17 異世界
異世界
妹の弥生とその恋人?の美和に見つめられた。
そのとたん、隆之は浮揚感に包まれる。
二度目なので、若干の既視感の伴う感覚だ。
あの異世界に飛ばされた時の感覚だった。
目覚めると、荒れた土地の上に立っている。
普通なら、パニックになるところだ。
けれども、十数分前に経験したところだった。
体感的には戻ってきた時の感覚もあるので、三度目にあたる。
『また、あの世界にトリップしたのかな?』
そのように考えて、自分の身体をチェックする。
慣れとは恐ろしいもので、落ち着いたものだ。
これが、初めての異世界トリップならもっとパニックになっていただろう。
けれども、前回の経験が若干の冷静さをもたらした。
ある意味、開き直りだ。
前回とは違い、今回は身体がしっかり存在していた。
そのことに違和感を感じながら周りの様子を確認する。
場所的にはどこまでも平坦な荒地だ。
その事が、不自然に感じるほどだった。
時間的には太陽?が中天に掛かっている。
昼間のような感じだ。
太陽の熱量は日本と同様な印象。
生えている草?は先の尖った柔らかい茎だ。
踏んでも刺さるほどの物ではない。
もっとも、靴なのでそのように感じるだけだ。
結構鋭い穂先は素足では痛そうに感じる。
そこで、初めて気付いたけど服装は今まで着ていた物ではない。
確かに、同じブランドの靴であり服だ。
ちなみに、そんな高級品ではない。
なぜ違いが判ったか?
それは、新品になっていたからだ。
擦り切れた靴が卸し立てのような印象だった。
不思議なのは履き心地には違和感が無い。
それは、着心地も同様だ。
新品に見えるのに何年も着ているのと同様の感触だった。
身の回りから遠くに視線を延ばす。
どこまでも、平坦な平原だ。
変化と言えば、草の中に模様が書かれているぐらいなもの。
模様と言っても、幾何学的なものではない。
何かが走り抜けたような直線に近い痕だ。
どう見ても、人間の付けた痕には見えない。
なんと言うのか、絨毯に玉を転がした痕のような印象だった。
遙か遠くに山並み?が見える。
かなり高い山らしい。
推定距離が判らないほどの遠くだ。
全体的には、北海道の平地を写した写真を見たときの印象に近い。
それより、海の写真の方が近いのか?
青海原の替わりに限りない緑の平地が続いている。
生えているのは、目の前のおかしな草のような物だ。
広大な平地になんら変化のない景色が延々と続いていた。
生えている草?は水をあまり必要としない草の印象。
地面も侵食した雰囲気が無い。
まるで、カーペットのような印象だ。
手で触っても草のような印象ではない。
あきらかに、自然には見えない。
そこだけ見れば、『部屋の一部』と言った方が近い。
草丈は、くるぶしが隠れる程度だ。
ただ、日本なら水際に生えて居そうな草の印象も受ける。
矛盾するようだけど、思い当たる現実をネットで見た事があった。
中国など、広大な平地を持つ大地では川等が氾濫すると広い範囲が水没する。
この場所がそのような場合、普段土は乾いている。
しかし、一度水に浸かれば長い間水没した。
これだけの平地なら僅かな水量で水没の可能性もあった。
水に強く乾燥にも強い草は必然的に茎が細く葉の面積が小さい物になる。
水は緩やかに流れて再び乾季が来る場合、両方の性質を持つ草は当たり前だ。
雨季には水没する可能性のある場所?
そのような場所では、人の住処があるのかどうかも妖しい。
事実、周りを見渡しても道路などの人の気配さえなかった。
在るのは、不自然な大平原だけだった。
隆之は、真剣に人の痕跡を探し始めた。
草などが倒れて何かが通った後は見られる。
ただ、倒れているだけで枯れた気配はない。
かなり、根強い草の雰囲気だ。
何かが通った後も交錯している。
どちらが先に通った痕なのかは一目で判った。
ただ、隆之が歩いてきた痕はほとんど消えかかっている。
それから考えるなら数分前に通った痕のようにも感じた。
勿論それだけの痕を残す物が、人の雰囲気には思えない。
玉が転がった痕以外にも何かが通った痕がある。
そのような痕があるから、何らかの生物は居る気配だった。
視野を思いっきり遠くに定めて確認していく。
なにしろ、肉体のある身では食べ物の心配がある。
前回の経験で、この世界の食べ物は見た目には食べられそうな食事だ。
もっとも、菊が手配した肉体だ。
そのため、この世界に順応していた可能性は高い。
今回、用意された肉体も同じ物と信じたかった。
食事をして、中毒死ではいただけない。
この辺は、着ている服や靴と同様だ。
一見、今まで生活していた身体のように見えるけど、創られたものだ。
これは、菊が用意してくれた身体も同様だった。
あくまで、隆之の身体本体は地球に存在している気配だ。
この世界に生きるため、創られた身体だ。
けれども、感覚的な物は完全に同調していた。
草を触った印象は手の感覚だ。
ちなみに、身体チェックの時に男性の部分を触った時の感触に違和感は無い。
勿論、服のうえからだ。
完全にリアルに復元されている事が判った。
この辺は、前回の経験で確認済だ。
彼女の裸を見てしまった時の反応は想像に任せる。
隆之は健全な男子だった。
遠くを見つめていくうちに気付いた事がある。
山並みの遙か手前に見える雲のような存在だ。
『焚き火?』
それを思わせる煙のようにも見えた。
距離が遠いのに見えることから焚き火のレベルとも思えない煙だ。
隆之が感じるような風は吹いていない。
このような状態と草地から砂煙は考えられなかった。
一番考えられる物は、炊飯の煙だ。
一人・二人の生活ではなく街単位なら雲の様に感じるのは当然だった。
隆之は人の痕跡?と思われる煙に向かって動き始めた。
変化のない景色の中を動く隆之だ。
気分的に急くこともあって、早足で歩く。
かなり、早く走る感じで動いていた。
それでも、息切れも疲労も感じない。
限界を見極めるためどんどん加速していく。
柔らかそうに見える草が思いのほか強く当たる。
それでも、草が千切れた雰囲気はない。
かなり丈夫な草ともいえた。
隆之は足を持ち上げるようにして駆け抜ける。
それでいて、まともに足を下ろせば、草が足を刺す。
草の先端をなぎ倒すような足さばきを強いられた。
印象的にはタックルをかわすラグビーの選手だ。
そのような格好で走っていても疲れを感じない。
おもったよりスペックは高そうな身体だった。
基本的に主人公は招待選手です。
そのため、高スペックのほぼ無敵。
でもそれを実際に試す機会は?
わざわざ、自分に刃物を当てて試す人は居ませんよね。
この話は主人公の周りで振り回される人の話です。