つまり
次の日。美波は東野が学校に来たことに安堵する。「将ちゃん」と駆け寄ると、いつものように「おはよう」と返してくれた。それだけで十分だった。
しかし、その放課後。美波は目撃する。校門を東野と西川が一緒に出るところを。グランドのフェンス越しに目撃した。金網を左手で握る。鉄の乾いた音がした。右手でラケットを強く締め付けた。
「橋本! 何してんの!!」
後ろから大声。少しハスキーな声の持ち主は3年の尾崎だ。キャプテンでも副キャプテンでもないくせに、後輩に一番厳しい。最近は怒鳴り声が増えたような気がする。1・2年の部員は、総体が近いからイライラしている。その鬱憤を私たちではらしているのだろう。と、不満を漏らしていた。美波は嫌いな人物の名前を会話に出すのさえ嫌で、それに参加したことはない。だが、美波は誰よりも厳しい扱いを尾崎に受けていた。
「すいません」
美波は慌ててコートに走る。額の汗を手で拭うと、鉄の嫌なにおいがした。
部活は午後7時まで続いた。日が長くなり、来週から部活時間が長くなると言われた時は、吐きそうになった。隣りで嫌な顔をもろに出している友人のお尻を叩く。もちろん周りの先輩にばれないように。お尻を叩かれた吉川は愉快そうに口角を上げる。
「来週から辛いな」
美波は返事をしなかった。
部活のあとは1・2年がコートの整備をして、その間に3年が更衣をする。テニス部女子。総人数は46名ほど。昔は3年も一緒に整備をしていたらしいが、更衣室に人があふれかえり更衣に時間がかかりすぎるという点で、今の体制になった。
1・2年に3年への不満をつのらせないつもりか、入部当初にこの説明を3年から受けた。今年の一年も説明を受けたはずだ。
「最後の人カギよろしくー! お疲れ様!!」
キャプテンの声がかけられた。部室から制服に着替えた3年が次々出てくる。日焼けした肌のせいか、シャツがとても白く輝いて見えた。一方の尾崎は色白で、制服の輝きなどは見られなかったが。
「尾崎先輩って、絶対みなのこと嫌いやんな」
「はっ? 何でよ」
3年がいないとはいえ、1・2年全員が入った部室は窮屈なものだった。吉川はいそいそとスカートをはいている。美波も着替えながら、もう一度尋ねた。
「だってさ、あからさますぎやん。みな、先輩に逆らったりしてないやん。むしろ、うちの方が先輩に対して態度が悪いのに…。尾崎先輩、みなばっかり怒るやん」
「今日は、うちがよそ見してたからやで」
「ちがう、みなの顔が可愛いからや」
「何言ってんの?」と突っ込んでやろうと思ったが、吉川があまりにも真剣な顔でソックタッチをぬっていたので、口を結んだ。シャツのボタンをとめる。爪にはグランドの細かい土がつまっていた。
「私もそう思います。橋本先輩って男テニの先輩とかと仲良いですよね。それに嫉妬してるんじゃないですか。あの怒りんぼうは」
会話に入ってきたのは、田部という1年だ。ショートヘアーの黒髪で、いかにもスポーツ少女らしい。少し茶色がかった瞳がきれいだ。テニス部の先輩は怖いと噂されるなか、田部はフレンドリーに輪の中に入ってくる。単なる馬鹿か、それとも先輩に媚びようとしているのかは分からないが、美波は田部を気に入っていた。
「ないない」
美波は爪の土を取り除きながら、軽く笑った。
「あるんやで」
呟く吉川と頷く田部。
「顔が可愛いと損やなーって言いたいけど、やっぱり生まれるなら可愛い顔がいいな。人生においていろいろ楽やん?」
「吉川って不細工やないやん」
「男子なんか顔が可愛いだけで、へらへらして。中身みろっての。あっ…1組の愛子ちゃん、また告られたんやって」
その吉川の報告に、部室にいた2年から「ほー」とか「へー」などの声が漏れた。
「……うちも、男子は顔で選ぶと思ってたけど、そうでもないで」
「何、どうしたん?」
吉川は美波を見る。美波は真剣な面持ちで爪をいじっていた。小さな小石が爪の奥に入り、なかなかとれないようだ。
「…ピンセットかそか?」
「うん」
明日は土曜。次は日曜。どちらも部活。憂鬱な日々が待っている。




