質問
「由香子ー。今日先に帰ってて!」
SHRが終わると、由香子の友人である中尾が教室に入ってきた。小さな巨体と、くるくるな天然パーマを揺らしながら駆け寄ってくる。
由香子と中尾は中1の3学期に知り合った。もともと1人で行動していた由香子に中尾が話しかけたのだ。由香子は1人でも別に苦ではなかったが、人と行動をするのも嫌いではない。自然に中尾との交流が増えた。中尾のしつこい性格が時々噂になるが、由香子にはそのしつこさが心地よかった。
「委員会があってさー。もう最悪。由香子と帰りたかったのにー」
「私、図書室で時間潰しとこか? 待っとくで」
「まじ!? 由香子大好き! 帰り1人やと怖くてさー。うちの帰り道街灯少ないやん。春は変質者多いっていうし」
「…ふっ。そうやね」
図書室は教室棟の向かいにある校舎の、最上階の一番奥にある。去年までは受験生であふれていたが、今は落ち着きを取り戻している。由香子は一番奥の丸テーブルの椅子に座った。本棚に近く、木や紙の香りが漂っていた。春の乾いた風がその香りを教室中に広げていく。
由香子は自分のカバンからライトノベルを取り出した。『白い球』。有名な作者でも題名でもない本だ。だからこそ好きだった。自分だけが知っている面白さ。よく映画やドラマを人に勧める人がいるが、思考が理解できない。自分だけ面白さを知っていればいいと思う。強制的に面白さを押し付けるのも、押し付けられるのも嫌いだった。
「野球?」
斜め前からの声に顔を上げる。昨日ショートヘアーの女子が「将ちゃん」と呼んでいた男子が座っていた。確か、東野将也。まだ変声期もきていない声だ。
「…野球。今のって質問?」
「いや、西川…さんが野球の本なんて、何か…」
「似合わん? ふっ…。私、スポーツ結構好き。あと、西川でいい」
その後、東野は由香子に質問を続けた。意味もない単純な質問だったが、嫌な感じはしなかった。しかし、次の質問には動揺した。
「じゃあ、大人の人とキスするのって、普通なことなんや」
目の前から景色が消えた。想像力を鮮やかにしていた小説の文字が見えなくなり、真っ白になった。ライトノベルを閉じる。見られていたことが最悪だった。政成と自分の2人だけの秘密だと思っていたのに。そして、見ていてそれを言ってしまう男子の好奇心が腹立たしい。なぜ急にそんな質問に至ったのだろうか。自分の何が東野の感情を刺激してしまったのだろうか。
「…見てたんだ」
それしか言えなかった。




