雷鳴
『今日は雨に打たれたい気分なの』。昔読んだ少女漫画の主人公のセリフだ。今ならその気分というものが少しわかるような気がする。校舎の入り口から空を見上げる。大粒の雨が地面に落ちていく。アスファルトの色が黒さを増していた。『空も泣いている』。これも少女漫画のセリフだ。誰のセリフかは思い出せなかった。
「みーちゃん?」
懐かしいあだ名に驚く。振り返ると、木田のり子が微笑んでいた。
「やっぱり。どうしたん? 傘ないん?」
木田は久しぶりと言わなかった。嬉しそうな笑顔だけを見せている。
「あっ……」
美波は動揺した。木田と話しているところを誰かに見られたくない。
「私の傘使い? 置き傘あるねん」
木田は強引に傘を渡すと、校舎の中に戻っていった。
「の…のりっちは帰らんの?」
話しているところを見られたくないと思いながらも、美波は木田を呼び止める。このまま性格の悪い女子で終わるのも嫌だった。
「私、今から部活やから。みーちゃんは中止?」
「…うん」
「グランドびちゃびちゃやもんな」
「……うん」
受け取った傘を見る。淡い水色だった。自分がこの傘をさすには勇気がいると思った。そして、これをどうやって木田に返そうかという問題が発生した。雷と雨の騒音で考えがまとまらない。
「いーれて」
やけに高いテンションで隣りにやってきたのは喜多山だ。
「喜多山、部活は?」
「雨で中止です」
「あっそ」
傘をさすと淡い水色が頭上に広がる。にやにやと喜多山が入ってくる。
「これ、木田さんの傘やから」
「へぇー。木田さんと仲良いんや」
「……別に。てか、知ってるんや。木田のり子」
「去年同じクラス」
「ふーん…」
最悪だった。木田のり子という人物を知っている人に、自分たちの関係を知られた。
「木田さんと仲良いなんて意外」
「…っさい」
「えっ!? なんて?」
雨音のせいで、お互いの声が聞きづらい。しばらく沈黙が続いた後、喜多山が話題を出してきた。
「最近、橋本機嫌悪いな」
「別に、そうでもない」
「でた。『別に』。機嫌悪いとすぐそういう」
「めざとい」
「じゃあ、めざとい俺からの質問。それは東野に関係している」
雷鳴が山に響いた。山に囲まれたこの町は音がよく響く。美波は立ち止まる。足がすくんだのだ。雷鳴に。核心をついた喜多山の問いに。
喜多山は空を見上げて「近いな」と呟いた。動き出さない美波から、傘を取り上げた。持ち手の熱さを感じる。
「…あたりか」
無駄な好奇心やデリカシーのない喜多山の言葉に、美波は怒らなかった。むしろチャンスだ。ばれているのなら、このまま吐き出してしまえばいい。 喜多山が歩き始める。美波も足を動かした。
「…何で、こんなに好きやのに分かってくれへんのかね。最近東野にむかついてしかたないんやけど」
「橋本って、結構女々しいよな。サバサバ気取ってるけど」
「誰が好きでやってると思ってんの!? うちは、男に媚びるような自称サバサバ系女子とは違うんやから」
「何その女子?」
喜多山は吹き出す。美波は自称サバサバ系女子の生態を真剣に語り始めた。




