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四春期  作者: 新庄
東野 将也
3/34

 「由香子ー。今日先帰っててー!」


 SHRが終わると、将也のクラス教室に小さな女子が入ってきた。西川に両手を合わせている。

 隣のクラスの女子だ。名前は、中尾。将也は、男子が中尾のことをウザイと噂をしていたので、名前と顔を知っていた。中1の時は良い感じのグループにいたらしいが、今はそうではないようだ。

 西川由香子。将也は心の中でフルネームを呟いてみた。

 

 「委員会があってさー。もう最悪。由香子と帰りたかったのにー」


 中尾はいちいち語尾を伸ばす。その上、無駄に声が大きい。まるで自分の存在を周りに認識させたがっているようだ。


 「私、図書室で時間つぶして待っとこか?」

「まじ!? 由香子大好き! 1人で帰るの怖いねんなー。うちの帰り道街灯ないやん。春は変質者多いっていうしさー」

「…ふっ。そうやね」




 図書室は思ったほど混雑していなかった。夕方の穏やかな風がカーテンを揺らしている。日差しを受けている本は、なんとなく趣があった。将也は入口で止まり、中の様子を覗いた。西川を探してみる。西川は、一番奥の丸テーブルの椅子に座っていた。そこは窓から入る光が当たらず、湿っぽい感じがする。 西川は文庫本を読んでいた。図書室のものではない。


 「何か探してるの?」


 ずっと突っ立っている将也に声をかけたのは、管理のおばさんだった。図書室管理のくせに、よくとおる声をしていた。目元のしわが優しさを彷彿している。

 

 「いや、いいです…」


 将也は足早に入り口から中に入った。奥の丸テーブルに向かう。西川の斜め前に座った。西川はこちらを見る様子もなく、本を読んでいる。『白い球』という題名だ。将也はつい「野球?」と呟いてしまった。


 

「……野球。今のって質問?」

 

 西川と目が合う。顔をはっきり見たのは初めてだった。やはり、きれいな唇をしている。


 「いや、西川…さん、が野球の本読むなんて、何か…」

「似合わん? ふっ…。私、スポーツ結構好き。あと、西川でいい」


 西川の話し方は少し変わっていた。単語を繋いだだけの発言だ。人間関係の薄さを感じた。


 「どんな話なん?」

「普通の。高校生が野球を頑張る話」

「…おもしろいん?」

「ふっ。おもしろいよ」


 西川は人をあざけるように笑う。将也にはそれが癇にさわった。


 「俺、ショーセツなんて読めないわ」

「小説には普通のことが当たり前みたいに書いてあるから」

「西川って普通が好きなん?」

「…うん」


 まるで自分が普通ではないかのような言い方だ。将也はこういう人間が嫌いだった。「私にはできないけど、あなたにはできるでしょ」とか、「私って、そういうのできないじゃん」とか、自分を下げてるやつが嫌いだった。そういって同情を求めるやつを、可哀想だとも哀れだとも思わない。むしろ、腹立たしい。


 「…じゃあ、大人とキスするのって、西川にとって普通なことなんや」

 

 別に西川をいじめたいと思ったわけではない。込み上げてきた怒りとともに口に出してしまった。将也はあっと口を開ける。西川の顔が見れない。

 

 「…見てたんや」


 6限目と同じ。すんだ滑舌の良い声がした。違うのは声の落ち着き。なぜか落ち着きがあった。

 


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