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黒い戦争

 空と宇宙の狭間……そこには、もう一つの世界がある。そこでは、人間によく似た者たちが暮らしており、独自の魔法文明を築き上げていた。

 この『狭間の世界』では太古の昔より、一部の魔道士たちによる儀式が行われていた。異世界――こちらの世界である――に魔法で移動し、一組の男女とその他大勢を連れて戻る。男女は女勇者と魔王として……その他大勢は魔王の手下の怪物として。そして魔王の役割を与えられた男は怪物を率い、各地を侵略する。だが、ある程度まで侵略されたところで美しい女勇者を投入し、怪物たちを退治し魔王を殺す……そんな英雄譚を作り出すことで、この世界はバランスを保ってきた。あくまで、一部の魔道士たちにとって都合の良いバランスだったが。

 そして、文明や文化などといった迷信――それに伴うであろう様々な概念――が人々の心に侵入するのを防いでいたのである。しかも異世界の人間は、なぜか高い魔力を持っている。勇者と魔王、そして怪物に仕立てるにはうってつけだ。

 こうして『狭間の世界』の魔道士たちは暗躍し、自分たちにとって都合のいいように全てを支配していたのだ。その魔道士たちの中には、自ら望んで異世界から『狭間の世界』に来た者もいた。彼らは、この世界の人たちが右往左往し、魔王とその配下の軍勢に怯え、そして美少女勇者が活躍するさまを高みから眺めている。まるで、シミュレーションゲームか何かを楽しむように……。




「なるほどねえ……一般大衆に魔王と怪物という憎むべき敵を作ってあげて、一方でそいつらを倒す正義の勇者を作り出す。そうしてあんたらの世界はガス抜きをしつつバランスを保ってたってワケか……恐れいったよ」

 勇次は吐き捨てるように言い放つ。怯えは全く感じられない。虚勢を張っている様子もない。一見すると平静に見える。だが……言葉の奥底には深い悲しみが感じられる。一方、志賀の方は取り乱し始めていた。彼にはどうしても理解できない。この状況で、なぜ平静でいられるのか……。

「そこまで知っているとはな……で、君は一体何がしたいんだ?」

「前にも言ったが、あんたらが他所で何しようが関係ない。だがな、あんたらは……やっちゃいけないことをやった。ここで怪物もろとも、全員死んでもらう」

「はあ?! 君はついに頭がおかしくなったか?! 勝ち目があるとでも……」

 だが、志賀は言葉を止めた。勇次を取り巻く空気が変化している。手で触れられるような何かに……これは空気ではない。妖気だ。それも、恐ろしく濃い……あいつと同じ。

「お、お前は……まさか……そんなはずは……お前は人間のはず……」

「俺もそう思ってたんだかな……残念ながら違ってたらしい」

 勇次の声は淡々としていた。だが同時に、溢れんばかりの悲しみを必死にこらえているかのようにも見える……そして、ソーニャの顔を見下ろす。

「ソーニャ……よく見ておくんだ。これが……俺のもう一つの顔だ」


 勇次は天を仰ぐ。次の瞬間、その口から発せられたのは――

 狼の遠吠えだった……。


 志賀は思わず呟く。

「そ、そんな……お前は……そんなはずは……」


 勇次のいたはずの場所に出現したもの……それは巨大な白い狼だった。体は牡牛と同じくらい大きく、透き通るような白い毛皮を身にまとったその姿は、日の光を浴び、ある種の神々しさに満ちている。さらに、その瞳には野性と知性が同居していた。だが、何よりも凄まじいのは、その妖気である。手で触れられそうなくらい濃くたちこめているのだ。

 そして、狼はカンタの方を向いた。

「カンタ……二人を頼んだぞ」

 まぎれもない、勇次の声だった。

「勇次……勇次なの……勇次なの?」

 呆然とした顔で呟くソーニャ。春樹もその横で硬直している。だが、その二人を素早く担ぎ上げた者がいる。カンタだ。

「勇次……任せな。お前は心おきなく戦え。さっさと全滅させて、後で一緒に胡瓜でも食おうぜ」

 カンタは二人を担いだまま、ジリジリと間合いを広げる。

 そして次の瞬間、ミーコが前に進み出た。勇次の横に立ち、志賀を睨みつける。と同時に、隠れていた野良猫たちが姿を現した。その数はもはや、肉眼で数えられるものではない。野良猫たちは怪物を取り囲むようかのように、じっくりと近づいて行く。

