噂話
・・・数日後
「あー疲れた。」
「お前、それ癖だろ。」
毎日同じセリフを吐きながら休憩室に入ってくるアンジュを見て苦笑いを浮かべるシン。彼女のコップに冷水を注ぎ、目の前に差し出す。
「んーありがと。」
差し出された冷水を夢中で飲み、ノドを潤すアンジュ。いつも通りの光景。そして、いつもと同じ様に雑談が始まる。
仲間たちの失態や馬鹿話。そして欠かせない上司の悪口。普段通りに時間が流れる中、シンが意外な質問をする。
「あ、そういやさ。イザナミ様の話、知ってるか?」
「ん?イザナミ様?イザナミ様って黄泉の国のか?」
シンがナラカ以外の話をするのは珍しい。ましてや同業でも無い黄泉国の主宰神であるイザナミ様の話なんて、普段の会話では滅多に出て来ない。
「他に誰が居るんだよ。カプールの奴から聞いたんだけどさ・・・。」
『カプール』と言うのは獄卒仲間である。シンと同じく情報通で、二人が世間話を通じ、情報を交換している姿はよく目撃されている。
「人間使ってちょっと面白いことをやってるらしいんだ。」
「面白いこと?」
「そう。あの人、日本国の管理をしてるだろ?そこでさ、現世から辿りついた魂を使って戦わせてるんだって。」
「へえ・・。あの人がねえ。意外だわ。」
人間を戦わせる事は地獄でもよくある。むしろ、お偉いさんの娯楽として珍しい物では無い。ただ、刑罰のある地獄とは違い、黄泉国は死者の国。たどり着いた者も特別に悪いことをした訳では無い。ましてや、主宰神であるイザナミ様がいたずらに命を弄ぶのは意外であった。
「魂は地獄から貰ってるんだろ。まあ、ここまでは珍しくもないんだけどさ。」
「ん?まだ何かあるの?」
勿体ぶるシン。彼がこういう行動をとる時は、結構面白い話である事をアンジュは知っている。水を一口飲み、言葉を続けるシン。
「面白いのは、その戦わせ方。人間界で私怨のある者を選び、戦わせるらしい。」
「私怨?」
「そう、様は『恨み』」
「『恨み』って、あの人間がよく持ってるとかいう奴か?」
普段の雑談から身に付いた知識であった。『喜怒哀楽』という4つの感情。もちろんそれは動物たちだけでなく、悪魔や神にもある。
だが、人間には感情を表に出そうとせず、制御が掛かる場合がある。相手の顔色や立場。その機会は様々。特に制御する事の多い感情は、『怒』である。争いごとを避けようとしたり、傷つくのが嫌なため、人は堪える事が多い。それを防衛手段と考えるならば、それも良いだろう。だが、それと同時に生まれる物がある。
それが『恨み』だ。体に付いた傷とは違い、簡単に癒える事は無い。何年経とうが、それは人間の心に深く刻まれる。
シンからその話を聞かされた時、アンジュは人間という生物の行動が理解できなかった。
「馬っっっ鹿らしいよな。私は人間って好きになれないね。正直、生き物としては賢くは無いよ。」
「まあまあ、だがこれが面白いらしいんだって。『現世に戻れる機会』と『恨みを晴らせる機会』の二つを与える。それで争う側は本気になるって訳さ。」
「へえ・・・。」
目を輝かせるシンとは違い、興味無さそうに話を流すアンジュ。
「それ、俺達でもやろうぜ。」
「はあっ!?」
シンの発言に思わず声を上げる。
「いいじゃん。イザナミ様もやってるんだ。罰せられない範囲でなら俺達がやっても大丈夫だって。」
「馬鹿!ここの法律は人間界と違って平等じゃないのは知ってるだろ。イザナミ様だから許されるんだ。私たちがやったらどうなるか・・・。」
「人間達の魂なら、俺達でも扱えるだろ。それに、隠れてやるんじゃない。法律内でやるんだ。後ろめたさなんて無いだろ?」
「ぐうう・・・。私達、獄卒が仕事以外で人間の魂を自由に扱う事は禁じられている。それを承知で言っているのか?」
「潰される魂があるだろ?あれを使うんだよ。」
「あんなものを?」
ここに居る人間は、ただ拷問を受けている訳では無い。何百年も、気が狂う程の年月を拷問に当てさせ、それにより人間界での罪を洗い流させる。そして、全ての罪を消し去ったのち、再び人間界の生物へと生まれ変わらせる。つまり、ここでの拷問は、苦行なのである。
だが、全ての人間が生まれ変われる訳では無い。人間界での行いが悪すぎて、ここでの拷問では払いきれない罪を犯した者は、拷問を受けた後、潰される。その他にも、拷問に耐え切れず、駄目になった者も。その魂は、主に獄卒の餌として食用される事になる。
「あれなら使っても怒られないだろ?」
「それ以前に使える訳無いだろ。私らの餌にしかならないんだぞ。」
「だ~か~ら。治すんだよ。カナンダの奴に協力してもらって。」
カナンダと言うのはナラカ唯一の医師である。人間に手傷を与えられた獄卒や、必要以上に拷問を受け、意識を失った人間にその力を使う。
「カナンダの?いや、そのカナンダが匙を投げたなら治せないだろ。」
「協力してもらうって言ってるだろ。その意味分かるよな?」
「お前・・・。」