憎悪
「光が消えた・・。」
また一つ光が消え、残されたのが自分ともう一人しかいない。窮地に追い込まれ、浪岡は焦る。
「どうする?帰還にも限りがある。そろそろ帰ってくる頃だとは思うが、今の奴に戦いを挑まれたら絶対不利だ。奴が帰還の権利を得ている以上、戦いは極力避けたい。・・・クソッ!クソッ!」
爪を噛み、苛立ちを露わにする。だが、その時。
『ピピッ!』
「!!」
電子音が鳴り、再び携帯の画面に目を移す。
「来た!!」
印が一つ増え、喜びを露わにする。待ち望んでいた外からの帰還者。権利を行使し、逃げる事の出来ない人物。
「逃げ場は無い。こいつを殺さなければ、俺はもう生き残れない。」
帰還が無い以上、逃げ道の無いこちらが不利。最低でもこちらも権利を得なければならない。そこに現れた最後の対象者。浪岡には、その対象者を狙うしか道は無かった。
「さて、再び戻って来たわけだが・・・。」
「ああ、それにしてもこの携帯は便利だな。指輪と合せて使えばカナンダかどうかも分かるわけだし。参加者は私らを入れて3人。残りは2人か。・・・大詰めだな。」
シンの残した携帯。持ち主しか操れないため、画面は索敵から変える事が出来ない。だが参加者全員の居場所が分かる為、大変心強い武器となる。
「・・・残り二人か。」
「弥太郎、浪岡の事を考えてるだろ?」
「・・・まあな。だが、あいつも死んでるかもしれん。他の奴に殺されてる可能性もある。お前の仲間のカナンダもそうだ・・あっ!」
「?・・どうした?」
「いや、すまん。仲間が死ぬとか言って・・。」
軽はずみな失言に思わず口を閉ざす弥太郎。アンジュを傷付けたかもしれないと、申し訳ない気持ちになる。
「殺し合いをしてるんだ。死ぬのは当たり前だろ?逆に死んでくれてると助かる。残った相手は純粋な人間だ。武器もはっきりしている分、助かる。」
「・・・え?」
「人間相手ならば武器は爆弾と銃だけだ。索敵の危険性はあるが、カナンダの場合は知識もある。頭であいつに勝てる気はしない。」
アンジュの発言に言葉が出て来ない。弥太郎の失言に対する気遣いでは無く、明らかに本心の発言。その冷酷な言葉に弥太郎は疑問を感じずにはいられない。
「お前、おかしくないか?仲間なんだろ?『死んでくれてると助かる』とか。」
「何故だ?戦うなら弱い方が良い。なるべく危険は負いたくない。」
「それはそうだけど、お前の仲間なんだろ?なんて言うんだろ・・。その、やり難さって言うか・・。普通、仲間に刃物は向けにくいだろ。」
「仲間だが戦いだぞ。これは殺し合いだ。カナンダの奴だって私を殺しに来る。躊躇していたら好機も逃す。」
「まあ、そうだが・・・。」
「さっきからおかしなことを。弥太郎はなぜカナンダをそんなに気にするんだ?」
首を傾げ、弥太郎を不思議そうに見つめるアンジュ。少女の純粋な視線に対し、冷酷な考えに冷や汗を流す弥太郎。そして、再確認のため再び質問をする。
「・・・なあ、シンって言ったよな。お前の仲間。あいつが死んで悲しくないのか?二度と会えないんだぞ。」
「悲しい?どうして?」
返ってきた言葉は予想通りの答え。それを聞き、弥太郎は自分の予想が正しい事を確信する。
「殺し合いでシンは負けたんだ。会えなくなることがそんなに大切な事か?」
「・・・そうだな。変な質問だったな。気にしないでくれ。」
(やはり・・。人間とは感情が違うという事か。アンジュが人間を理解出来ないように、人間とは違う感情をアンジュ達も持っているな。人間から見て冷めた感情。仲間という言葉は存在するが、それを失ったからと言って特別に悲しむ事は無い。だから他の仲間は人間の感情に興味を持ったのだろうな。ここの魔物が人間に興味を持った理由が分かったよ。)
