突撃! 神社の昼ご飯!
早苗が霊夢にお肉を差し入れするお話。
霊夢×早苗のRCLです。
どうしたものか、それすら解らない。ただただ悩む。そんな時を暫し過ごしていた。
「霊夢さん……」
「早苗、大問題よ。この私ですら、この難題は解くことが出来ないわ」
不安そうな表情を浮かべ、霊夢を見る。その霊夢は難しい面持ちで、うーんと唸っていた。
二人が立っているのはお勝手である。正面には竈があり、その中では火がぱちぱちと爆ぜている。そんな中、手にはフライパンが握られている。
「はてさて、この一枚だけある鶏肉を、焼くか揚げるか、どうしたものかしら」
そう。そんな些細な問題である。
今は丁度お昼時。遊びに来た早苗が、夕飯の残りと持ってきたのが生の鶏肉(胸肉)一枚だった。それを見た霊夢は目を丸くして、『た、蛋白質!!』と叫ぶ。そして、その調理法で悩んでいるのである。
実際、霊夢にとっては大問題であった。
焼くのであれば、大した問題はない。少量の油をひき、皮目がぱりっとなる様に仕上げる。下味に塩を振り、仕上げに醤油と酒を煮詰めたものをかけて出来上がり。季節柄、大根おろしなんかを添えるとさっぱりして食べやすく、ご飯のおかずにも持って来いだろう。特に難しいこともないので、ごくごく手軽と言ったところだ。
対して、揚げるとなると少々の問題が出てくる。そう、油である。
焼くことと違い、揚げるとなると相当の油が必要になる。今の博麗神社の台所事情を鑑みると、小麦粉を付けて揚げることは可能である。焼いただけでは淡泊で少し味気ない胸肉が、揚げることによって油のこくを纏い、重厚感ある食べ応えになる。からっと揚がった胸肉に、醤油と酢を混ぜたものにみじん切りにした葱を加え、南蛮として揚げたての肉にかけるとじゅっという音を立てて、衣にソースが染み込んでいく。それはさぞ、食欲中枢を刺激し、満足感を誘うことだろう。
しかし、である。
霊夢の嗜好的には焼き物より揚げ物の方が好きということがある。だが、如何せん揚げるには元手が掛かり、逼迫している家計が更に追い込まれることは間違いない。それでも、揚げ物が食べたい。そんな葛藤が、霊夢を極端に悩ませていた。だからこそ、火を付ける間に結論が出るだろうと髙を括るも失敗し、フライパン片手に悩む結果になっていたのだ。
「そ、そうだ。一口大に切って唐揚げにするのは如何でしょう?」
「却下。唐揚げはもも肉で作る物よ。あのからっと揚がった衣と中からしみ出てくる肉汁が堪らないのよ。それに唐揚げを作るなら胡椒とかが欲しいところだけど、あいにく切らしてるから」
「わ、私が胸肉を持ってきたことがいけなかったのでしょうか?」
「早苗、落ち着いて。これは私にとって十日ぶりの蛋白質なのよ。それを持ってきてくれたあなたに責任なんてこれっぽっちもないわ。問題なのは揚げ物を諦めきれない、私の未熟な心よ……」
「いや、そんなに悩まなくても……。それに神社に帰ったらもう少しストックしたお肉がありますから、それを持ってきたら」
「ストーップ! もう口火は切って落とされたのよ」
「口火って……」
「もう竈に火入れをしているじゃない! 今からあなたが取りに帰るとこの火が無駄になってしまう。そんな勿体ないことは出来ないわ! さぁ! フライパンを火にかけるわよ!」
「えぇっ? 調理法は決まったんですか?」
「そんなもの、フライパンが暖かくなるまでに決められるわよ!」
霊夢はそう言うと、ガチャンと音を立てながらフライパンを竈に据えた。僅かに付いた水滴がじゅうじゅうと音を立てる。その中で、霊夢は油が入った容器を手に取った。
「あ」
「どうしたの早苗。もう私は止まらないわよ」
「真ん中を取るのは如何でしょうか? 衣は付ける。でも油で揚げない。そんな調理法です」
「何よ。そんな中途半端な料理があるの?」
「ありますよ。カツレツというのですが、そうですね……。油をそこから一センチくらい引いて暖めておいて貰えますか?」
「一センチ?それだと鶏肉が隠れないじゃない」
「揚げ焼きという調理法です。油が温まる間に私は衣を付けておきますので」
すると早苗は棚からボールを取り出し、そして躊躇なく――
「あーっ! 貴重な卵をーー!」
