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岸田 由紀子

「痛ってえ・・・。」

 部屋に飛ばされたアンジュは暫く休んだ後、牛頭鬼の居る部屋へと向かった。

「牛頭鬼様・・。」

「ん?おい、牛頭鬼。呼ばれてるよ。」

「ああ。ちょっと待ってくれ。」

 椅子に腰かけ、煙草を吹かすイザナミ。近くでお湯を沸かし、紅茶を作る事に夢中の牛頭鬼。

「これはこれは。ちょっと待っててくれ。そうだ、君の分も用意しよう。」

「こっちにおいで、その怪我、治してやるよ。」

 椅子を用意し、座る様に指示するイザナミ。金色の髪を軽く掻き上げた後、優しく傷口に触れる。優しい光がアンジュの傷を治していく。

「う・・・気持ちいい。」

「ふふ・・。楽にしてな。折れては居ないからね。すぐに治るよ。」

 イザナミからほのかに漂う香水の匂い。自己主張している訳で無く、彼女を引き立たせる程度の優しい香り。

(こういうのを大人の女性って言うんだろうな・・・。)

 治療を受けながら、初めて出会う大人の女性に憧れを抱くアンジュ。

「・・・はい、終わり。若いからね。回復力も強いからすぐに終わった。」

「あ、ありがとうございます。」

「気にすることは無い。こういうのも私達の仕事に含まれる。」

 治療が終わり、お礼を言うアンジュ。そこへ牛頭鬼が紅茶を持ち、現れる。

「お待たせ。良いのが出来たぞ。」

「ふふ・・。そうかい。こっちも終わったとこ。」


「・・・・。」

 出された紅茶をちびちびと飲むアンジュ。談笑する二人を前に、会話に入れず少し気まずく思う。

「どうだい?味は。」

「は、はい。美味しいです。」

「それは良かった。これはダージリンと言ってね。私はこの香りが大好きなんだ。色合いも綺麗だろ?目で楽しみ、鼻で楽しみ、舌で楽しむ。紅茶と言うのは実に奥が深い。」

 お茶の話になると饒舌になる牛頭鬼。

「そうだ、牛頭鬼様。『麦茶』って知ってますか?」

「ん?ああ、あれも美味いな。だが、淹れ立てを楽しむものでは無い。」

「ふふ・・。こいつはね、こういう雰囲気を楽しみたいんだよ。麦茶と言うのは冷やしてグビグビ飲むようなものだ。アンジュ、誰から麦茶を聞いたんだい?」

 カップから口を離し、目を細めて優しく話しかけるイザナミ。思わず緊張してその問いに答える。

「えっと・・パートナーの弥太郎から。お茶にも色んな種類があるらしく、弥太郎が『飲みたい』と言っていたからどんなものか興味があって・・・。」

「なるほど。こういうお茶よりもアンジュは麦茶の方が合うかもね。分かった、今度来る時までに麦茶を用意しておこう。」

「本当ですか?」

「ああ、本当だ。麦茶なら私にも作れる。あの香ばしい味が好きな人間も多いからね。もちろん、わたしも麦茶は好きだ。たまにはそういうお茶会も良いな。」

 イザナミの言葉に胸を弾ませる。水しか飲んだ事の無いアンジュ。未知の味を思い浮かべ、心を弾ませる。

「そういえば、君はシンを倒したそうだね。」

 紅茶を飲むカップを置き、視線をアンジュに向ける牛頭鬼。

「あ、はい。」

「気付いただろうが、パートナーである人間と君たちは繋がっている。」

「やっぱり・・・。」

「驚かないようだね。」

「察しはついていましたから。実際、目の当たりにすると酷い物でしたが。シンも気付いていたとは思います。だから、あそこまで必死に望月を助けようとしたのだと。」

「・・・騙されたと思ったかね?」

「・・・いえ。シンに対しても、自分が望んだ事と言う思いしか出て来ません。決められたルールで戦い、その結果死んだ。それだけの話です。」

「ふむ。・・・やはりここが人間との違いだろうな。」

「え?」

「人間ならば『騙された』という思いが強いのであろう。シンに対しても、今の君以上に『仲間を殺された』と言う考えが強く、説明をしなかった私に感情をぶつけ、怒りの矛先を向けるであろう。もし殺されたシンが人間ならば、彼も私を恨むであろうな。」

