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四春期  作者: 新庄
喜多山 悠
31/34

あてつけ


 火曜日が来た。今日はLHRのある日だ。担任が言う。前に書いた進路希望調査書について問題がある生徒を呼び出すと。最初に呼ばれたのは、出席番号が12番の悠だった。つまり、前11人の生徒は進路をしっかりと考えているお利口さんということだ。悠は席を立ち、後ろの扉から教室を出た。担任は眉を少し上げ、前の扉から教室を出る。隣の選択教室に入る。担任がいなくなった教室からは笑い声が漏れてきたいた。

 机が向かい合わせにセットされていた。担任が先に座り、机に未記入のままの調査書を出した。それを見てから悠も座った。丈の短い椅子。曲がって突き出した膝が、これえまた低い机にぶつかった。机に置かれていた担任の手が少しビクついた。


 「未記入……っていうのは、ちょっとね。うん…。決めてくれないと。ご両親には相談してる?」

「してません。親はそんな口うるさくないんで。俺の好きなようにって感じですけど」


 別にはぐらかしたわけではない。本当のことを言った。


 「まぁ、でも志望校くらいね。3年になると推薦とかもあるし。今決めておかないと、勉強のしようもないでしょ?」


 英語の授業とは違い、歯切れの悪い口調。担任が生徒に対しこんなに下手に出てくるなんて思わなかった。英語教師だけにオブラートに包んでいる。後ろ髪と一緒に縛った前髪でむき出しになったおでこ。生え際からうっすらと汗がにじんでいた。悠はカーテンのない窓際を見る。西日が差しこんでいた。


 「お母さんは専業主婦よね。相談する時間あるでしょ?」

「母親は勉強で忙しいんで」

「勉強?」


 絵里奈は最近フラワーアレンジメントの教室に通いだした。時間の使い方が分からず何気なく通ったのだが、はまってしまい検定までしたいと言い出す始末。7月に試験があるらしく、5月下旬の今から猛勉強しているというわけだ。


 「どう思います?」


 悠はやや嘲笑ぎみに尋ねた。担任は「いいことよね。趣味をもつって」と言葉をよこした。悠は尋ね方を変える。


 「俺は、将来何になるかもわからないし、何のために勉強するのかもわかりません。そんな息子とは違って、40後半のくせに夢を見つけて勉強する母親の姿を見せつけられて…。どう思います?」

「…励みに」

「うざいんですよね。毎日眠そうにして、『でも頑張らなきゃ』が口癖になって。前まで『暇だわ、出かけたい』だったのに。それでよかったんですけどねー…」


 母親の頑張りが励み? ふざけるなと思った。あてつけにしか思えない。


 「うざいだなんて。そんな……」


 生え際から垂れた汗が担任のはっきりとした骨格をたどり、調査書に落ちた。灰色のシミができる。悠は下にやった目線を上に戻した。担任はうつむいていた。


 「ちょっと、ひどくない…? 母親っていうのはいつも子供のことを考えて、私にも子供がいるけど、毎日…」

「だから何なんですか」


 悠は鼻で笑う。足を組み替えようとして、また机にぶつけた。音に促されたかのように、担任が顔を上げる。

  

 「だから…!」

「先生が子どものこと考えてるからって何なんですか。俺の母親のことをはなしてるんですよ」

「…そうね。そうだわ。でもね……」

「橋本の言った通りだ」


 悠は背もたれに背中を預け、大きな伸びをした。


 「橋本さん?」

「親は友達より信用できて、自分よりは信用できない」


 悠は伸ばした手をストンっと下に落とす。


 「教師は信用以前の問題だって」

「……えっ」

「まぁ、親が友達より信用できるって点は、どうかと思うけど」

「そんな価値観で人をみるなんて、いけないわ……」


 担任はなぜいけないかまでは口にしなかった。おそらくできないのだろう。当たり前だ。人を信用しないといけない理由なんて説明のしようがない。目の前の女は教師だから、そんな言葉を吐いたにすぎない。


 「とりあえず、志望校は決めますよ。で、いいですか」

 

 悠は返事を待たずに調査書をとり、選択教室を出ていった。

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