「えっ! 卵もないんですか? でも割っちゃったんで諦めて下さい」
反省する様子もなく、早苗は卵をかき混ぜて、小麦粉、卵と付けていく。だが、次に付けるはずのパン粉が見当たらない。
「霊夢さん。パン粉はないんですか?」
「パン粉なんてものはないわよ。早苗、油が良い感じになってきたわよ。急いで」
「急いでって言われてもパン粉がないんじゃ……。あ、そうだ。代わりにこれを」
「そんなものを使うの? まぁそれは安いから良いけど……」
「粉々に砕いて、鶏肉にまぶして、と。なら、揚げ焼きにしますよ」
揚げ物特有のジューッという音を立てて、鶏肉は水たまりならぬ油たまりにダイブした。温度も丁度良いのか泡が衣から吹き出し、パチパチという音を立てる。これだけで、美味しそうだ。
「でも早苗。これだと火が通りにくいんじゃない?」
「大丈夫です。このままフタをします。そして中火くらいでじっくりと火を通して、衣をかりっと揚げていきます。あれがかりっとなるかは解りませんが……」
「後は南無三ってところね。なら、かけるソースを作っておきましょう」
「そうですね。まずはお酢を軽く煮立たせて酸味を飛ばした後、醤油と砂糖で味付けして、後は片栗粉でとろみを付けたら良いですかね」
「そうね。丁度貰った長ネギがあるから、私は白髪葱でも作っておくわ」
各々作業を進めて、数分が経った頃。
「早苗、そろそろひっくり返しても良いんじゃない?」
「そうですね。ひっくり返しましょうか」
そう言ってフタを開けると、鶏肉独特の甘い匂いが立ち上って、辺りを包んだ。それだけで、霊夢の目が輝く。その横顔を満足げに見た早苗は、菜箸を取り出して鶏肉をひっくり返した。
衣は綺麗にきつね色に仕上がり、見るからにさくさくとしていそうな風合いを見せている。思いの外、思いつきで使った衣が上手にいったと、早苗は心の中で思った。
「お、美味しそうじゃない……!」
「そうですね。粗い衣がさくさくしてそうで、美味しそうですね!」
「それじゃ、フタはしない方が良いかしらね。さくさくがなくなってしまいそうだし」
「そうですね。お肉の厚さからして十分に火が通っているでしょうから、後は焼き色を付けるだけで十分でしょう。ソースは順調ですか?」
「ばっちりよ。南蛮のソースは出来ているし、白髪葱も後は水を切るだけで乗せられるわ。完璧ね」
そう言う霊夢は、手で口を拭った。涎が垂れていたのだろうか、頬には若干水を擦ったような跡がある。
それを早苗は微笑みながら見て、フライパンを竈から下ろした。そして中のパチパチと音を立てる鶏肉をまな板に移すと、包丁で小口に切り分けていく。
さくっさくっという小気味よい音が辺りに響く。そしてその鶏肉を皿に取り、抜群のタイミングで霊夢が南蛮ソースをかける。じゅうっという音がした後に、衣にソースが染み込んでいく様を見て、霊夢は生唾を飲んだ。
最後に白髪葱を乗せる。やや黒っぽい素焼きの皿に、きつね色の鶏肉。そして真っ白な白髪葱。見事なコントラストに霊夢は見取れてすらいる。
「さ、霊夢さん。温かい内に運んでしまって、食べて下さい」
「何言ってるのよ。早苗も食べるわよ!」
「え、だって私はお邪魔虫ですし」
「ええい、良いから! お櫃はそこにあるわ。少ないけどご飯をよそって、居間に来なさい」
「……はい」
早苗はクスリと笑うと、お櫃のフタを開けた。そこには雑穀米が入っており、霊夢が切り詰めて生活をしているのが手に取るようにわかる。今度は慈しむように微笑むと、しゃもじを取り出して、茶碗によそった。
「いただきまーす!」
その掛け声を皮切りに、霊夢は鶏肉を豪快にご飯に乗せると、がつがつとかき込むように食べ始める。
「う……うまーい! 久しぶりの揚げ物、本当に美味しいわ。それにこの衣が憎いわね。パン粉とは違った食感なんだけど、何だかぱりぱりしていて、とっても美味しいわ」
「そうですね。たまたま目に付いたお麩を砕いて付けてみたんですけど、正解でしたね」
その言葉を聞いてか聞かずか、霊夢はまた口いっぱいにご飯を頬張っている。その本当に美味しそうな食べっぷりを見て、早苗は優しい笑顔を浮かべるのだった。
博麗神社のお昼ご飯、また何かお裾分けにやってこようと、思ったのは早苗だけではなかったのだった。