無茶言うな【54】
上階から何やら慌しい足音が聞こえてくる。
俺は何事かとごろりと寝返った。
一人の男がなるべく声量を落としつつも動揺を隠せないまま、伝令を言ってくる。
「た、大変です、副神官様」
落ち着いた口調でセディスは言葉を返す。
「どうしたのですか?」
「み、巫女様が急にご乱心を……。それで大神官様が副神官様を捜しておいでで、こちらに向かっています」
「大神官が!」
上階でガタリと激しく椅子を引く音が聞こえてきた。
さすがのセディスもこれには動揺したようだ。一瞬声を荒げたものの、すぐに声を落とし、しかし焦りの色は隠せることなく口早に番兵に指示を出す。
「すぐにここを出ます。番兵」
「はっ」
「急いで下にいる彼を別の場所へと移してください。私が大神官の気を引きます」
「承知しました」
上階での会話が気になったのだろう。
綾原が目を向けて呟く。
「巫女様が……?」
そしてオロオロと落ち着かなくなった。
すぐに地下の入り口が番兵の手により開き、番兵と伝令兵が一人、階段を下りてきた。
綾原がその伝令兵にすがりつくようにして尋ねる。
「巫女様に何があったのです?」
伝令兵は首を横に振る。
「わかりません。急に巫女様が可笑しな言動を始められて神殿中が大騒ぎしています。それで大神官様はお怒りのご様子で副神官様を捜されて……。きっと大神殿前で騒ぎを起こした者が巫女様に災いをもたらしたのだろうと……」
三人の視線が一気に俺に集う。
な、なんだよ。俺がいったい何をしたっていうんだ?
番兵が牢に近づき、檻の扉に鍵を差し込む。
その間、伝令兵は綾原を宥めるように言葉で促した。
「奈々様は早く巫女様のところへ」
「セディスに伝えてください。彼に手を出さないようにと。彼を傷つけるような真似をすれば私は──」
「ご安心を。さぁ早く奈々様は巫女様のところへ」
無言で。
綾原は頷いて、上階への階段を駆け上がった。
牢の扉が開き、番兵と伝令兵が俺のところにやってくる。
背後から目隠しを当てられ、その結び目を後頭部できつく締められた。
俺の視界は完全に閉ざされる。
これで状況を知る術は耳だけとなった。
手荒く両腕を掴まれると、俺はその場から無理やり立ち起こされる。
踏み出すことで、つながった足枷の短いチェーンが音を鳴らす。
俺は慣れない足枷のチェーンに歩幅を制限され、転びそうになってよろめいた。
「おい、こら歩け」
「とっとと歩け」
無茶言うな。
口が塞がれているので内心でツッコむ。
はっきりいって足枷を外してもらわなければ歩きにくい。
転びそうになりながらも俺は二人に両腕を掴まれ、強制的にそこから歩かされた。




