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四春期  作者: 新庄
橋本 美波
21/34

怒り


 「いっぱいの『い』を、『お』にして言ってみ」

「え~無理~。金子君いや~」


 教室の中。机の最後列の後ろの空いたスペースに女子が1人と男子が2人。周りの目も気にせずにじゃれあっている。男子は2人とも別にかっこよくない。調子乗りのやつらが集まるグループに属している男子だ。女子も顔は普通。だが、男子の下ネタに笑顔でこたえられる女子だった。それが素か演技なのかはわからないが、女子には嫌われていた。


 「うざ…。よくやるわ」


美波の隣で喜多山という男子が呟く。廊下から教室の中の様子をしかめながらも見ていた。


 「でも、男子はああいう女子、好きやろ?」


 美波もその様子を眺めながら言う。


 「うざいって言ったやん。女子ってなんか無理」

「…うちも女子なんやけど……」

「じゃあ、いっぱいの『い』を『お』にしてみ」

「おっぱい」

「そういうところが楽だわ。橋本は。ちなみに、おっぱお、な」

「……」


 美波は呆れて、喜多山のドヤ顔から目をそらす。廊下の奥に目をやる。玄関から東野が入ってくるのが見えた。今日も相変わらずの寝癖だなと、心の中で笑う。ちょっとからかってやろうかと思った。でも、口からでたのはとても普通の言葉だった。


 「おはよ。将ちゃん」

「おぉーす」


 東野は美波を見てから、後ろの喜多山を見た。首の後ろを掻く。


 「おおはよう。将ちゃんっ」


 口元を抑えながら喜多山が笑う。


 「うぜぇ…」


 東野は喜多山の肩に拳をいれると、教室の後ろのドアから入っていった。


 「喜多山って、ああいう冗談も言えるんや?」

「あぁー…。人によって違うけど。このクラスなら、東野と橋本にしか素を見せてへんかも」

「何それ」


 美波は再び廊下の奥に目をやる。西川が廊下を歩いてきた。スリッパの音が静かで、暗い廊下から姿を現す西川は少し不気味だった。


 「おはよう」


 美波は笑顔で手を振る。喜多山は完全にスルーだ。体制を変え、窓から外の景色を眺めだした。窓の外には桜の花が散った木が並んでいるだけで、とても殺風景だった。


 「おはよう」


 西川はくったくのない顔で答えた。にべもない返事だったが、不愉快さは感じられない。美波は西川の後ろ姿を目で追った。もしかしたら睨んでいたかもしれない。眉間に力が入っているのが分かる。

 西川は東野の隣に座り、挨拶を交わしていた。東野は首の後ろを掻いている。表情を見なくても、美波は東野の顔が紅潮しているのが分かった。

 何年幼馴染してると思ってんの。幼稚園を入学してからよ。親同士も仲良いんやから。将ちゃんの部屋が汚いのも知ってる。エロ本の隠し場所も知ってる。と心の中で繰り返す。目線を西川に定めたまま繰り返す。西川が美波に、何か嫌なことをしたわけではない。性格の悪い女子でも、人に対して態度を変える女子でもない。しかし、美波は行き場のない怒りを西川に向けることしかできなかった。


 「…由香子ちゃんって、どう思う?」


 隣の喜多山に尋ねる。女々しい行為だと思ったが、西川を否定してくれるような返答がほしかった。


 「由香子ちゃん?」

「西川由香子」

「あぁ、西川さん。えっ? 橋本って仲良かったっけ?」


 話の路線がそれたことに美波はいらつく。喜多山が開けた窓の隙間から風が入り、自分の髪をなでる。

 

 「別に、何で」


 まとわりつくくせっ毛を邪魔そうに手でよける。


 「だって、由香子ちゃんとかって名前で呼んでるから」

「女子はみんな名前で呼び合ってる。中尾さんのこともみんな瞳ちゃんって、言ってるやん」


 違う。今は中尾のことを話したいのではない。だいたい、自分は他の女子みたいにネチネチしたキャラではない。こんなことを言ってはダメだ。美波は必死で言葉を飲み込んでいく。


 「変なの」


 喜多山は不思議そうにしていた。

 廊下に予冷が鳴る。


 「で、どう思う?」


 教室に入ろうとする喜多山に、美波は尋ねる。この質問だけは譲れなかった。


 「…どうって、何も思ってへんけど。女子のくせにいっつも一人でおるんやなーって、思ったことはあるけど。ハブってわけやないんやろ?」

「何でうちに聞くん」

「いや、橋本ってクラスのリーダーっぽいやん」

「はっ…。やめてや。ボスみたいな言い方……」

「……何か怒っとる?」

「怒ってません」

「やっぱ、怒ってるやん」

「…喜多山には怒ってへん」

「そう? なら良いけど。……チョコいる?」

「……いただく」

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