灰色の水
雨は夕暮れまで続いていた。今も勢いはおさまらない。今日の部活はどうなるだろうか。そんなことを思いながら、雑巾を強くしぼる。灰色になった水が、美波の指先をつたっていった。冷たさ手が痛い。
雨のせいで気温が下がり、教室の窓ガラスが曇っていた。何も見えない。雨粒の音と、雷の光が時々見えた。
「何で女子が雑巾なんやろな~」
バケツを囲んでいた女子のうちの1人が言う。本当に困っている様子はなく、ただの話題作りだけの発言だった。掃除の半は出席番号順で、友達と一緒になれるというわけではない。発言した女子は、いつも柔らかな関西弁で場を和ませてくれていた。名前も藤田麻衣子と柔らかい。
「男子がやってくれてもいいんちゃうのー」
美波は他の男子には目もくれず、東野を一瞥した。
「うるさい。机運びするぞ」
美波は東野の隣の列の机を運び始めた。隣を確保するのはいつものことだ。
「ったく。何で女子はいちいち文句言うかな」
「…由香子ちゃんならそんなこと言わないでしょうね。こんな女子で悪うございました」
「何で西川が出てくるんだよ。まぁ、西川は言わんと思うけど」
「…ずいぶん由香子ちゃんのこと気に入っとるんやな」
「はっ? 意味わからん」
美波はそれ以上何も言わなかった。机といすを整えて、また教室の後ろに戻る。あと机は3つもあった。ため息が漏れる。
「…美波って何か、変わったな」
振り返る。東野は丁寧に机といすを整えていた。
「変わってへんよ。うちは」
「うちは」を少し強調してみた。変わったのは将ちゃんでしょ。と言いたかったが、届かなかった。
「前は人のことに対して、とやかく言わんかったやん」
「とやかく?」
とやかくの意味が分からなかった。これは、とやかく言っていることに入るのか。
「中学に入って、のり子ちゃんと話さんようになったし」
木田のり子。小学生の頃、美波が一番遊んでいた女子だ。のり子は中学に上がってから意味もなく嫌われるようになっていた。少し太っていたことが男子のからかいの対象になったのだ。美波はのり子と話さなくなっていた。
「中学に入って、気の合う子が他にできただけやん。てか今、のりっちの話やないやろ」
机を持つ手に力が入る。呼吸も乱れてきた。
「じゃあ、俺と西川をネタにするんか?」
「はっ…!? 何でそうなるん?」
確かに、中学ではよく黒板に相合傘をかいて男女をからかう。目をつけられた生徒は気まずくなったり、そのままくっついたりもするが、美波は2人を好奇心だけでからかうつもりはない。好奇心すらない。しかし、東野の目は真剣だった。
「何でそんな、真剣になっとん……。うちは、ただ…」
言葉が出てこなかった。美波は黙り込む。落雷が響き、女子の悲鳴が上がった。東野は視線を曇りガラスにやった。真黒な空がかろうじて見えた。
担任の「OK」という声がかかる。
「…帰るわ。バイバイ」
バイバイという言葉に救いを感じだものの、美波は言葉を返せなかった。




