金色の星のペックウィリー 〜悲しい気持ち〜
星がきれいにまたたく夜のこと。
ペックウィリーは地球の丘の上の木のてっぺんに腰掛けていました。
そこから町の様子を見下ろしていると、
ある家の窓から夜空を見上げて泣いている男の子の姿が見えました。
ペックウィリーはその様子を眺めながら
「おや?あの子は、見たこともない表情で、目からは水があふれているぞ。
ははぁん、きっとあれが“悲しい”ということだな。」
と思いました。
ペックウィリーは、悲しいという気持ちを知らなかったのです。
大きな空の上のそのまた上の金色に輝く小さな星、プレジャーワールド。
そこがペックウィリーの住む星です。
その星はいつも人々の笑顔で輝いています。
なぜなら、この星の人たちはみんな
楽しいという気持ちと嬉しいという気持ちだけで幸せに過ごしているからです。
何か不幸なことがあって、胸のあたりがしめつけられそうになって
楽しいともちがう、嬉しいともちがう気持ちになりそうなとき、
この星の人たちは「ルーラルララ♪」と歌います。
それは不幸なことを、それが起こったことすらも
全て忘れさせてしまう呪文なのです。
もう何日も晴れの日が続いて、
柔らかな風が軽やかなメロディを奏でるように心地よく吹くある日のこと、
ペックウィリーがいつものように森で小鳥たちを追いかけながら
楽しい気持ちで過ごしていると、親友のシュエルがやって来ました。
「やあ、ペックウィリー。楽しくやってるかい?」
「やあ、シュエル。もちろん楽しくやってるよ。君はどうだい?」
「もちろん楽しくやってるさ。」
この星のお決まりのあいさつを交わした後、シュエルはペックウィリーに言いました。
「なあペックウィリー、君は“悲しい”という気持ちを知っているかい?」
物知りのシュエルはいつも、穏やかな波に揺れる海の上の図書館で
いろんな本を読んで、そこに書いてあるいろんな事をペックウィリーに教えるのです。
シュエルはペックウィリーにいろんな事を教えるのが楽しいと感じていたし、
ペックウィリーはシュエルにいろんな事を教えてもらうのが嬉しいと感じていました。
「シュエル、それはどんな気持ちなんだい?楽しくなるのかい?
それとも嬉しくなるのかい?」
「違うよペックウィリー。悲しいというのは、
楽しいとも嬉しいともちがう気持ちらしいんだよ。」
「シュエル、そんな気持ちはどんな時になるんだい?」
「なあペックウィリー。僕らは小さいころから大人たちに、
胸のあたりがしめつけられそうになったら“ルーラルララー♪”と歌うように
教えられてきただろう。」
「そうだねシュエル。胸がしめつけられそうになった時は
“ルーラルララー♪”と歌わないと、大変なことになると教えられてきたよね。」
「でもなペックウィリー。この空の上のそのまた上には青く輝く地球という星があって、
そこに住む人間は、胸がしめつけられそうになっても“ルーラルララー♪”と
歌わないらしいんだ。」
「じゃあシュエル。その人間たちはその後どうなるんだい?
大変なことになるんじゃないのかい?」
「それがねペックウィリー。人間たちはその後、胸がぎゅーっとしめつけられて
僕らが見たこともないような表情になって、
時には、目から水があふれることもあるらしいんだ。その水は涙って言うらしい。」
「ゾルジュ、それが悲しい気持ちになるということなのかい?
悲しい気持ちになると目から水がこぼれるのかい?
