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綾原の事情【65】


 神殿兵の目を慣れた様子でくぐり抜け、綾原は俺と巫女をとある部屋へと導いた。

 部屋に通され、綾原がドアに鍵をかけている間、俺は部屋を見回す。

 四メートル四方ほどの木造の部屋で、簡単な寝台と椅子、小机のみが置かれた質素な部屋だった。


『どうやら日常茶飯事だったようだな』


 何が?


『かくれんぼだ。巫女はよくそれで付き人を困らせていたようだ』


 付き人?


『綾原だ』


 あぁなるほど。だから俺たちの居場所がわかったわけか。


 俺は仮面マスケラを頭から取り、着ていた神衣を脱いでベッドに置いた。

 最初に着ていたフード付きの外套衣だけの、身軽な格好になる。


『まずは彼女に事情の説明だな。――と、その前に。

 綾原奈々はまだお前のことに気付いていないのか?』


 俺は苦く笑って頬を掻く。

 ……うん。まぁ、そんなとこ。


『なぜ説明しなかった?』


 今まで口をふさがれていたから言えるタイミングがなかったんだ。


『それで今は声が出ない、と。最悪だな。まるで卒業式まで勇気が出ずに結局告白できませんでした並みに寂しい結果じゃねぇか』


 いや、それ関係ないだろ。


『まぁいい。お前そこにいろ。俺が説明してくる』


 巫女が手で制して俺をその場に留め、綾原のところへと歩いていく。



 ――綾原とおっちゃんが二人で話している間。



 暇になった俺は、ふと小机の上に置かれた一冊の本に気付いた。

 手にとってページをめくる。

 自分で作った魔法陣の勉強ノートだったようだ。

 綾原の書く字はほんと小さくてかわいい。

 俺は入院していた時のことを思い出して微笑した。

 ほんと、どこの世界だろうとこういうところは綾原らしいな。

 しばらくページをめくって。

 俺はふとヒラリと床に落ちた四つ折の紙に気付いた。

 本を机上に置き、俺は床に落ちた紙を手にとった。


 紙を広げて見つめる。

 慶徳義塾――綾原が通っている塾の、成績表と順位が書かれた紙だった。

 その直後!


 駆け寄ってきた綾原から激しく紙を奪われる。

 すぐにその紙を本の間に挟み、綾原は本を抱いて無言で俺に背を向けた。


 俺の目に綾原が少し泣いているように見えたのは気のせいか。


 おっちゃんが頭の中で俺に聞いてくる。

『お前、何見たんだ?』


 俺は首を傾げつつ曖昧に答える。

 い、いや別に何も……。


『泣いてるぞ』


 はぁ!? 嘘だろ!


『……お前、今マジで何見たんだ?』


 俺は慌てて両手を振って弁解する。

 い、いやほんと別に何も。いや、あのその、ちらりと見ただけで。ほんと見るつもりはなかったんだが偶然──


 巫女が無言で、俺に背を向けたままの綾原を指し示す。


 俺は激しく首を横に振った。

 ほんとマジで、俺そんなつもりもなくて、偶然だったんだ!


 巫女が無言で俺に近寄ってくる。

 そして俺の腕をぽんと叩いてきた。


『一応、事の経緯は説明しといたぞ。お前のこともな』


 俺は頬を引きつらせた。

 タイミング悪いな、おっちゃん。


 巫女が半眼で俺を見てくる。

『お前、ほんと何見たんだ?』


 んー……。

 俺は気まずく頬を掻いた。

 できれば俺も見たくなかった。あの紙が何であるか知っていたらきっと見ていない。


『だから何を見たんだ?』


「帰って」

 消えるかのようなか細い声で、綾原は俺に言った。

「私はもうあの世界には戻りたくないの……」



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