「お前らなんか放っておいても良かったんだけどニャ……勇次の敵は、あたしの敵だニャ」

 ミーコは残忍な目で、怪物たちを睨みつけた。

 次いでカラタロウが進み出る。その瞬間、校舎や物陰などに潜んでいた数百羽の鴉の群れが一斉に飛び立ち、校舎の屋根に止まる。その目は怪物たちに向けられており、今にも襲いかかりそうな雰囲気だ。

「大天狗様は間違っている……貴様らのような外敵と戦うのも我らの使命のはず……だから、俺は一族を抜けたのだ! 貴様らのような、この世界に仇なす者と戦うために……そして我が友に力を貸すために!」

「二人とも、お喋りはそこまでだ……こいつらを生かして帰すな」

 狼……いや、勇次の声。と同時に――

 勇次は白い巨体を踊らせ、怪物の群れに突進する。

 その直後、猫と鴉の群れが一斉に動く――

 人外同士の戦争が、幕を開けた。


 カンタは走った。地上での戦いでは、あの二人にはかなわない。だからこそ、子供たち二人を安全に森まで送り届ける役目を志願したのだ。

 カンタは防空壕の中に入る。中は暗闇だが、カンタの目には関係ない。しかし――

「カンタ止まって!」

 ソーニャの声。カンタは足を止めた。トンネルの中で二人を降ろす。

「勇次は……どうしちゃったの? ねえ?! 勇次は妖怪だったの?!」

「ああ……勇次は妖怪だったんだ。俺たちも……本人も……今まで知らなかったんだけどな……」

「そんな……」

 暗闇の中、へたりこむソーニャ。

「なあソーニャ……妖怪は嫌いか? 勇次が妖怪だから、嫌いになったか?」

 カンタは優しい口調で尋ねる。

「……ううん、妖怪でも人間でも関係ない……勇次は勇次だよ……ただ、驚いただけだから……」

「そうか……そう言ってくれて良かったよ……さあ、行こうぜソーニャ。早くここを出なきゃならない」

「勇次は……大丈夫?」

「ああ……あいつは忙しいんだ……後始末もしなきゃならないしな」


 ・・・


 ミーコは暴れ狂った。

 両手の鉤爪を振り回し、次々と周囲の怪物たちを薙ぎ倒していく。彼女の妖怪としての殺傷力……それがフルに発揮されていた。怪物たちもミーコを捕らえようと群がっていく。しかし、ミーコの素早い動きについていけず、逆に手痛い反撃を喰らう。しかも、傷つき弱った者には野良猫が集団で襲いかかり、確実に仕留めていく。

 ミーコの周囲には、怪物たちの死体の山が築かれていった……。


 カラタロウの働きもめざましい。空を縦横無尽に飛び回り、怪物たちに確実なダメージを与えていく。さらに、彼に支配された鴉たちは凶暴な野性を剥き出しにして、怪物たちに襲いかかる。鴉たちの集団の力は凄まじく、次々と怪物を仕留めていく……。


 だが、一番の殺戮者は勇次だった。彼の白い巨体が生物としては有り得ないスピードで動き、広いはずの校庭を一瞬で駆け抜けて行く。後に残るは怪物たちの死体。もはや抵抗さえできず、勇次の牙や爪の餌食となっていく怪物たち――

 そんな不利な状況を打開すべく、鉄巨人たちが投入された。鉄巨人たちはミーコやカラタロウには目もくれず、勇次めがけ襲いかかる。

 しかし勇次は怯まない。突進してくる鉄巨人めがけて飛び上がり――

 一体ずつ、首を噛み千切っていく……。

 鉄巨人はまるでブリキ人形か何かのように、一体ずつ首を千切られ……動きを止めていった。


 ついに、志賀は戦う覚悟を決めた。勇次を恐ろしい形相で睨みつける。そして彼は奇妙な言葉を呟きながら、人差し指を向けた。

 次の瞬間、指先から青い稲妻がほとばしり――

 勇次の体を撃った。

 だが、勇次は平然としている。

 志賀は驚愕の表情を浮かべた。だが彼は攻撃を止めない。さらに奇妙な言葉を呟き、そして掌を向ける。すると今度は火の玉が出現、勇次めがけ飛んでいくが――

 勇次の体を包む妖気に阻まれ、一瞬で消滅する。

「お、お前は……」

 志賀はようやく理解したのだ。目の前にいるのは、自らが魔法で創り出した怪物とは違う。本物なのだ。太古の昔には、神として奉られていた存在……そんなものを敵に廻してしまったのである。偶然、こちらの世界から『狭間の世界』にトリップし、得た力で好き勝手に生きてきた日々……だが、負けるかもしれない戦いなどしたことがなかったのだ。