「そうなのですか?説明が無かったとはいえ、ただで終わるゲームだとは思えませんのでこれくらいは覚悟していましたが。」

「考えが違うのだよ。君にとって些細な事でも騙された事実は発生する。『自分が騙されたなら、騙した方が悪い』。『自分が傷つけられたならば、傷付けた奴が悪い』。そして、同等では納まらない。過剰なまでに相手を追い込み、屈辱を与える事を望む。それが恨み。そして、それが人間だ。」

「・・・そうだね。そして、私達はその感情が好きでこのゲームをやっている。アンジュ、そなたがこのゲーム、いや、人間が理解出来ない理由はそこだろうね。」

 牛頭鬼の説明に対し、イザナミが意見する。煙管に火を点け、紫色の煙を美味そうに味わい、勢いよく吐き出す。

「フーーッ。・・常識も感性も全く違う。人間の感情は自分達でも分からない。衝動的に内から湧いてくることもある。それを引き出すのがこのゲームの面白さ。お前は生き残りながら人間の本性を見ることになるだろうね。」

「それは、弥太郎の事ですか?」

「そうだよ。お前は目の付け所が良いね。あんな面白い素材を見つけ出すなんてさ。あいつも生き残るために戦っているだろうが、それを上回る目標がある。『浪岡』だ。」

「浪岡・・・。」

「アンジュ、お前も気付いてるだろ?この島には現世で関わりのある人間を招待している。あいつが居るとなっちゃあ、弥太郎も奴を殺すまで死ねないだろうね。そして、そいつを殺すとなれば・・・。」

「・・・どうなるんですか?」

「ふふふっ。恨みと言うのは増幅するもんでね。それが一気に解き放たれれば平常心ではいられない。自分たちでも気付かなかった感情が間欠泉の様に噴き出してくるだろうね。」

 煙を漂わせ、不敵な笑みでアンジュを見つめるイザナミ。何も知らないアンジュが、これから先に人間の恨みが爆発する瞬間を知ると思うと、笑いを堪えきれない。

「・・・失礼します。」

 イザナミの笑みに不快感を持ち、席を立つアンジュ。

「おや、もう行くのかい?」

「ええ・・。」

 バタンと扉を閉め、自室へと戻るアンジュ。イザナミの振る舞いに『やれやれ・・』と思いながら溜息を吐く牛頭鬼。

「君は相変わらずだね。」

「初々しいね。本来ならばアンジュはこのゲームに参加するべきじゃない。清々しいまでの悪魔だ。」

「まあな。」

「ただ、目の付け所は良い。アンジュは弥太郎にとっても最高のパートナーだ。それは実力的な意味では無く精神的な意味での話。弥太郎が必要な相手は、彼の濁った心を浄化してくれる人物だろうね。」

 伸びをして立ち上がるイザナミ。

「どうした?」

「ん?麦茶を取り寄せておかないとね。『約束』だから。」


 再びジオラマへと戻るガイアとカナンダ。

「さてと、休憩は終わり。島内には・・・ほう。二人減ったな。3人か。」

「俺達の様に帰還を使った奴もいるかもしれない。『最低でも3人』と言ったところか。最後に牛頭鬼の顔でもと思って部屋に入ろうとしたらロックが掛かってやがった。あの部屋、おそらく誰かが入ると他の部屋に鍵が掛かる仕組みになってやがる。」

 最後にイザナミが居るかと思い、牛頭鬼の部屋へと行こうとしたガイア。だが、外側から鍵が掛けられ、扉を開ける事が出来なかった。

「ふむ、という事は少なくとも一人は帰還を使ったという事か。推測ではあるが、肝に銘じておこう。シンとアンジュもどうなったかな。ここまで少人数になると、もう生き残ってない可能性もある。」

