんなに残念なのか分からないアンジュ。
「残念だったな。」
とぼとぼと前を歩くシンに声を掛けるアンジュ。余程効いたのか、行きに見せていた喋りも無くなり、抜け殻のような姿で歩くシン。
「あーあ。やはり俺達の様な獄卒には出来ない遊びなのか。」
「分かんねえな。人間に興味を持つお前もカナンダも。私の中じゃ、人間なんてまともな生物とは思えないけどね。」
「だから良いんじゃないか!!」
「うお!!」
急に振り向き大声を上げるシンに驚き、思わず声を上げるアンジュ。
「俺達以上にイカレ狂った化け物だ。他の動物とは違い、知性もあり文化もある。ならば、その狂った感情とやらを見てみたいと思うのが普通だろ!」
「ま、まあカナンダの奴も研究医時代は人間に興味があったとか言ってたし。」
カナンダ本人から何度も聞いた話だった。ここに来たのは人間に接する事が出来るから。
だが、本人の思い描いていた物とは違い、ここでの仕事は『生きているだけ』の人間の傷をひたすら治す事で落胆したという話だ。
「そんなに興味があるんなら上に話を持ちかけたらどうだ?ジャラムの奴にでも言えば上に掛け合ってくれるかも知れないぞ。」
「やるわけねえだろ!!上司のケツの匂いを嗅ぐ事しか考えないあいつが俺達の要望を上に掛け合うと思ってんのか?」
「ま、まあそうだけど。でも、やらないよりは・・・。」
・・・とは言うものの、アンジュ自身もジャラムが上に掛け合うとは思っていなかった。もし掛け合ってくれるなら、確実に裏がある。自分にプラスが無い限りは下への声は受け入れない。ジャラムの性格はナラカの獄卒ならば全員が知っていた。
「あーあ・・・。俺達には縁の無い世界なのかな・・・。」
「うーん・・・。私には分からないなあ。」