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黒い裏切り

「なんだと……おい春樹! どういうことだ!」

 わめきながら、勇次は部屋に飛び込む。確かにソーニャと恵美の姿がない。そして窓が開いている。しかし、誰かが侵入した形跡はない。となると……二人が自分から出たとしか思えない。だが、何のために? なぜ、自分から外に出るんだ? もしかして、外での戦いの気配に怯えて逃げ出したのか? 

「勇次! 鏡見ろニャ! せめて顔だけでも洗わんといけないニャ!」

 突然、ミーコの罵声がした。ふと気づく。自分は今、相手の返り血らしきものを大量に浴びているのだろう。春樹が自分を見て顔をひきつらせているのは、そのせいなのかもしれない。

 だが、今はそんなことを気にしている時ではないのだ。まず、ソーニャと恵美を探さなくてはならない。手遅れになる前に……。

「ミーコ、すまんが春樹を頼む。俺とカンタで二人を探す。そんなに遠くには行ってないだろ」

「わかったニャ……勇次、気を付けるニャ」


「カンタ! 二人がどこに行ったかわかるか?!」

 勇次は、飛び出して行くと同時にカンタに聞く。しかし、カンタは何も言わず走り出した。勇次は慌てて後を追う。だが、カンタの足はかなり早い。しかも林の中に飛び込んで行く。勇次は見失いそうになるが、必死で追いすがった。見失わないようにするのが精一杯だ。

 だが、林を抜けた川のほとり……そこでカンタが立ち止まった。向こうにソーニャがいるのが見える。その後ろに恵美がいるのも見えるが……。

 しかし、その状況は勇次の予想の斜め上をいくものだった。


「近づくな……近づいたらこいつを殺す……」

 恵美は右手に持ったカッターナイフを、ソーニャの首すじに当てていた。左手はソーニャの口をふさいでいる。ソーニャは両手を紐のようなもので縛られ、目には恐怖の色が浮かんでいた。

「恵美……お前、何やってんだよ……」

 カンタの唖然とした様子……そして間の抜けたような雰囲気の声。だが、勇次もそれは同じだった。なぜ、恵美がこんなことをしているのか……だが、次の瞬間――


 そうだよ……。

 この娘、初めから何もかもがおかしかったじゃねえか。

 山で大きな鴉を見たって言ってたな……だが、カラタロウは、こんなガキに姿を見られるほど間抜けじゃねえ。他の鴉天狗もだ。

 しかも、こいつの親は何者だよ? 

 どこで何してんだ?

 春樹の親は現れたのに、こいつの親はなぜ現れなかった?


「あんたたちさえいなきゃ……何もかも丸く収まってたんだよ……あんたみたいな犯罪者と……妖怪がしゃしゃり出てきたせいで……滅茶苦茶なんだよ! あんたのせいで! クソ!」

 恵美は二人を睨みつけ、わめきちらす。店にいた時のおとなしく、気弱な雰囲気が嘘のようだ。ソーニャを抱え、ジリジリと後退りする。

「お前は……一体何なんだよ? お前は人間だろうが? それとも――」

「勇次……恵美は人間だ。間違いなく人間だよ」

 カンタが呆然とした表情で、呟くように答えた。

「その河童の言う通り……あたしは人間さ。ただし二十八歳のね!」

「……」

 黙りこむ勇次。ただただ凄まじい形相でわめきちらしている恵美を見ていることしかできなかったのだ。二十八歳には絶対に見えない。だか言われてみれば、この娘には小学生とは思えない部分があったような気がする。そして、かつて読んだ本の中に、成長が止まってしまう病気について書かれたものがあったことを思い出した。

 そうだ……。

 聞いたことがある。

 ホルモンの異常で、体の成長が止まる病気があるらしい……。


「あんたさえいなきゃ……全ては丸く収まっていたんだよ! あんたさえ……」

 恵美はわめきながら、なおもソーニャを引きずって行く。カッターナイフが首すじに当たり、ちょっとした衝撃で傷ついてしまいそうだ。もし、こんな状況で頸動脈が切られたりしたら……恐らく助からないだろう。

「この……」

 勇次はもう一丁の拳銃を抜く。三島から託された物だ。しかし、自分にできるだろうか……前にいるソーニャを避け、恵美だけに当てるようなことが。いや、絶対に不可能だ。では、どうする……。