それは大変なことじゃないか。僕はそんな楽しくも嬉しくもなさそうなのはごめんだな。
なぜ人間は、そうなる前に“ルーラルララー♪”と歌わないんだろう。」
「ペックウィリー、それは僕にも分からないよ。でも、その“涙”っていう水を
手に入れて詳しく調べれば分かるかもしれないね。」
ペックウィリーは、“悲しい”という気持ちのことがたまらなく知りたくなりました。
「なあシュエル。僕はその地球という星に行って、涙という水を
小瓶にためて持って帰ってくるよ。悲しい気持ちのことを知るためにね。」
それを聞いたシュエルは、こう言いました。
「ペックウィリー、それはとても楽しそうだね。」
ペックウィリーは「シュロシュロシュロロー♪」と歌うと、思いっきりジャンプしました。
それは、空を飛ぶための呪文なのです。
ペックウィリーは空を飛び、ひとつめの星を越え、ふたつめの星を越え、
みっつめの星を越え、その後もいくつもの星を越えて、青く輝く地球へとむかいました。
星がきれいにまたたく夜のこと。
ペックウィリーは地球の丘の上の木のてっぺんに腰掛けていました。
そこから町の様子を見下ろしていると、
ある家の窓から夜空を見上げて泣いている男の子の姿が見えました。
ペックウィリーはその様子を眺めながら
「おや?あの子は、見たこともない表情で、目からは水があふれてるぞ。
ははぁん、きっとあれが“悲しい”ということだな。」
と思いました。
「シュロシュロシュロロー♪」
ペックウィリーは、男の子の部屋に窓からシュルルーっと入り込むと、
ポケットから取り出した小瓶のふたをシュポンと開けて、
その小瓶の口を男の子の頬にあてて、目からこぼれ落ちる水をすくいとりました。
小瓶はたちまち、きれいに透き通った水でいっぱいになりました。
男の子はもちろん、急に現れたペックウィリーの姿に驚きました。
「君は誰? どこから入ってきたの?」
男の子は泣き顔のままペックウィリーに聞きました。
するとペックウィリーは笑顔で
「やあ僕の名前はペックウィリー。空の上のそのまた上の星からやって来たのさ。
君の名前を教えてくれよ。」
と、言いました。
「僕の名前はカケルだよ、君はなんでここにいるの?」
「やあカケル。楽しくやってるかい?」
ペックウィリーは、自分の星のお決まりの挨拶をしました。
ところがカケルは
「何を言ってるんだよ!楽しいわけないじゃないか!!」
と、言いました。
「やっぱりね。カケル、君は今悲しいんだね。そして目からこぼれてる水は涙だろ?」
ペックウィリーは、涙を流しながら「これは夢に違いない」と思って
キョトンとしているカケルに笑顔で言いました。
「なあカケル。僕は僕が知らない“悲しい”という気持ちのことを知るために
ここにやってきたんだ。
悲しいというのがどういう気持ちなのかを知るためには、
まず、どうしてそういう気持ちになるのかを知るべきだと思うんだよ。
だからまず、君がどうして悲しい気持ちになったのかを教えてくれないかい。」
カケルはペックウィリーの顔を見つめたまま、まだキョトンとしていました。
「なあカケル。どうして悲しい気持ちになったのか僕に教えてくれよ。」
ペックウィリーがそう言うと、カケルは静かに答えました。
「僕のお母さんが死んじゃったんだ。」
カケルの目からは、いちだんと大きな粒の涙がこぼれ落ちました。
ペックウィリーはそんなことはお構いなしにカケルに聞きました。
「カケル。それで君は悲しい気持ちになったのかい?
悲しい気持ちっていうのは、どんな感じなんだい?
