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黒い殺意

 志賀の言葉を聞いた時、勇次の心に殺意が湧き上がった。

 ほんの一瞬ではあるが、置かれた状況、そしてやるべきことを忘れそうになった。その場で志賀に襲いかかりたいという衝動に駆られる。しかし、どうにか冷静さを保つ。

 そして、口を開いた。

「なあ……お前らは何のために、そんなことをしたんだよ?」

「何のためって……必要だからさ」

「婆ちゃんでなきゃダメだったのかよ……お前らにあの婆ちゃんの何が必要だって言うんだ……他の人間なら、どうしようが構わねえよ。でも……何であの婆ちゃんを……ソーニャはな、あの婆ちゃんが大好きだったんだぞ……あの婆ちゃん、いい奴だったんだぞ……わかってんのか、てめえらはよ……」

「わからないな。君は何を言っているんだい?」

「もういい。お前らが何者だろうと、俺は知らん。俺は……店にいる。来るんなら来てみろ。全員殺してやる」

「そうか。私も今は忙しくてね……いずれ店にお邪魔するかもしれない。私は今、君をどうこうする気はない。ただ……できれば今後、君とは仲良くしたいものだな」

 そう言うと、志賀は倒れている北条のそばにしゃがみこんだ。そして頬を叩き、意識を取り戻させようとしている。

 勇次は辺りの様子をうかがい、誰も来ないことを確かめると、その場から去って行った。

 本当は、その場で志賀を殺してやりたかった。だが、優先事項は他にある。何よりもまず、今はソーニャの安全を考える。ソーニャを守らなくてはならない。感情に任せて、下手な行動は取れないのだ。


 店に向かう途中、勇次はふと気づく。一般の人なら、こんな時にどうするのか……考えるまでもない。警察に電話して、助けを求めるのだ。

 街のチンピラだった頃、勇次にとって警察は敵でしかなかった。何かあったら、警察に助けを求めるという選択肢がなかったのだ。トラブルは全て、自力で解決してきた。今こそ、警察という組織を頼る時なのかもしれない。

 そこまで考えたが――

 ふと我に返り、あまりのバカバカしさに苦笑する。何と言って通報すればいいのだ? 村人が妙な奴らに種を植え付けられました、か? 仮にローマ法王がマスコミ集めて発表したとしても、誰も信じないであろう話だ。

 やはり、いつも通り自分で何とかするしかない。まずは、ソーニャを村から避難させる。そいつはカラタロウに頼もう。道路は封鎖されていると聞いたが、カラタロウなら空を飛び、ソーニャを街に運べる。

 そして……俺は村に残り、奴ら全員を殺す。

 婆ちゃんの仇は討たせてもらう。




 勇次は店に到着した。もう、コソコソする必要はない。連中にもバレているのだ。勇次は堂々と店に入って行った。

 店の中では、ミーコが人間の姿に変化し、テレビを見ながら酢漬けイカを食べている。周囲には小袋が散乱していた。彼女は入ってきた勇次の方をチラリと見たが、すぐテレビに視線を戻す。

「ソーニャは無事か?」

「無事だニャ……もう起きてるけど……布団から出てこないニャ。こんな時は、しばらくそっとしておくのが良いニャ」

「そうか……わかった。ところで、お前カラタロウと連絡とれるか?」

「難しいニャ……天狗はやたらプライドが高くて面倒な奴らだニャ。あたしが山に入って行ったら、何を言われるかわからないニャ。カラタロウは天狗の中でも変わり者だから、あたしたちと遊んでいたけどニャ……」

 ミーコは顔をしかめる。どうやら天狗という連中は、妖怪の中でも上位の階級に属するようだ。他の妖怪たちのことを下に見ているのかもしれない。

「ミーコ、頼む……カラタロウを連れて来てくれ。カラタロウにソーニャを街まで送って欲しいんだ。道路は土砂崩れで封鎖されている。ソーニャを魔歩呂町マボロチョウにいる母親の所に連れて行けるのは、カラタロウしかいない」

「えー……めんどくさいニャ」

「んだと……じゃ、さきイカとスルメもやる。だから行ってくれ。頼む」

「仕方ないニャ。でも、お前はどうするニャ」

「俺はここにいる。まずはソーニャを守る……そして、奴らを殺す。婆ちゃんに手を出したことを……後悔させてやるよ」


「ソーニャ、起きてるか」

 勇次は隣の部屋に入って行く。部屋の電気を点けると、ソーニャは布団の中に潜り込み、どういう状態なのか見ることができない。ただ、起きているのは確かなようだ。

「ソーニャ、起きろ」

 勇次はわざと乱暴な口調で言うと、掛け布団を強引に引き剥がした。

 うつろな目で虚空を見ているソーニャの顔が露になる。布団の中でも同じ表情のまま、じっとしていたのだろうか。彼女は両手で顔を隠しうつ伏せになるが、勇次は力ずくで布団から引き剥がし、強引に持ち上げる。そして居間に連れて行った。