 その時、カンタが隣ににじり寄って来た。

 そして囁く。

「勇次……助けが来たぞ。あのバカ……遅いんだよ」

 勇次はその言葉の意味がわからず、カンタの顔を見た。

「な、何こそこそしてんだよ!」

 恵美が叫んだ瞬間――

 いきなり一羽の鴉が、恵美の後ろに舞い降りる。次の瞬間、巨大な人……いや、鴉天狗の姿に変わった。

「カラタロウ!」

 勇次は思わず叫ぶ。カラタロウは稲妻のような早さで、恵美の右手を掴み一気に持ち上げる。恵美は片手から吊り下げられた状態で、カラタロウの頭上に上げられた。同時にカンタが近づき、ソーニャを抱き止める。カラタロウは吊り上げた恵美の首に、左腕を巻きつけ――

 一気に絞め上げる。

 恵美は抵抗すらできず、一瞬にして意識を失った。


「恵美ちゃんに……外に出ようって言われて……嫌だって言ったら、いきなり後ろから首絞められて……気がついたら、ここに……」

 ソーニャはまだ体を震わせている。無理もないだろう。いきなり気絶させられ、気がついたら首にカッターを当てられて引きずられていたのだ。そして恵美は縛られ、気を失っている。まさか、この娘……いや女がスパイだったとは。

 だがそんなことは、カラタロウの口から出た言葉に比べれば大したものではなかった。

「大天狗様から聞いたのだが……奴らは空の向こうから来たらしいのだ」


 カラタロウの話によると……奴らは異邦人と名乗り、十年に一度くらいの割合で空から飛来してくる。そして、小さな村や集落――三日月村のような――に狙いをつけると、そこに種をばら蒔く。種は人体に侵入し、脳や神経に根を張り、その人間を支配するのだ。種は宿主となった人間の体内で芽を出し、成長していく……そしていつか、宿主を食い荒らし新たな生物となるのだ。勇次が見た、草人間や虫人間のような。

 異邦人はその新たな生物を連れ、また空に帰って行く。 後に残るものは……何十人もの行方不明の村人たち。時と場合によっては死体……。


「じゃあ、奴らはエイリアンだってのか……そう言えば、何十人もの村人が一夜にして消えた、みたいな話は世界各地にあるらしいが……」

 勇次は天を仰ぐ。よりによって、何で異邦人と名乗るエイリアンなんかに目を付けられるのだろう。十年に一度来るような奴らに……自分はただ、ここで静かに暮らしたかった。自分の望みはそれだけだったのに……。

「ところでカラタロウ、この女は何なんだ?」

 カンタは倒れている恵美を指差した。恵美は意識を失ったままだ。見た目は十二歳から……よくて十五歳か。とても二十八歳には見えない。昔、聞いたことがある。体の成長が止まってしまう病気がある、と。だが、それとエイリアン……いや異邦人がどう関わっているのか。

「恐らく……奴らの協力者だろう。人間の中には、奴らの協力者が大勢いるらしい。奴らは種を植え付ける以外にも、色々と活動しているらしいのだ」

 カラタロウは淡々とした口調で語る。相変わらず発音は少しおかしいが、それでも偉そうな言葉遣いは変わらない。勇次はふと、カラタロウの額に傷があることに気付く。十文字の傷。確か、別れ際にはなかったはずだ。

「カラタロウ、その額の傷はどうした?」

「これか……何でもない」

 カラタロウは言葉を濁した。妙な態度だ。勇次はその態度に引っかかるものを感じたが、それ以上は追及しなかった。今は他にやるべきことがある。そう、カラタロウが来てくれたのならば……。

「カラタロウ、お前に頼みがある――」

「勇次! カラタロウ! ヤバいのが近づいてる! 早いぞ!」

 突然、カンタが叫ぶ。と同時に、何かが空より落ちて来る。銀色に光る人型の何か……人間が金属製の鎧のようなものを着ているのだろうか。だが十メートルを超える位置から落下し、そして無事に着地しているのだ。確実に人間ではあるまい。身長は三メートル近く、頭部は奇怪なヘルメットのような物を被って……いや、付けている。生物というよりは鋼鉄製の巨人のようだ。

