浪岡
ベッドの上に腰を落とし、ゆっくりと倒れ込む。やわらかい布団に身を預け、呆然と起きた事を振り返る。
『浪岡 稔』
「まず、一人か。」
索敵によりすべての人間の居場所が分かる。そして、身近に居た一人の中年男性を殺した。その男は携帯を使いこなせなかったのだろう。浪岡に気付いた様子も無く、隙だらけのまま死ぬこととなった。
「結構簡単だったな。毎回、こううまくも行かないだろうけど。それにしても、最後に現れた奴。索敵だと一人の筈だったんだが。表示された印が重なってたのか?二人居たな。」
姿ははっきりと見えなかった。だが、戦闘中に『ギャーギャー』と聞こえてきた声は男と女の二人。しかも女の方は子供の様に幼く高い声だった。
「まあ、気にしても仕方ないか。それよりも・・・久々の殺人だったな。」
昔の事を思い出す。不登校で家にこもりがちだった彼が気になっていた一人の女性。その女性は同じマンションに住み、たまに擦れ違うだけの他人と言う存在。
長い髪が印象的で人の手で作られたかの様に整った顔。そして、擦れ違いざまに香るほのかな匂い。香水ではなく彼女自身の匂いだった。
ある日、浪岡は偶然にも女性が帰宅する姿を目撃する。そして、居場所を知った彼は自室のベッドの中で煩悶する。
『知ってしまった・・・彼女の居場所を・・。あの女性に触りたい・・・。そして、自分の体を押し付け、願望の限りをぶちまけたい。』
よからぬ考えが頭を巡り、理性や、今まで習ってきた道徳も全てが頭から追い出される。欲望だけが脳内を支配し、それから暫くして、彼はその欲望を実行する。
次の日、包丁を片手に女性の部屋のインターフォンを鳴らす浪岡。数秒後、閉ざされていた扉は簡単に開いた。無理矢理に中へと入り、包丁を突き付け、女性を脅迫する。綺麗なまま事に運びたい浪岡にとって、彼女を傷付ける事は避けたかった。そして、彼が思い描いた通り、刃物一つで彼女は怯え、あっさりと抵抗することを止めた。おとなしくなった彼女に対し、欲望をぶつけだす。
だが、ここで一つ問題が起きる。物音を聞きつけた娘にその姿を見られてしまう。母親が見知らぬ男に押し倒され、暴行を受けていると知った娘は大声で泣き出し、あろうことか浪岡に襲いかかった。
非力な子供の抵抗に一瞬焦りながらも、浪岡はそれを払いのける。だが、娘が泣き止む事は無い。大声で力の限り泣き叫び、その声は部屋の中だけでは納まりきらない。他人に通報される事を恐れた彼は、子供の口を閉ざそうとする。
「やめて!!」
浪岡の考えを知った彼女は必死に彼の足にしがみ付く。娘の危機を救うために抵抗を見せる母親。だが、浪岡にとってはただのうるさい小娘でしかない。罪を犯す覚悟だった彼にためらいは無かった。娘の細い首に手を掛け、徐々に力を入れる。小さな体が動かなくなり、次第に喚き声が止まる。
娘の死を知り、泣き叫ぶ母親。そして亡骸となった娘を見て、浪岡は我に返る。
(殺ってしまった・・・。)
娘の口を閉ざす事に夢中になりすぎ、自分が犯した事の重大さに気付く。正気に戻った彼であったが一人殺してしまった事を知り、再び頭が混乱する。そして彼の頭に状況を打開する一つの答えが浮かび上がる。
『とりあえず彼女を殺すか』
少なくとも目撃者である女性は生かしては置けない。包丁を拾い上げ、彼女の体を滅多刺しにする。泣き叫びながら血まみれになっていく女性。
『殺らなきゃ捕まる』
彼にブレーキは存在しない。機械の様に感情の無い動きで女性の体に包丁を突き刺す浪岡。そして、動かなく彼女を見てその場を後にする。一目散に部屋に帰った彼は服を脱ぎ、洗濯機を回す。シャワーを浴びながら自分の犯した罪を振り返る。
「二人・・・殺してしまった。」
あの部屋で起きたことが脳から離れずにガタガタと体が震える。娘の亡骸、血まみれで倒れる憧れの女性。残虐な光景でありながら、血まみれになった彼女を思い出し、自分のイチモツが何故か興奮している事に気付く。
「は・・はは・・。いや、そんな事より証拠だ。大丈夫。目撃はされてない筈だ。」
証拠が無いことを祈り、彼は再び日常へと戻る。
・・・数日後、浪岡はあっさりと捕まる事となる。元々サラリーマンの多いこの地域で昼下がりに行動できる者は限られていた。また、現場に毛髪や指紋が残されていた事、そして狂気の包丁も台所から見つかった事から証拠も揃い、彼は身柄を拘束される。
警察の取り調べに対し、彼はこう述べている。
「取り返しのつかない事をしてしまった。遺族の方に申し訳ない。」
とりあえずの謝罪。だが、この『とりあえず』が大事だと言う事を彼は知っていた。『このまま大人しく同じ言葉を述べていれば軽い罪で済む』と・・・。
少年法が適用された事と、『更生の可能性あり』と判断された事から浪岡には懲役6年が下される。裁判所での判決を聞いた時、彼は神妙な面持ちで裁判官からの判決を聞いていた。だがあの時、裁判所と言う緊迫した場所で無かったら彼は喜びを抑えきれなかったであろう。
人にどう思われようが彼は自分の事しか考えない。この自己中心的な性格が今回のゲームでどう作用するかは分からない。だが、他者を無価値と判断するこの性格は、一人で生き残る事を求められた、このゲームにとって重要な物である。
あの日以来の高揚感を持ったまま、浪岡は暫しの眠りにつく。