 志賀の戦意は、一瞬で崩れ落ちた。恐怖のあまり我を忘れる。彼は今まで、厳しい環境の中、恐怖に耐えながら戦う必要などなかった。必死になったこともなかった。歯を食いしばり前進したこともなかった。ただ異世界にトリップした際に与えられた力で、一方的な殺戮を行う。しかも魔法による殺人には罪悪感がない。単純に自分が強者であることを確認できる……彼の今までしてきたことと言えば、それだけだった。


 そして、志賀は逃げ出した。彼は恥も外聞もなく、異世界への扉目指して走り出す――

 だが、勇次は一瞬にして追いつき、志賀を押し倒した。

「お前はもう終わりだ」

 志賀の最期に見たものは……白い牙であった。


 ・・・


 朝、ソーニャは布団の中で目を覚ました。傍らには春樹がいる。まだ目覚めていないらしい。母の京子もまだ眠っていた。京子の仕事は夜からだ。夜になると着飾って家を出ていく。

 お前たちは何をしに来たのだ? 口には出さないが、京子の目はそう告げていた。なぜ、こんなことになってしまったのか……声を出さずに、ソーニャは泣いた。


 カンタに連れられ、ソーニャと春樹は暗闇の中を歩いた。長い時間が経過し、長い距離を歩き続け、ようやくトンネルを抜ける。そこは森だった。先ほどの悪夢のような光景が、嘘のようにのどかな風景である。今までのことは夢だったのではないか、とさえ思ってしまいそうな……。

 だが突然、目の前に狼が現れた。白く巨大な体を揺らし、悠然と歩いて来る。

「勇次……勇次なの?! ねえ?!」

 ソーニャが叫んだ。そして近づいて行く。

 しかし次の瞬間、狼の姿が消える。代わりに現れたのは、険しい目をした中年男だった。

「ソーニャ、そして春樹……私は勇次の父だ。勇次に頼まれている。お前たち二人を、私の力で魔歩呂町まで移動させることにした。いいか、ここで起きたことは誰にも言ってはならん。口をつぐんでいるのだ。さもないと……お前たちの身に危険が及ぶことになる。いや、お前たちだけではない。お前たちの大切な人間にまで害が及ぶことになるのだ」


 狼の妖力で魔歩呂町に着くと同時に、ソーニャと春樹は母である京子の家に行った。そこで訴えた。弓子とケンカをして家出した、もう何日も帰ってない、泊めて欲しいと。京子はめんどくさそうな顔で言う。明日になったらお婆ちゃんに来てもらうから、二人で三日月村に帰れ、と……京子は心底、疲れた顔をしていた。




 ふと我に返るソーニャ。京子が目を覚ました。既に起きているソーニャの姿を見て顔を歪める。あまりにも露骨な表情。不快な気分を隠そうともしていない。京子はおはようも言わず、リビングにずかずか歩いて行き、テレビを点ける。

 すると――

 映し出されたのは魔歩呂警察署だ。いきなりのレポーターの絶叫。

(あ、出て来ました! 市松容疑者です! 市松容疑者です! 三日月村の大量殺人事件の犯人ではないかと言われている、市松勇次容疑者です!)

 次いで画面に現れたのは――

 手錠を掛けられ、虚ろな表情で大勢の警官に囲まれてパトカーに乗せられる勇次だった……。

「ちょ……ちょっと! 何よあれ! あんたどういう事! ねえ、どうなってんの?!」

 京子はわめきながら、ソーニャの小さな体を揺さぶる。彼女は昨日、実家に電話を掛けたが繋がらなかった。だが、明日になれば連絡がとれるだろうと思い、大して気にもしていなかったのだ。

 しかし、ソーニャは京子の手をはねのける。そして……怒りに満ちた目で、テレビ画面を睨む。

「違う……勇次は悪くない……違う! 勇次は悪くない! お前ら嘘つくな!」

 いきなり立ち上がり、テレビに怒鳴りつけるソーニャ。

 そして、外に飛び出して行った。





恐らく、次回で最終回となります。よろしければお付き合いください。


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