由紀子たちを葬った廃墟。その後、この建物内で一息つくカナンダとガイア。当然、彼らも帰還したもう一人の人物に気付いていた。
「一人増えたか。どうする?こいつは帰還の権利を持っていないんだろ?殺しに行くか?」
「・・・いや、もう遅い。残念ながら今から行っても間に合わん。すでにもう一人が動いておるな。」
携帯の画面をガイアに見せ、もう一人の人物が接触しようとして近づいている事を説明する。
「ちっ!このまま見ているだけか。」
「こちらに帰還の権利は無い。奴らが戦えば、どちらかが権利を得るだろう。自決などと都合の良い考えはせぬ方が良い。」
「なんとかならないのか?流石にもう参加者は居ないだろう。残ったのは3人。権利を貰えるのは一人しか居ない。」
「落ち着け!誰も『指を咥えて見ていろ』などとは言っておらん。それに、潰し合いをしてくれればこちらとしても好都合。」
「だが・・・。」
「戦いたいなら戦わせておけ。だが、最後まで生き残るのは我々だ。」
「・・弥太郎。この携帯ってやつは本当に便利だな。一人、近づいている。明らかに敵意を見せて。」
「そうか・・・。帰還したばかりの俺達は権利を持っていない。同じように権利を持っていない者からすれば逃す手は無いからな。指輪に反応は?」
「ここからじゃ届くかは分からない。だが、反応は無い。カナンダじゃなく普通の人間かも。また私が敵を追い込んでジオラマに閉じ込めるか?」
「馬鹿、拳銃を甘く見るな。人間と機械を一緒にするんじゃない。」
「で、でも前回、人間を殴る事は出来ないけど、触る事は出来ると分かった訳だし。」
「・・ジオラマには送る。だが、今回は俺も動く。流石に今回は無茶出来ない。俺は敵を殺す事を考える。だからお前は触れる事だけを考えろ。二人で行動する。それは絶対だ。」
アンジュの腫れあがった顔を思い出す。仲間のシンに付けられた物もあれば、人間にも殴られたと彼女は言っていた。
(人間の拳程度で傷を負うんだ。拳銃なんて防げるはずが無い。アンジュの身体能力は分かっている。人間以上ではあるが、銃を持った人間と戦うのはさすがに無茶だ。)
アンジュの事を思いやる弥太郎。そして、彼にはもう一つ気がかりになる事があった。
「・・弥太郎。」
「なんだ?」
「指輪に反応は無い。どうやら人間らしい。」
「・・・そうか。」
森の中を歩き、印の場所へと歩み寄る浪岡。
「・・・この辺りか。」
携帯の画面を開き、索敵画面に映し出された印を確認する。印は重なり、一つになっていた。隠れていないならば、肉眼でも見られる距離。
「動きは無しか・・・。もう一人も微妙に移動しているのが気になるな。」
帰還で戻って来た人間は、ほとんど動く事は無かった。だが、もう一人の人物。帰還を手に入れたであろうこの人物は、あれから移動を開始し、浪岡には何かを企んでいる様に見えた。
「こっちに近づいてる様にも見える。・・いや、気にするのはこいつじゃない。目の前の奴だ。」
携帯を銃に変化し、いつでも撃てる様に気を引き締める。形状を変化させたからには、しばらく索敵はみる事が出来ない。どこに潜んでいるかは分からない。木の影、草木の音。視覚、聴覚、自分が感じとれる物すべてに気を張り巡らせる。
(向こうも俺の接近には気付いているだろう。なら・・。)
先に動いたのは浪岡。振り被り、石を投げつける。爆音が響き、草木は揺れ、辺りに煙が立ち込める。だが、反応は無い。ポケットから小石を取り出し、再び振り被る。