「心配か?」

「いや、そうなってくれるとこちらも都合が良い。能力がはっきりしている奴らを相手にすれば良いんじゃからな。とにかく、誰かを殺さなくてはならんな。」

「ああ。帰還の権利はもう無い。最低でも次の獲物を探すべきだな。」



「ふーん。あいつがそんなことをねえ。」

「ああ、勝ち残るのは自分達だと。あいつが言うと、あながち大口とも言えないが。ガイアは冷酷に徹した人間だ。死ぬまで信念を貫くだろう。」

 ガイアの言葉をイザナミに伝える。お茶請けのカステラを一口食べ、ゆっくりと紅茶を飲むイザナミ。

「・・・ガイアか。あいつも良い男ではあったが、違うんだよな。狂気を内心に抑えておくことが出来ない。元から人間と言うよりも獣に近かったからね。私が好きなのは『人間の皮を被った獣。』ちょっと当てはまらないね。」

「ふふっ。その獣の心とやらも本人が気付いて無い事が多いからな。」

「ん?人間の性格なんて初対面で分かるもんじゃないだろ?それは前回の若葉で思い知っただろ?」

「ははは。あの子は凄かったな。まさに『覚醒』という言葉が当てはまる。君はあの子が大好きだろう?」

「そうだね。女であるのが・・・いや、むしろ女だからこそ良かったのかもね。」

 前回の事を思い出し、話が盛り上がる。

おしとやかで内気な少女だった若葉。集団に守られて生き残っていた彼女は、最期の戦いで仲間を打ち殺し、相手が帰還の権利を得るのを阻止したり、小便を垂れ流し、緊張感をなくしたりと、今まで培ってきた理性や道徳を短時間で吹き飛ばし、見事なまでの『生への執着』を見せた。

「ああいう瞬間を見せるから人間は面白いんだ。最初から剥き出しなのとはちょっと違う。」

「だが、今回の人間はすでに覚醒している。殺意の無い人間は残念ながら居ない。」

「うーん。イマイチ私が乗れない理由は、それかも知れないね。聞けば望月とか言う人間が死んだ映像が撮れてないそうじゃないか。」

「ああ、あれは申し訳ない。アンジュが妖術を使ったんだ。ジオラマの中にジオラマを作ってな。さすがにあの中は覗けない。」

「ふふっ。あんたが持ってきたあの子の作ったジオラマ、面白いよ。」

 以前、ナラカでアンジュと話した時、実際に使おうとしたジオラマを見せてもらった。小さいながらも話のネタになると思った牛頭鬼はアンジュからそのジオラマを貰い受けた。

「物作りと言うのは、その子の性格が出るからね。現実では考えられない色の塗り方。世界を知らないあの子が必死に思い描いて作ったんだろうね。それでいて、妥協を知らない几帳面な作り。実に健気だったよ。」

「気に入ってもらえて嬉しいよ。そういう子をメチャクチャにしたい方かい?」

「いや、私はそうされるのを見ていたい方かな?」

「ふふっ。君らしいな。」

 

 小高い山に待機し、携帯の画面を見つめる少女、『由紀子』。ジオラマに飛ばされて、この山を見つけてから、彼女はこの山から出ていない。ひたすらこの山を根城にし、周辺を知る事だけに時間を費やした。

 彼女の縄張りとなってから、この山に来たのは二人。いや、正確には一組。人間とは思えない異様な姿をした男と、そいつの仲間と思われる男。地形を熟知した彼女は絶好のポジションへと誘い込み、攻撃を仕掛けて難を逃れた。