「まずは、飯を食え。何でもいいから――」

「おばばは……どうなったの?」

 ソーニャは絞り出すような声を上げた。

「……知らなくていい」

「ねえ! おばばは?! おばばはどうなったの?」

 勇次の腕を掴み、凄まじい形相で勇次を睨みつけるソーニャ。

 勇次は一瞬、迷った。しかし――

「婆ちゃんは……お前の知っている婆ちゃんは死んだんだ。お前が会ったあれは……化け物だ。婆ちゃんは化け物になっちまった」


 あれから十年近く経った今でも、ソーニャははっきりと覚えている。

 凄まじい涙の雨を。そして、今も心から離れない悲しみを。その直後、勇次のかけてくれた厳しさと優しさの混じった言葉を。そして……彼らの存在が、どれだけ彼女の心を癒してくれたかを。


 号泣するソーニャ。

 彼女の姿を見て、勇次は何とも言えない気持ちになった。母親が死んだと聞かされた時でさえ、自分は涙を流さなかったのだ。その姿を見ているうち、勇次は自分と彼女とを分けるものの存在に気付かされた。

 だが、今は悲しんでいる状況ではないのだ。ソーニャだけは自分の命に換えても守る。それこそが、この村で数少ない知人だった弓子への、最後の恩返しだった。

「ソーニャ……気は済んだか。飯食うぞ」

 ソーニャが泣き崩れている間、勇次は食事の支度をしていた。そもそも、勇次は食事に対するこだわりがない。三食ずっと売れ残った駄菓子と、妖怪トリオが持ってきた魚や鳥や木の実だけで一月以上過ごすこともある。しかし、育ち盛りの女の子が相手ではそうもいかない。

 幸い、賞味期限切れ寸前の食パンとミーコに飲ませるための牛乳とカンタにあげるための胡瓜が残っていたので、適当に焼いたり刻んだりして、ちゃぶ台に並べる。センスのかけらもない料理だが、この際仕方ないのだ。

「ソーニャ、食べろ」

「……いらない」

「ソーニャ……俺もな、母親を亡くしているんだ」

「……知ってる」

「いいか……俺も悲しかった。父親が消え、母親が病気で死んだ。俺は物凄く悲しかったよ。毎日泣いた。泣き続けたよ。悲しいのは仕方ない。俺も悲しかったからな。でも、今は泣いている時じゃない。前に進まなきゃならないんだ。お前は婆ちゃんの分まで生きるんだ」

 言いながら、勇次は自分の言動が不愉快になってきた。母が死んで泣いたことなどない。ただただ、己の不運さを嘆くだけだったのだ。今でも、母に対し何の感情も抱いてはいない。当時抱いていた憎しみさえ、今は忘れてしまっている。なのに善人面して、嘘をペラペラと並べているのだ。

 だが、今は仕方ない。ソーニャに元気を出させる手段が、それくらいしか思い付かなかったのだ。

 勇次は言葉を続ける。

「俺は毎日泣き続けた。でもな、ここに来て大勢友だちができた。ソーニャに婆ちゃん、それにカンタとミーコとカラタロウ……ミーコは知ってるよな。さっきいた猫女だ」

「あの人何なの?」

 不意に言葉を発したソーニャ。どうやら、ミーコに興味を持っているらしい。表情もさっきまでと違い、わずかではあるが目に光が戻ってきている。この娘の好奇心をくすぐることにより、元気を出させることができるかもしれない。

「ミーコは妖怪だ。化け猫なんだよ。尻尾が二本あったろ? あれが化け猫の印だ。他にも、相撲が大好きな河童のカンタや、空飛ぶ鴉天狗のカラタロウがいるぜ。みんな俺の友だちだ。今日の夜、みんなをこの家に呼ぶよ。会わせてやる」

「ほんと!」

 ようやく、ソーニャの顔に明るさが戻った。

「ああ本当だ。だが、その前にパン食べるんだ」


 トーストを食べているソーニャの横で、勇次はまずスマホを取り出した。元より天涯孤独である勇次にとって、こんな時に連絡をとりたい人間などいるはずがない。とりあえずは、ソーニャの母に連絡しようと思いスマホを出したのだ。しかし、圏外になっている。これでは仕方ない。この辺りは電波状況が悪く、たびたび圏外になる。雪が降ると、テレビが映らないこともある。


 さて、どう動くか。まずは現在わかっていることをまとめてみよう。

 奴らは恐らく人間ではない。現在、村のどこかに潜んでいる。そして、村人の大半を支配している。種と呼ばれる何かによって。

 現在、村に通じる国道は大規模な土砂崩れのために通行止めだ。復旧には、少なくとも二日はかかる。

 今わかっているのは、それくらいのことしかなかった。

 ならば、もう少しを情報集めなくてはならない。奴らは何者なのか? どこに潜んでいるのか? 奴らの目的は何なのか? 

