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神の生贄【61】


 祭壇の前に拘束されたイナさんが連れてこられる。


 俺は内心叫ばずにはいられなかった。

 イナさん!


『馬鹿、動くな! 縄を解かれているのがバレるだろうが!』


 だけど!


『いいから落ち着け! イナはまだ殺されはしない。儀式には順序があるはずだ。合図を出す。それまで待て』


 合図っていつ出す気だよ!? 助けるなら今だろ!


『まだ待て』


 待つっていつまで!?


『まだだ。もう少し待つんだ』


 俺の心はイライラして落ち着かなかった。

 けど、本当にちゃんと助けるタイミングがあるのかよ!


『いいから待て。ちゃんと合図を送る。絶対に変な気を起こすなよ』


 心臓の鼓動が高鳴り、汗ばむ手に緊張が走る。

 いつおっちゃんの合図があってもすぐにイナさんのところへ走れるようにそっと体勢をとる。


 壇上の下で、セディスが俺に向けて軽く頭を下げる。

「この者は神聖なるこの地を汚し、災いをもたらそうとした者です。我らが守りし宝玉もこの者が盗み、壊してしまいました」


 あの野郎ッ! あることないこと言いやがって!


『落ち着け! 感情に流されるな!』


 セディスが両腕を広げて声を荒げる。

「よって、邪悪なる魂を持ちしこの者に、今ここで天罰を与えたもう!」


 大広場から大気を揺るがすほどの歓声があがった。


 拘束されたイナさんが移動させられ、階段最上の端で首を階段に突き出す形で土下座させられる。

 ともに処刑執行人と思われる鋭く刃のデカイ大刀を持った一人の神官が現れた。


 俺は苛立ちに内心で叫んだ。

 まだかよ、おっちゃん!


『まだだ! まだ待て!』


 大刀を持った神官がイナさんの真横に立つ。

 そしてゆっくりと大刀を振り上げていった。


 おっちゃん!


『まだ待て! 今行ってもセディスに阻止されるだけだ! まだ動くな、絶対にだ!』


 だけど!


『いいから待て!』


 振り上げられた大刀が高い位置で止まった。

 ――イナさんが殺される!

 そう強く思った瞬間、俺の体の中で異変が起きた。

 心臓がドクンと激しく脈打つ。

 北の砦の時に感じた激しい力が全身に湧き上がり駆け巡っていく。

 頭の中に聞こえてくる、おっちゃん以外の声。

 あどけなく、それでいて幼い子供の声。


 戦ウノ……?


 ――え?

 俺がハッと我に返ると同時、どこかから鎖状のものが絡まるような金属音が鳴り響いた。


 周囲にどよめきが走ったのはその直後だった。



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