「炙り出してやるよ。その姿を見せろ!!」
「始まったか。心配するな弥太郎。ここに居れば安全だ。」
「あ、ああ・・。」
爆発の直前ジオラマに隠れて難を逃れた二人。天井に映し出された外の景色。煙が立ち込み、視界が遮られるが爆発が続いている事は伝わる。
「索敵があるからな。直前までは私たちの存在を伝えておきたい。攻撃を仕掛けるなら拳銃に変化させてる可能性も高いからな。」
「そううまく行くか?」
「やらないよりはマシ。罠なんて物は10個仕掛けて1個引っかかれば良い方なんだから。」
怯えながらも気丈に振る舞うアンジュ。そして、徐々に爆発は止み始める。
「相手も状況は分かってないだろうね。問題はここからだ。しくじるなよ弥太郎。」
「それはこっちのセリフだ。無茶はするなよ。」
「この状況でそれは無理。守ってばかりで勝てる訳無いだろ。とにかく気を抜くなよ。」
「・・・どうだ?」
幾つもの爆弾を投げ込んだ浪岡。だが、反応は無い。
(今の爆発で死ぬなんて都合がいい考えは止めた方が良い。そこまで敵も間抜けじゃないだろう。だが、ここまで動きを見せないのも不気味だな。)
拳銃を変化させ、索敵の画面に変える。だが、接近し過ぎているせいか、映っている印は2つ。そして、権利も得ていない。
「やはり・・・。という事は、生き残ってやがるな。」
携帯を折りたたみ、再び拳銃に変化させる。そして、ポケットの小石を握りしめ、辺りを調べようとしたその時。
『ガサッ・・・』
「!!」
『パァン!!パァン!!!』
銃声が響く。草木が揺れる音と共に浪岡を襲う銃弾。背後からの射撃に身を翻し、夢中で逃れようとする。だが。
「がっ・・・。」
一発の銃弾が腹部を掠め、傷を負う。体勢を立て直し、射撃で応戦する。狙いはついては居ない。だが、威嚇にはなる。発砲しながら木の裏に身を隠そうとする浪岡。
「待ちやがれ!!」
『パァン!!パァン!!』
負けずに発砲する弥太郎。だが、銃弾は浪岡に当たることなく、彼はその身を隠す事に成功する。
「野郎・・・。生きていやがったか、てめえは襲いに来たつもりだろうが、こっちとしては好都合。返り討ちにしてやるよ!」
浪岡が生きていたと知り、再び憎悪の炎が燃え上がる。目の前の木。その裏に何十年も恨み続けた男が潜んでいる。法律でも殺す事が出来なかった男。弥太郎自身、もう晴らす事が出来ないと思っていた。そして、現世から離れたこの世界で訪れた彼を殺す機会。弥太郎の心が高揚する。
「殺してやるよ・・・。」
「はあ・・はあ・・。どうなってやがる?十分に注意したはずだ。背後から現れるなんて有り得ねえ・・。くそっ!!」
腹部を押さえ、傷を押さえる。痛みと共に溢れる熱い液体。掠っただけだと分かりながらも出血している以上、冷静ではいられない。
「・・落ち着け・・落ち着け。考えるのは後だ。とりあえず敵は姿を見せた。あいつを殺す事を考えろ・・。」
深呼吸をして呼吸を整える。呼吸ひとつで頭の中で暴れていた波は若干、静かになり少しの落ち着きを取り戻す。
「よし!!」
小石を拾い、敵が潜む木に向け攻撃を開始する。
『ドゴオオォォオオン!!』
「くっ・・。」
直前、別の木に移り攻撃から逃れる弥太郎。直撃を受けては細い木では耐える事は出来ず、なぎ倒されてしまう。
「爆弾は厄介だな。とてもじゃないが、防ぎ切れない。早めにケリを付けないと・・・。」
時間が限られていると知り、内心で焦る弥太郎。武器である拳銃を片手に、隙を伺う。考え無しに発砲すれば敵に居場所を伝える様な物。だが、このままじっとしている訳にもいかない。
