切れ端
父と母は私が小6の時に離婚した。もともと父は家庭を顧みない人だったし、会えなくなることに抵抗はなかった。お正月に1度だけ会う。それだけの関係で満足していた。私は、だけのようだけど。
「やっぱり、康平さんがいないと寂しい?」
久しぶりに父の名前を聞いた。1年ぶりかもしれない。由香子はその出先に目をやる。薄い唇があった。下唇がくわえられ、さらに細く見える。由香子は視線を唇から上へと撫でていった。唇とは不釣り合いな大きな瞳が泳いでいた。
「何でそう思うん。おじさん」
由香子はフッと笑い、伯父である政成にすり寄る。腕にそっと自分の腕をまわした。身長の高い政成を見上げる。自然と上目づかいになってしまう。
「いや、この前良美と話したんだけど、あんま由香子ちゃんと会話できてないって言ってて…。僕にはそんな感じしないっていうか……」
つまり、父親の愛情を知らない妹の娘が、伯父である自分に愛情を求めていると言いたいのだろう。由香子は政成の腕をスッと離れる。こういう男らしくないあいまいな発言を、政成はよくする。同じクラスの男子は「ブス」とか「美人」などの区別をはっきりとつける。
由香子には、政成という存在が新鮮だった。母のことを良美と呼んだり、父の名前をだしたりするのも政成だけだ。
「ていうか? ふっ」
由香子はいたずらに尋ねてみる。政成は困ったように首元のネクタイを触った。少し緩める。中年太りの体にフィットしているスーツは、今にもはじけそうだった。そして洗剤の匂いが香った。政成は、汗が出ると香りが増すタイプの洗剤を使用している。いつも、中年には似合わないフラワーの匂いをまとっていた。
由香子は次に、若葉の匂いを感じ取る。顔を前に向けると、公園の入り口が見えた。大きな時計台がシンボルの公園だ。
「お父さん…。もともと遊んでくれる人じゃなかったし、今さら寂しいとかはないんやない?」
自分のことなのに、疑問形で答える由香子。
「そうか…。なら良いんだけど」
けど、ね。由香子は心の中で呟く。見上げた時計は午後5時半を指していた。
「おじさん、もう仕事終わったんやね。早くない?」
「今日はね。由香子ちゃんとばったり会うとは思ってなかったけど。今日は部活なかったの?」
「部活はもうやってない。言ってへんかった?」
「えっ!? いつ?」
「入部して3か月で」
由香子の中学校では、入部が義務付けられている。入って3か月は退部できないシステムだ。由香子は無難に美術部を選び、3か月で退部した。
「絵、上手いのに」
「上手いだけ。好きやないし」
「…由香子ちゃんって、冷めてる…ね」
「そう? そうでもないけど」
由香子は公園を囲む柵から無造作に伸び、はみ出した雑草をつまんだ。指先だけの力で簡単にちぎれた。その細長い葉をくるくると回す。
「子供のままでいれたらって、ずっと思っとる」
「何で?」
由香子は政成に背を向けたまま黙った。手に持っている草をブチブチとちぎっていく。切れた葉が由香子の足もとに落ちていき、道のりを示すように地面に残っていった。政成はその葉に目線を落としながら、由香子の後を歩く。
「さっきの嘘。本当はお父さんがいなくて寂しいって思う時がある」
由香子の手から、葉っぱがなくなった。最後の葉の切れ端をパラッと落とし、手をはたく。乾いた音が静かな公園に響いた。




