三つ巴
「おじさん?」
由香子の家の門前に政成が立っていた。ばつが悪そうな顔を見ると、由香子とはちあわせしてしまったらしい。由香子はめぐり合わせに胸を高鳴らせる。先ほどまで東野と話していた内容など吹き飛んでしまいそうだ。
最初は目を泳がせて下唇を噛んでいた政成だったが、由香子の変わらない態度に安堵した。キスの罪悪感を抱いて過ごしていた日々が、少し救われた気がした。
「どうしたん?」
「あっ、母さん…おばあちゃんからイチゴもらったから、届けに来た」
「見せて」
使い古されたスーパーの袋を開けると、熟したイチゴの香りがした。真っ赤な色が由香子の目に映る。
「おいしそう。お店以外のやつって、久しぶり」
「おばあちゃん、イチゴ作りはじめたんだって。手紙に、一人でいると趣味が増えすぎて困るって書いてあった」
由香子の祖母。つまり、良美と政成の母親は、由香子たちと離れて暮らしている。政成が一度一緒に住まないかと提案したが、あっさりと断られてしまった。一方の良美は、政成を通してでしか母親との関係を持たない。由香子は、良美が母親を憎んでいることを政成に聞かされた。小5の時だ。お正月に政成の車で祖母の家へと向かう途中だった。
祖母は、2人が幼い頃に夫と離婚をし、女手ひとつで子供を育てたという。1人で頑張りすぎたせいか、子供の教育には厳しいところも多々あったらしい。良美はそんな家庭事情を憎んだ。母親がすべての悪因だと考えるようになってしまったらしい。
そんな良美の影響のせいで、由香子自身も祖母との交流が乏しくなっている。最近知った祖母の近況といえば、元夫がガンで亡くなったことだ。
「ありがとう」
「うん」
「…上がってく?」
「ん?」
「何か、お母さんに話があるんかなって思ったんやけど」
「ははっ。すごいね…。人の心が読めるの?」
政成は下唇を噛んだ。
「何の話?」
「大人の話。秘密だよ」
「…子供扱いせんといて」
「前は子供のままでいたいって言ってたのに」
「それは…!」
その瞬間、強い風が吹いた。2人の後ろでガサガサとビニールの袋がたなびく音がした。振り返ると、良美が眉をしかめて立っていた。風で乱れた短い髪。スーパーの買い物袋を強く握るふくよかな手。その視線は由香子にではなく、政成に向けられていた。
「兄さん。何しに来たん…」
「母さんからイチゴもらったから、届けに。由香子ちゃんともばったり会った」
政成は良美の前にイチゴの入った袋を差し出した。甘ったるい匂いが良美の鼻をかすめる。良美は顔をしかめた。
「…由香子。家に入っとり」
「おじさん、イチゴもらう。日に当たりっぱなしは腐りそうやし」
「…うん。ありがとう」
由香子は政成からイチゴを受け取ると、玄関の扉をしめた。