「一か八か突っ込むか?いや、狙い撃ちだけは勘弁だな。アンジュ・・。お前にすがるしか無いのか?」
ジオラマから出たアンジュは弥太郎の反対側、浪岡の意識の外。焼け野原に残った一本の木の裏に隠れていた。
「ジオラマはポケットに収まるくらいの小さな物。索敵で限界までおびき寄せ、重なる寸前で中に逃げた。爆弾から逃れる為だったが、距離感を惑わされたな。まさか背後を取れるとは思わなかった。」
攻撃を逃れるための措置だったが、それは思った以上の結果をもたらした。
「けど、弥太郎が仕留めれなかったのは痛いな。絶好のチャンスだったのに。」
絶好だった背後からの射撃は寸前で浪岡に気付かれ、一発の弾丸が腹部を掠めただけ。当然、致命傷にはならず仕留める事は出来ない。居場所がばれ、逆に窮地に立たされる弥太郎。
爆弾で再び追い込まれ、彼は動くことが出来ない。このままではやられると感じたアンジュは固唾を呑み、一つの決断をする。
「弥太郎・・待ってな。」
妖力を漲らせ、意識を集中する。彼女が出来る最大限の援護。
「敵に物理的な攻撃は出来ない。だけど、これなら出来る筈だ。」
確信があった。前回、人間だった望月に触れる事に成功した事から、術が効かない訳では無い事は分かっていた。
(出来ないのは物理攻撃。ならばこの術が効かない訳では無い。遠隔からの送り込みは少し難しい。波長を理解しなければいけないため、しくじれば浪岡に気付かれてしまう。チャンスは一回・・・。)
「隙・・隙を衝ければ。」
木陰から藪へと身を隠し、隙を伺う弥太郎。幸い、こちらの場所を把握している様子は無い。だが、近寄る事も出来ず次第に追い詰められていく。そして・・。
「!!」
小石が弥太郎の潜む藪の近くに投げられる。思わず声を出し、浪岡の前に姿を現しながら隣の藪へと移る。
「!・・・そこか。」
笑みを浮かべ、振り被り弥太郎の潜む藪へ小石を投げつける浪岡。藪の中で爆発が起こり、同時に弥太郎の叫び声が響く。
「ぐ・・・。」
爆風で吹き飛ばされ、後ろの木に背中を打ち付けられる弥太郎。同時に頭を打ち、一時的に意識が朦朧とする。
「痛ってえ・・・拳銃!!」
拳銃を手放した事に気付き、焦る弥太郎だが、幸いにもすぐそばに落ちている事に気付き安心する。
「良かった・・ぐっ!」
動こうとするが、体の痛みと頭の揺れでまともに動くことが出来ない。浪岡が自分の場所に気付いている事から狙われている可能性が高い。這いずりながら拳銃を拾おうとする弥太郎。
『パァン!!』
「ガアアアアッ!!!」
突然の銃声。そして、その銃弾は弥太郎の右肩を貫く。
「手間取らせやがって・・。いいザマだな。」
硝煙の上がった浪岡の拳銃。それを見て弥太郎は自分が撃たれた事に気付く。拳銃を突きつけ、威圧する浪岡。地面に落ちた拳銃を見て彼が武器を手放している事を確認する。
爆弾に気を付けながら弥太郎の左足に銃弾を撃ち込む。叫び声を上げ、痛みに苦しむ弥太郎を見て再び笑みを浮かべる。
「!・・・お前の顔。見覚えがあるな。」
「ぐ・・・ああ・・。」
「蜷川弥太郎・・確かそんな名前だったな。裁判所で俺の顔ばっかり見てたっけ。」
蜷川自身、彼を忘れては居ない。弁護士から何度もその名前を聞き、そして被告人席から他とは違う雰囲気で裁判に挑んでいた一人の男。
「・・思い出したか。・・そうだ・・貴様に妻と娘を殺された者だ・・。」
「やはりな。その顔、忘れもしねえぜ。まさかてめえが狙っていたとはな。」
「・・・現世で果たす事の出来なかった事だ。貴様の所業を許す事は出来ない・・。」