 そして情報集めに関しては、ミーコの方が上だ。しかし、ミーコはとにかく怠け者である。人間ならば、完全な引きこもりだろう。気が向かないことは一切やらない。情報集めなどより、家でスルメを食べながらソーニャのお守りをしてもらう方がいいだろう。


「勇次、これからどうするの?」

 ソーニャの不安そうな声を聞き、勇次は我に返る。まずは、ソーニャに今後どう動くかを説明しなくてはならない。

「いいかソーニャ。今夜、カラタロウが来る。鴉天狗だ。そいつに頼んで、お前をお母さんの所に送る。いいな?」

「お母さん……無理。忙しいんだけど。あたしがいるとお仕事できないって……言ってたんだけど……」

 ソーニャの母である京子は、魔歩呂町にあるキャバクラで働いている。母とは言っても、まだ二十代である。持ち前の美貌と客あしらいの上手さで、勤めているキャバクラでもトップクラスであるらしい。しかし、その地位を維持するために娘を弓子に預け、魔歩呂町にマンションを借りて一人暮らしをしているのだ。勇次もその話は聞いたことがある。

 しかし、今のソーニャの呟きにも似た言葉はあまりにも痛々しかった。

「んだと……ふざけやがって……」

 思わず、怒りのこもった声を出す。

 だが、その声はソーニャを怯えさせたようだ。体がビクンと反応し、震え出した。

「あ……ごめん。お前に怒ったわけじゃないんだ。いいよ、俺がきちんと言ってやる。カラタロウが来たらお母さんの所に連れて行ってもらえ。カラタロウは凄いぞ。でかい翼が付いてるんだ。毎日、キノコや栗や柿なんかを持ってきてくれる。いい奴だよ。ミーコが呼んできてくれるはずだ。もうしばらく待っていてくれ」


 しかし、勇次は落ち着かなかった。おかしくなった村人たちが、いつ襲ってくるか……それを考えると、家の中も安心できない。


 厄介だな……。

 こんな状態で、どう戦えばいいんだ。

 まったく、姿の見えない奴と戦うのが、こんなに面倒だったとはな……。

 昔やってたケンカなんざ、これに比べりゃ幼稚園のお遊戯以下だな。


 勇次はため息をつく。ソーニャも沈んだ顔でテレビを見ていた。普段のように、学校や友だちやアニメや漫画といったような話はしてこない。さっきから黙ったままである。

 暗く重苦しい雰囲気だ。しかし勇次はこんな時、どうすればいいのかわからない。ソーニャはさっきより元気にはなった。だが、それまでだ。軽口を叩き、場を明るくするような能力が勇次には無い。この時ばかりは、自分の口下手を呪いたくなった。

 そんな時、裏口の扉をひっかく音。

 そして――

「勇次、開けるニャ!大変だニャ!」

 ミーコの声である。山に行って、もう帰って来たのだろうか。そう言えば、ミーコは短い距離なら、車並みのスピードで走れるらしい。なら、行ってこれたとしても不思議ではない。


 しかし――

「カラタロウの奴、いなかったニャ! しかも、それだけじゃないニャ! 天狗たちはみんな、山からいなくなってるニャ! こんなの初めてだニャ! おかしいニャ!」

 ミーコは急いで入ってくるなり、猫の姿でまくしたてた。横で聞いているソーニャは興味津々という雰囲気だが、勇次は頭を抱えてしまう。カラタロウは、ソーニャ脱出作戦のキーマンである。そのカラタロウが来ないのでは、作戦の立て直しだ。

 だが、そんな悩む勇次とは対照的に――

「ね、ねえ……ミーコ……あたし、ソーニャっていうんだけど」

 一気に喋り終え、皿に入った牛乳を飲んでいるミーコに、恐る恐る話しかけるソーニャ。

「……なんだニャ小娘」

「凄い! 喋れるんだね……初めて見た」

「あのニャ……さっきお前を担いで、この家まで走ったニャ。忘れたかニャ」

「え、何それ……覚えてないんだけど……ねえねえ変身して!」

 ミーコはチラリと勇次を見た後、宙に飛び上がり一回転し、人間の姿に変化した。そしてソーニャの前で立ち上がる。

 うっとりした顔で、ミーコを見上げるソーニャ。

「す、凄い! ミーコ格好いい!」

「小娘、あたしは化け猫様だニャ。お前なんかよりずっと長く生きてるニャ。わかったニャ」

「わかった!」

「だったら、年長者は敬うニャ。まずは……チャンネルを変えるニャ」

「うん!」

 リモコンを持ち、あちこちチャンネルを変えているソーニャ。さっきまでの暗い顔つきが、嘘のように明るくなっている。

 勇次はその様子を見てホッとした。とりあえず、ミーコがいてくれればソーニャは大丈夫だろう。

 だが、カラタロウはどこに消えたのだ?

 そしてカラタロウがいないとなると……。

 別の計画を立てなきゃな……。





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