「誰か・・来る。」

 この山への3人目の訪問者。肝を冷やしながらも、少しの期待感が彼女にはあった。それは、由紀子が一番愛する人物。

 警戒しながらも、様子を見に行く。小石を握りしめ、携帯の画面を確認する。こちらの接近に気付いているのか、搖動を仕掛けようとしたその時。

「おーい!!」

「!・・・その声は。」

 久しぶりに聞く声。由紀子の心臓が高鳴り、自然と涙が溢れだす。

「・・・秀一。」

「良かった、無事だったか。」

 

「・・・へえ。俺達を甦らせたのは、そういう事か。」

「二度目のチャンスだ。ただ、ラストチャンスと知りたまえ。これで負けたら魂が持たない。そうなれば、魂は潰れ、君たちの存在は完全に消える。」

 牛頭鬼の説明を真剣に聞く男。『宇喜島うきしま 秀一しゅういち

「恋人とのペアだ。悪くは無いだろ?」

前回の戦いで負けてから、二人は拷問を受け続け、その精神を破壊された。だが今回、戦いに使用するため特別に牛頭鬼が二人の精神を治し、参加する事となった。

 自分の体に磁石の様にくっつき離れようとしない由紀子。彼女の頭を優しく撫で、彼女への想いを再確認する。


「・・・今回も願いは叶うのか?」

「もちろん。優勝すれば君たちは自由。現世に戻るも、この苦しみから逃れるも思いのまま。少なくとも、地獄からは出たいだろ?」

「そりゃあ・・な。俺達に拒否権は無い。参加はさせてもらう。」

「ならば決まりだ。君たちの幸運を祈る。・・・ああ、それから。前回、君たちを葬ったあの男。確か、藤村ガイア君と言ったかな。彼も参戦している。」

「ガイアが!?」

「そう。遺恨はあるだろ?復讐したければするがいい。まあ、どちらか生き残っていればの話だが。」



「怪我は無かった?」

「ああ・・。逃げ回ってたからな。戦う事は無かったよ。」

 秀一の身を気遣う由紀子。『負けたら終わり』。彼女達には、もうこのゲームで生き残るしか道は残されていない。

「この世界の事が大体分かったよ。森や山と言った自然に囲まれているが、一つ、人工物がある。廃墟ではあるが、なかなか大きい。」

「それなら分かるわ。あれでしょ?」

 山頂から見える大きな建物。この山に来て、ふもとを見下ろした時、視界に入る人工物を由紀子は不思議には思っていた。

「ああ、あれだ。索敵で見て分かる通り、あれだけでかい建造物だが、目立ちすぎて、誰も根城にしようとはしない。今更だが、あそこを俺達の根城にする。」

「どういうこと?」

「他の奴らをあの建物に誘い込む。それにはこいつを最大限に利用させてもらう。」

 携帯を見せ、索敵画面を表示する秀一。

「それを?どういう風に?」

「見て気付かないか?俺達は今、ここに居る。つまり、これが俺達のマーク。二人が近距離過ぎると、マークが一つで表示されてしまうんだ。」

 秀一の差した印を見る。確かに表示されている印は一つ。少しもずれる事無く、綺麗な円が映されているだけ。

「これからは二人で行動するって事?敵が襲ってくるまで。」

「ああ・・・。お前もよく耐えてくれた。この戦い、勝って絶対に元の世界に戻ろう。ここでの悪夢を忘れて・・・。」

「ええ・・。」

 見つめ合い、ゆっくりと由紀子の唇にキスをする。目を閉じ、彼女はそれを受け入れる。優しく彼女の体を自分の体に引き寄せ、由紀子の華奢な体を抱きしめる。

 いつ以来だろう・・忘れかけていた彼の腕の締め付けを体が思い出す。その時・・・。

「!!」

 思わず身を離し、彼の抱擁を拒否する由紀子。彼女の予想外の行動に、驚く秀一。

「あ・・・ごめん。」

 秀一の視線を受け入れる事が出来ず、逃げるように下を向く由紀子。その言葉と行動で彼女が拒絶した理由に気付く。

(・・・そういう事か。)

「・・いや、いい。ちょっと唐突だったな。ゆっくり慣れていこう。」

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