「へっ!この状況で粋がるのは止めな。それに俺はちゃんと罪は償っている。法律に基づいた償いだ。それをとやかく言うのは筋違いってもんだろ?」
弥太郎を見下し、彼を挑発する。それは弥太郎にとって一番触れてはいけない場所。絶対的な立場を武器に、彼の心を砕きにかかる浪岡。
「ふざけ・・るなよ・・。人の家庭をめちゃくちゃにし、妻と娘を殺しておいてなんだその態度は。てめえの突発的な行動で俺がどれだけ苦しんだか・・。」
「言っただろう?罪は償った。更生の可能性ありとみなされ、俺は戻って来たんだ。理解しなよ。世間の期待通り、俺はちゃんと更生して戻って来たんだからさ。贖罪代わりに選ばせてやるよ。好きな方で死にな。」
弥太郎に拳銃を突きつけながら、小石を彼の前に放り投げる。爆弾か、拳銃か。浪岡の言葉の意味を理解する弥太郎。
「爆弾が付いている。さあ、どっちで死にたい?」
「ぐ・・・。」
笑みを絶やすことなく見下し続ける浪岡。だが、その時、浪岡の体に異変が生じる。生気を抜かれたかの様に体が重くなり、それと同時にとてつもない疲労感が襲いかかる。
「な・・なんだ・・・?ぐ・・・・。」
「?」
(なんだ、こいつ。いきなりうつむきだして。病気でも持ってんのか?)
浪岡が苦しそうにうつむき出した事に対し、困惑する弥太郎。だが、視界の奥に僅かに映ったアンジュの服を見て、その理由を理解する。
(あ、あいつ・・。そうか、もしやアンジュの仕業か?あいつの術は飛ばす事しか出来ない。もしや、その作用で・・・。)
「ぐ・・・ぐ・・・」
目を閉じ、集中するアンジュ。だが、彼の精神が予想以上に荒く、上手く繋がらない。焦りながらも必死にジオラマへ送ろうとする。
「だ、だめ・・。これ以上は・・・ブハアッ!!」
大きく息を吐き出し、呼吸を乱すアンジュ。その瞬間に体の力が抜ける。ガクリと膝を落とし、術が失敗に終わった事を無念がる。
「ごめん・・弥太郎・・。」
涙目で弥太郎と浪岡を見つめる。異変が無くなり、浪岡の体が正常に戻る。そして、生気が戻り、手の平を見つめ違和感の原因を確かめる。
「はあ・・はあ・・な、なんだったんだ?」
急な疲労感が無くなり、体に起きた異変の理由を考える浪岡。病気か?発作か?思い当たる物は何もない。アンジュの仕業と気付かれる前に、弥太郎は彼の注意を引き付ける。
「おい・・。」
「あ?」
「決まったぜ。どっちで死にたいか。好きな方で殺してくれるんだろ?」
「ほう・・。そうだったな。どっちで死にたい?俺は体調が悪い。お前を殺して暫く休ませてもらうとするよ。それで、どっちだ?」
「拳銃だ。傷口が小さい分、楽に死ねそうだからな。急所を貫いてくれよ・・・。」
「ふふっ。まあそうなるか。いいだろう。望み通り楽に殺してやるよ。」
狙いを弥太郎の眉間に合わせ、拳銃を構える浪岡。だが、彼に発砲する気などない。内心でほくそ笑み、他人の嫌な方へと舵を取る。自分に手傷を負わせたものならば尚更。
(馬鹿め。そう簡単に死なせるかよ。)
爆弾の付けられた石が弥太郎の目の前にあるのを確認し、思わずニヤリと口元を緩ませる。
「死ね。」
『ドゴオオオォォォォオン!!!!』
爆発が起こる。だが、爆発が起きたのは弥太郎の前では無く、浪岡の足下。爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされる浪岡。
「うわあああ!!!」
爆風を遮りながら、浪岡が予想通りに動いてくれた事にほくそ笑む弥太郎。
(馬鹿が!てめえの性格はお見通しだ。逆で殺すと思ってたぜ。アンジュの術の最中、俺は石をすり替えた。ざまあねえな。そして、あとは・・・。)
