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四春期  作者: 新庄
西川 由香子
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甘いキス


 「子どもだったら、可哀想とか同情してもらえる。けど、大人になって、お父さんがいなくて寂しいって言ったって……ね」


 由香子は同意を求めるように政成を見た。悲しそうな目だ。その瞳には、春のすがすがしい空の色も木漏れ日も映っていなかった。黒い瞳が、じっと政成を見つめている。

 政成は愕然とした。目の前の少女は大人になることを拒んでいる。子供は、大人になることにある程度の不安は抱いても憧れを持つものだと思っていた。

 確かに大人は子供に同情する。そして大人が大人に表だって同情することは少ない。中学2年生の少女は、知らなくていいことを知っていた。

 由香子は知っていた。母が父と離婚して、母の友人らは励ましの言葉を並べていたが、本当に同情している者はいなかった。40歳で離婚。周りの大人は、母ではなく子どもの由香子に同情した。「可哀想ね」「この年で親が離婚なんて」と。

 由香子は知っていた。大人が子どもを見る目を知っていた。


 「由香子ちゃん…」


 政成は、由香子の存在を確かめるように名を呼んだ。


 「…僕になんでも相談してよ。良美に言えない悩みがあるんじゃないか? だから、会話が少なくなってるんじゃ…」


 「何でも相談しなさい」。離婚が決定した時、周りの大人や教師から何度も言われた言葉だ。「何でも」。その言葉には飽き飽きしている。大人に何でも話すほど、子供は単純ではない。純粋と単純をはき違えてもらっては困る。


 「じゃあ、キスしてよ」

「……えっ?」


 政成の動揺を表したかのように、強い風が吹いた。フラワーの匂いが流れてくる。政成の汗がにじんでいるのが分かった。


 「寂しい。キスして」


 政成は目を疑う。これが本当に、先ほど大人になることを拒絶していた少女か。ただのか弱い少女じゃないか。大人に「寂しい」と素直に言える子どもだ。


 「僕には彼女がいるんだ」


 言ってから政成は恥ずかしくなった。中2の少女に対して、何を言っているんだろうか。


 「だから…?」


 由香子は言い返す。

 

 「キスして。寂しい」


 駄々をこねる子供だ。こんなにも素直に、キスをせがまれたことはなかった。政成は思う。子供はなんとまっすぐで純粋なんだろうと。大人のように先のことをごちゃごちゃと考えない。

 この要求に困りはしたものの、嫌悪感はなかった。周りを見渡し、由香子との距離を縮める。一呼吸する。自分の体形は気にしていたものの、ここまでスーツが苦しいと思ったことはない。胸のあたりが苦しい。酸素がうまく吸い込めない感じだ。

 政成は顔だけ近づけ、そっとキスをする。唇の柔らかさの感触と、うしろめたさが残った。


 「もう一回…」


 この要求に、政成は下唇を噛んだ。由香子にいつもの笑みが戻る。


 「ジョーダン。良美に言えない悩み、おじさんにできちゃったね」

「あっ……」


 甘い香りが風に流された。

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