雪だるまごっこ
今回はレティ・ホワイトロックと封獣ぬえのお話です。
雪原の中で見た雪だるまに興味を持ったレティ。それに話しかけてみると……?
「あなた、こんな所で何をしているの?」
「雪だるまごっこ」
吹雪舞う日中、明らかに怪しげな雪だるまがあった為、思わず声を掛けてしまった。それは全身を雪に覆われている訳ではなく、身体の片側だけ雪を纏った、それも吹雪によって雪をぶつけられたように固まっている雪だるまである。その雪だるまの中身は膝を抱え込んだまま、虚ろな視線をこちらに向ける鵺と呼ばれる妖怪であった。
「なら、私も雪だるまごっこをしようかしら。何だか面白そうだし」
「……どうぞ、ご勝手に」
そんなこんなで、暫くそうやって過ごしていた。
しかし私は雪女。相手は鵺。結論が出るのは早かった。
「……寒っ!」
「仕方ないじゃない。私の役目は吹雪を起こして人間を凍らせること。雅な都から生まれた貴女じゃ、耐えることは出来ないわ」
「そうだよなー。真冬の雪女に適う奴なんて、そんなにいないもんな。それにしても寒い。まるで、芯から凍り付くような寒さ」
「褒め言葉をありがとう。それにしても貴女、こんな所で一体何をしていたの?」
「……雪だるまごっこ」
「そう、なら私も雪だるまごっこを続けようかしら」
「だーもう、寒いのは勘弁だよ。理由を言えば良いんだろ、理由を」
片側に溜まった雪をかなぐり捨てて、鵺は立ち上がった。それを見て、強めていた冷気を落ち着かせる。雪はちらちらと舞う程度になった。
「最近出来た寺があるだろ? そこの住職やってる白蓮って奴と……けんか、したんだ」
「それで?」
「確かに白蓮の言っていることは解るよ。でも、私が意見をさっぱり聞かずにただ自分の意見を押しつけてくることに、腹が立ったんだ」
「へぇ。そうなんだ」
鵺は正体不明の妖怪。正体不明であることこそが、鵺である証。故に、今の私からは、雪が積もった雪だるまにしか彼女のことを認識することは出来ない。しかし雰囲気や妖気から、鵺であることは解る。鵺とは、そういうものだ。
そんな鵺が、対人関係で悩んでいるとは珍しい。正体不明だけあって、人を騙すのが性分のはず。それに逆らって、白蓮という人物と意見交換が出来なかったと言うだけでこの拗ねようである。さてさて、これからどう話を進めていくか、考えどころである。
「でも、その白蓮って人も、貴女に強く伝えたかったから貴女の意見を無視したんじゃないの?」
「確かに、そうかもしれないけど……。でも、私には私の考えがあって」
「誰しも考えはあるわ。そう、例えば妖精にでも。でも、その意見が必ず通るとは限らない。そうね。昔、幻想郷に春が来ない事件があったのだけれど、その時は春を誰かが集めていたみたいだった。まるで天国だったわ。私達の力は使い放題。春眠どころか夏眠すらしないで良いかもしれない。そんな事まで考えていた」
「その事件はあのお目出たい巫女から聞いたことがあるよ。確かにあんたにとっては、正しく天国だっただろうな」
「そう。でも、そんな天国も長くは続かなかった。異変は解決され、間もなく幻想郷に春が訪れた。人生なんてそんなもんなのよ。結局、願っても祈っても、その通りにはなりはしない。貴女の意見も、そんな自分勝手が含まれていたんじゃなくて?」
鵺は暫く黙ったままだった。再び膝を抱え込むように座り直した後、ぽつり、ぽつりと話し始める。
「正体を、見せようと思ったんだ」
その言葉に、正直驚いた。鵺が正体を見せるとは、正体不明という自分の存在を消し去るということである。それは能力の失効を意味し、仮に姿を見せたのがその人だけであったとしても、弱点になることは間違いない。わざわざそんな弱点を作る必要が何故あったのか。
……ただ、私には何となく想像が出来た。
「そうね。チルノって言う妖精をご存じかしら」
「チルノ……?」
「氷の妖精をやっている、馬鹿で可愛い子。きっとその子ならこういうはずね。『わざわざさいきょーじゃなくなる必要なんてないじゃない』ってね」
「最強、か。最強なんて、疲れるだけなのにね」
「そうかしら? 格好良いじゃない、最強って。私には季節に左右されるという致命的な弱点がある。それに比べれば最強には弱点という弱点がない。それはとても素敵なことよ。でも、最強にも色々ある。確かに貴女は強い。でも、弱点を既に持っている。果たして、その弱点を作ることが、本当に正しいことなのかしら」
「……その弱点を作ることが、本当に信頼されることなのだとしたら、それはきっと大事なことだと思う」
「信頼なんて、本当に脆弱なもの。ふとしたことで簡単に崩れ去ってしまう。そんなものの為に強さを捨てるなんて、それは正しいことなのかしら」
「崩れさせない為に、犠牲となることもあると思う」
「そんな犠牲を払うことを、その人は本当に望んでいるのかしら」
「……さっきから何か言いたげね。さっさと言ったらどうなの?」
「最強ってね、誰にも縋ることが出来ないの。自分の強さを糧に、生きていかなければならない。でも、それに憧れている人だっているかもしれない。もしもその白蓮って人が、貴女に最強を求めていたら、貴女のしていることは愚行になるんじゃないかしら」
雪だるまがぐらっと揺らめいた。それに伴って、張り付いていた雪がぽろぽろと崩れ落ちる。
「私、もう一回白蓮に会ってくる。どうなるかは解らないけど……」
「そうね、それが良いわ。行ってらっしゃい」
鵺は雪を纏ったまま巨大な鳳凰になって、飛び立って行った。雪を被る鳳凰というのも中々乙なものだと思いながら、私も立ち上がり、雪を払う。
……夏眠している間に、世間はだいぶ広くなっているようだ。少しばかり、あの子のように探検とやらをしても良いのかもしれない。もしかしたら面白いものが見られるかもしれないし、あの子に話してあげられることも増えるかもしれない。それはとても楽しいことで、最強のあの子にしてあげられる私からの些細な贈り物でもある。
ふぅ、と息を吐くと、白い霧がきらきらと光り棚引いて消えていく。それを見ていると、不意に後ろから声を掛けられた。
「レティ、こんな所で何をしているの? 雪だるまごっこ?」
「そうね、チルノ。雪だるまと雪だるまごっこをしていたの」
「雪だるまと? 雪だるまなんてそんなもの、どこにもないじゃない」
「その雪だるまは、鳥になって飛んでいったわ」
「すげぇ! 何それ! レティ、追いかけようよ!」
「ふふっ、そうね。追いかけて見ましょうか」
私達の季節は始まったばかりだ。少しくらい、この場所から離れるのも良いのかもしれない。それはきっと、私の弱点にはならないだろうから。
少しばかり吹雪を起こしながら、私達はゆっくりと人里へと向かうことにしたのだった。