「アンジュ!!触れ!!!」
大声で叫ぶ弥太郎。その声に反応し、吹き飛ばされた浪岡に必死に飛びつくアンジュ。手を伸ばし、彼に触れ即座に術を発動する。光に包まれ、一瞬で浪岡をジオラマの中へと飛ばす。
「や・・やった。」
妖術の成功。浪岡を隔離できたことにほっとするアンジュ。
「や、弥太郎。大丈夫か?」
「ああ・・。よくやったぞアンジュ。」
「馬鹿。無茶しやがって。死ぬかと思ったぞ。」
「それは俺も思った・・・。」
涙を浮かべ、弥太郎に近寄るアンジュ。他人を心配するアンジュの感情を見て、人間らしい気持ちもある事を実感する弥太郎。
(冷酷なところもあるが、こういう感情も持ってるんだな。戦う理由は理解しているが、全く感情が無い訳でも無いのか。)
「・・・どうした?どこか痛むのか?」
「銃弾を受けてるんだ。全身が痛てえよ。」
木にしがみ付き、なんとか立とうとする弥太郎。その様子を不安そうに見つめるアンジュ。
「心配するな。」
アンジュの頭をポンと叩き、木に寄り掛かりながらなんとか立ち上がる。
「それより、拳銃を取ってくれないか?」
「う・・うん。・・・弥太郎。拳銃が二つある。」
2丁の拳銃を拾い上げ、弥太郎の目の前に差し出す。
「2つ?はははっ。あいつ、爆発の瞬間に手放しやがったな。こりゃいいや。今、あいつは武器を持っていない訳か。爆弾が付けられてるかも知れないな。えっと、こっちが俺のだな。」
自分の銃を手に取り、間違えてないか念入りに確認する。そして、間違いが無いことを確信し、弥太郎の顔から笑顔が消える。
「・・・アンジュ。俺をジオラマ内へ送ってくれ。」
「浪岡を殺すの?」
「そうだ。」
「・・・普通に殺す?それとも・・・。」
後に出てくる言葉が上手く表せないアンジュ。だが、言葉の意味は弥太郎に伝わっていた。
「・・・普通には殺さないな。おそらく、お前の友達が見たがっていた感情を爆発させる事になるだろうな。」
「あ、あのさ。『恨み』とか言うのがあるのは分かるんだけど、それって無視できない物なのかな?あれを見せてる時の弥太郎の顔、凄い怖い。獣が敵を威嚇するのとは違って・・。どっちも殺意はあるけど、あの感情は弥太郎が狂いそうで・・・。」
「・・・無理だな。俺はこいつを殺す事を夢見て生きて来た。再び結婚して子供が出来ても払拭することは出来なかった。その思いを今から晴らすんだ。これ以上の喜びは無い。」
アンジュから視線を外し、胸中を晒す。純粋に自分を心配する彼女の顔を弥太郎は見る事が出来なかった。
「それってさ、プライドって奴か?」
「プライド?」
「シンの奴が言ってたんだ。人間が過剰なまでに同族を傷付ける理由がこれを傷付けられた時だって。それで、それが崩れると自我が破壊されるとか・・。」
「プライド・・か。言葉なんてもんで人間の感情は細かく言い表せられないからな。プライドと言えばプライドなんだろうな。」
「なあ、私もジオラマの中に行っていいか?その・・人間の感情を見てみたい。弥太郎が溜めこんできた『恨み』の感情を私にも見せてくれよ。」
「・・・良い物じゃないぞ。お前が知って得する感情でもなんでも無い。」
「弥太郎が決行するならさ。それを見ておきたいんだ。その溜め込んできた物を。」
真剣に弥太郎を見つめるアンジュ。視線を外していた弥太郎も、彼女の目を無視することは出来なかった。次第に視線を合わせ、ゆっくりと彼女の視線を受け入れ、小さくため息を吐く。
「・・・分かったよ。だが、もう一度言うが見ても得する物じゃ無い。むしろ人間を更に嫌いになるかもな。」




