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四春期  作者: 新庄
東野 将也
9/34

姉と弟2


 将也は驚いた。姉の趣味に。秘密に。上手さに。ケータイを見つめる真剣な目に。

 

 「イラストとか漫画が好きやねん。部屋に漫画は100冊以上ある」

「何持っとん」


 輝美が口にしたタイトルは少年漫画ばかりだった。そこは輝美らしかった。


 「知らんかった…」

「言ってへんからな。知ってんのは、美術部の子の数人」


 輝美の口ぶりからすると、友人には内緒にしているようだ。


 「美術の人は友達やないんやろ?」

「でも、絵はめっちゃ上手い人ら。資料とかも貸してくれるし」

「何で友達に言わへんねん」

「…怖いから? 関わりが少ない人の方が言いやすかった。噂になることもない」

「俺に言ったんも、そやからか」

 

 『関わりが少ない人』。姉に対して、弟好きなんて感情は求めていない。しかし、兄弟なのだから、関係ないと割り切られるのは嫌だった。輝美は困ったように笑う。


 「そんなんやないで」


 輝美はスプーンを軽く握り、何も入っていない皿をなぞった。金属音が鳴った。テレビのネタ番組が終わり、しんみりとしたニュースが流れだす。輝美はじっとテレビを見る。


 「…先週あったやん。『家族』ってドラマの前編。今日、後編やってたやつ。あれ見てお母さんが言ったんや。親って、何も言われなくても子供のこと分かっちゃうのよねって」


 スプーンの金属音が止んだ。部屋の電気がスプーンに反射し、輝美の目を照らしている。ぎらぎらと光る輝美の一重の目は、獲物を狙う猛獣のように鋭く獰猛だった。


 「殺してやろうかと思ったわ……」


 母親は何も知らない。自分がイラストを描いていること。本当は美大に行きたいが、普通の大学に行くために無理に勉強していること。自分のやりたいことを主張できないのは、自分の責任だと言ってしまえばそうだ。しかし、それをできなくさせるのは周りの環境でもある。美大を目指すなんて言えば、佳代は確実に顔を歪め怒鳴りちらすだろう。あぁ、泣いちゃうかな。それが現状だ。


 「親に親面されると、殺したくなる…」


 スプーンを握る手に力が入る。指先が熱い。目がしらも熱を帯びてきた。相手が弟だとしても、こんな思いを素直に言えたのは初めてだ。


 「…見せたらいいやん」

「…はっ?」


 将也は手を差し出して、ケータイを見せろと催促した。


 「美術部でもこんな上手いやつおらんで? もっとちゃんとしたら…」


 将也は輝美の視線を感じて口を閉じた。鋭い目つきに動けなくなる。チーターに狙われる草食動物になった気分だ。下手に動くと仕留められてしまう。


 「…美大とかで、ちゃんと勉強したら……」

「行きたいけど、行けへん。お金かかるし。お母さんやで?」

「じゃあ、普通に大学いくん?」

「…将は、こんなんになったらあかんで」

「はっ!?」


 話がそれた。将也は輝美を見る。笑っていた。


 「うちはこうやけど、将はお母さんに気に入られとる」

「気に入られとるって何なん…? やめろや」

「ごめん。言い方間違えた。でも、ホンマのことや。将といると、お母さんの口数が増えるねんで。将が洗濯もん畳んだだけでお礼言うねんで。うちなんか毎日やってんのに」


 輝美の瞳からは獰猛な光が消えていた。かわりに目に溜まりだした涙がゆらゆらと揺れ、淡く光っていた。


 「やっぱり、娘と息子ではなんか違うんやで…」

「……むかつく」


 佳代に対してではない。輝美に対してだ。


 「母さんと一緒や。姉ちゃんは」

「どこがよ」


 輝美は眉間にしわを寄せた。


 「親に親面されたらむかつくで。ほんで、姉ちゃんに姉面されてもむかつく。私はいいから、あんただけでも幸せになり…みたいな。そういうのって、恩きせつける…みたいな」

「恩着せがましい」


 輝美は真顔で訂正する。


 「俺、助けろなんて頼んでないやん。やりたいようにやってる。母さんに遠慮とかもしてやらん。高校になったらバイトして、自分でやっていくんや」


 将はとにかく、自分でできるということが言いたかった。しかし、うまく言葉がでてこない。同じ言葉を並べているだけだ。輝美は将也の真剣な顔に吹き出した。


 「将は、まだまだガキやね」

「な、何やねん! 俺だって、早く大人になりたい!」

「そうやな。恩着せがましかった。ホンマに…。もうやめるわ」

「……」


 将也は最後の一口を食べる。


 「言ってみよっかな。お父さんに」

「好きにしいや」

「ははっ。どうも」





    END

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