席
じめじめする不愉快な朝だった。昨日の夜から降り続いている雨。湿った空気が肌に張り付いてくるよな感覚。廊下には水滴が落ち、滑りやすくなっていた。やっとのことで教室にたどり着く。
「おはよ」
美波は、いつものように真っ先に東野にあいさつする。何食わぬ顔で西川の席を陣取った。
「おはよう」
「由香子ちゃんまだやからいいやんな? 座っても」
「いいんちゃう」
東野は喜多山のように、「由香子って誰」と聞いてこなかった。美波は少し焦りを感じた。
「昨日、うちの親がいってたんやけど。将ちゃんって塾行くん?」
美波は自分でも嫌な話題を出した。案の定、東野は眉を歪ませている。
「行かんし。行ける高校に行けたら、俺はそれでいい」
「将ちゃんのお母さんって、そういうの許してくれなさそうやけど…?」
「高校行くのは俺。試験受けるんも俺。許されなくても、なんとかなると思うけど…」
「そっか……。じゃあ、うちも塾やめよ」
「マネすんなや」
苦笑いする東野を無視して、美波は「由香子ちゃんはどうするんやろ」と尋ねた。もちろん、「知らない」という答えを期待してだ。しかし、東野の答えは逆だった。
「西川は行かねーよ。親には何も言われてへんねんて。良いよなー」
まるで、西川が2人の共通の友人であるかのように楽しく話す東野。美波は自分で話を振っておきながら悲しくなった。
「…将ちゃんんて、最近由香子ちゃんと仲いいやんな。何か」
東野は「仲良くないし」と反論したが、首の後ろを掻いていた。美波は東野の横顔に拳をいれてやりたいと思った。本気で。
「好きなん?」と自然に聞ける流れになった。やっと本当に聞きたかったことが聞ける。美波は椅子を東野に近づけた。
「将ちゃんってさ……」
「あっ」
「…何?」
「西川来たぞ。席…」
「えっ? あ…うん」
教室の入り口を見ると、西川がいた。美波が椅子から離れるとゆっくりと近づいてきた。
「おはよう」
美波が西川から挨拶されたのは初めてだった。美波は驚きで笑顔しか返せなかった。それもぎこちない笑顔。
確かにクラスでは、嫌いなやつの椅子には座らない。自分の席に座る人がいたら、その人は自分を嫌っていないというような雰囲気がある。が、それは今美波には当てはまらない。西川の席に美波が座ったことで、西川が何らかの安心感を抱いたのなら、それは大きな間違いだ。
「ごめん、席」
「ありがとう」
必要のないお礼を言って、西川は東野の隣に座った。
「おはよう」
「おぉー」
挨拶を交わす東野と西川。立ってその様子を眺める美波。疎外感を感じた。だが、2人と一緒に会話をする気なんておこらない。
雨は相変わらず教室の窓を打ちつけている。美波は湿気でまとまらない髪を、静かになぞった。