胸がぎゅーっとしめつけられるのかい?」
「そうだよ、胸がしめつけられて痛く痛くてたまらないんだ。」
それを聞いたペックウィリーは、またカケルに聞きました。
「なあカケル。なぜ君は胸がしめつけられそうになった時に
“ルーラルララー♪”と歌わなかったんだい?」
するとカケルは答えました。
「君は僕をからかってのかい? 大好きなお母さんが死んで悲しい時に
そんな歌を歌えるわけがないじゃないか。」
「からかってなんかいないよカケル。僕の星ではみんな
胸がしめつけられそうになると“ルーラルララー♪”と歌うんだ。
すると、胸が楽になって楽しくなるんだよ。
ずっと小さい頃から大人たちにそうするよう教えられてきたのさ。
だから、僕は悲しいという気持ちを知らないのかもしれないね。」
それを聞いたカケルは言いました。
「やっぱり、君は僕をからかっているんだ。だってそうだろう、
悲しい時にそんな歌を歌えるわけがないし、もし歌ったとしても
そんなことで悲しい気持ちが忘れられるわけがないじゃないか。」
その後のことです。
「よし分かったよカケル。じゃあ僕が“ルーラルララー”の歌を歌って
君に聞かせてあげるよ。そうすると君の胸は楽になるかもしれないし、
目からは涙もこぼれなくなるかもしれない。ルーラル・・・。」
と言って、ペックウィリーが“ルーラルララー”の歌を歌い始めようとしたとき、
「ちょっと待って!!」
とカケルが叫びました。そして、歌うのをやめたペックウィリーにこう言いました。
「ねえペックウィリー。僕は、そんな歌で悲しい気持ちが忘れられるとは思わないよ。
でもね、もし君の言うことが本当だとしたら悲しい気持ちを忘れるっていうことは
どういうことなの? それは、もしかして僕はお母さんのことを忘れてしまうってこと?」
ペックウィリーは答えました。
「もちろんさカケル。君はお母さんのことを思い出すと、
お母さんが死んじゃったことも思い出すだろう? そうすると、きっとまた
胸がしめつけられそうになる。
だから、君はお母さんのことを全て忘れたほうがいいのさ。」
「そんなの嫌だ!!」
と、大きな声でカケルが叫んだのでペックウィリーはキョトンとしました。
「そりゃお母さんが死んじゃったことはとても悲しいけど、
お母さんとは 楽しい思い出もいっぱいあるんだよ。それを全て忘れてしまうなんて
その方が、何倍も嫌だよ。」
カケルはまた大きな粒の涙を流しながら言いました。
「ペックウィリー。君には分からないかもしれないし、僕にも本当はよく分からないけど、
きっと人間には、忘れてしまいたいくらい悲しいことがいっぱいあるのさ。
でもね、悲しいけれど忘れてしまいたくないことや、
忘れちゃいけないことも、いっぱいあるんだと思うよ。」
ペックウィリーには、そんなことを言うカケルの気持ちが全くわかりませんでした。
「そんなのおかしいよカケル。胸がしめつけらても、そのままの方がいいなんて。
“ルーラルララー♪”の歌を歌って全てを忘れたほうが楽しくやっていけるのに。」
「いやだいやだ! ペックウィリー、もう帰ってくれよ。僕は君の事をよく知らないけど、
僕はそんなことを言う君の事のことなんか好きじゃない、嫌いだよ。帰ってくれ!!」
カケルに言われると、ペックウィリーはちょっとだけ胸のあたりがムズムズしました。
「何故だいカケル。僕は君ともっと話がしたいのに。」
カケルは黙ったままでした。
「分かったよカケル。今日のところは帰ることにするよ、涙もちゃんと手に入れたしね。
でもね、今度いつか僕の星においでよ。きっとカケルも楽しくやっていけるから。」
そう言うとペックウィリーは「シュロシュロシュロロー♪」と歌って、
夜空にむかってジャンプしました。
ペックウィリーは空を飛び、ひとつめの星を越え、ふたつめの星を越え、
みっつめの星を越え、その後もいくつもの星を越えて、
金色に輝く自分の星へとむかいました。
その途中ペックウィリーは、小瓶につめた涙を見ながらカケルのことを考えていました。
そして、カケルに言われた最後の言葉を思い出したとき
胸がしめつけられそうになりました。
でもペックウィリーは、ちょっと考えて“ルーラルララー♪”と歌いませんでした。
ペックウィリーが胸をおさえながら振り返るとずうっと遠くに、
優しく輝く青い光が見えました。