 あまりの出来事に呆然としている勇次の前で、鉄巨人は立ち上がった。

 そして、左の掌を勇次の方に向ける。

 次の瞬間――

「勇次! 避けろ!」

 叫び声、そしてカンタの体当たりが炸裂……鉄巨人はバランスを崩した。

そして、掌から放たれた光の弾丸……は勇次の頭上を超え、大木に命中――

 落雷のような爆発音。そして、命中した部分が消し炭と化す。

 だが、カンタは怯まなかった。凄まじいパワーで鉄巨人を押し続ける。ズルズルと下がる鉄巨人。もう少し押し続ければ、川が流れている。カンタは川まで一気に押し出そうとするが……。

 突然、カンタの突進が止まる。

 鉄巨人はカンタの突進を受け止め、そしてカンタの頭を掴み、片手で持ち上げた。

 だが――

「カンタを離せえええ!」

 叫び声と同時に、轟く銃声……勇次はリボルバーのトリガーを弾きながら突進して行く。弾丸は全て鉄巨人に命中した。

 にも関わらず、鉄巨人は平然と立っている。

 そして――

 鉄巨人はカンタを放り投げた。まるでぬいぐるみか何かのように、軽々と飛ばされるカンタ。そして鉄巨人は勇次の方を向いた。またしても、掌を突き出す。光り始める掌。

 だが、勇次はとっさに地面に伏せた。頭上を通過する光の弾丸。

 そして一気に間合いを詰める。

 次の瞬間、鉄巨人の左腕に飛びつく勇次。それと同時に両足で左肘を挟んで、両手で相手の左前腕を掴み――

 全身の力を解放させ、一瞬で肘関節を逆方向にねじ曲げ破壊する。

 鉄巨人の咆哮。肘関節を壊した手応え、さらに相手は明らかに苦痛を感じている。勇次は確信した。目の前にいるのは機械仕掛けの人形ではない。生身の何かだ。

「てめえ! エイリアンなのか!」

 勇次の罵声。だが、肘関節を破壊されているにも関わらず、鉄巨人は右手で勇次を掴み放り投げた。凄まじい力だ。勇次は軽々と飛ばされる。

 しかし次の瞬間、鉄巨人の腹に緑色の弾丸が炸裂――

 息を吹き返したカンタが突進したのだ。カンタは体当たりを喰らわし、さらに全身の力を集中させ押していく。鉄巨人はズルズル下がり、川の中に入る……。

 その時、川が凄まじい勢いで鉄巨人に襲いかかった――

 川の水が一瞬にして水かさを増し、一斉に生き物の如く襲いかかる。川では起こり得ないはずの高さの津波……そしていきなり激しくなる流れ。鉄巨人は突然の激流に呑まれ、沈んでいく。カンタも一緒に、水の中に消えていく。

 そして……鉄巨人の方は二度と浮かび上がってこなかった。


「水の中で、俺に勝てるとでも思ってんのかよ……」

 しばらくして上がって来たカンタの第一声は、勝ち誇っていた。勇次は改めてカンタの恐ろしさを思い知る。陸の上では、カンタの力は半分も発揮されていなかったのだ。

 だが、今はそんなことを考えている時ではない。カラタロウはソーニャを店まで連れて運んで行った。もうじき戻って来るだろう。まずは、恵美を叩き起こして情報を吐かせる。

「おい! 起きろ!」

 勇次は恵美の体を乱暴に揺さぶる。次いで、平手打ち。ややあって、恵美は意識を取り戻した。そして自らの置かれた状況に気付き……凄まじい形相で勇次を睨みつける。

 だが勇次は、そんな視線ごときには怯まない。もうすでに、何人もの人間の血が流れた。そしてこの先もまた、大勢の人間が……いや、かつて人間だった者が死ぬだろう。そして自分の両手と心は、村人たちの流した血のため真っ赤に染まってしまった。さらに……弓子を手にかけた罪悪感は一生消えることがないだろう。全ては異邦人と名乗るバカ共と……この女がもたらした災厄なのである。

「おいてめえ……知ってることを洗いざらい喋ってもらおうか……でないとどうなるか……わかってんだろうな」






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