それでも守りたいもの【47】
再び神殿前の庭園へと到着した俺は、アミルを一旦木のそばで待たせ、そして少し離れた場所へと移動した。
移動してすぐ、肩にいる小猿に頼みごとをする。
「頼みとは何じゃ?」
俺は謝る。
悪い。ここでケンタウロスと一緒に待機していてくれないか? もし、一日経っても俺が戻ってこなかったら。――その時は水晶玉と本のことをディーマンに託したい。
小猿が驚いた顔で俺を見てくる。
「なんじゃと? お主、まさかワシ等を置いて一人で神殿へ行くつもりなのか?」
答えず。
俺は肩にいる小猿を手に取り、そっと荷車の中へと置く。
「小僧っ子。お主やはり一人で……」
荷車の中で、小猿が心配そうに俺を見て呟いた。
デシデシが荷車から身を乗り出して言ってくる。
「ぼ、ボクは一緒に行くデシよ、K!」
お前……
呟く俺をよそに、デシデシは背負っていた風呂敷の荷物を外し、荷車から地に降り立った。
そして俺の足にしがみついてくる。
俺は仲間思うデシデシの気持ちに、思わず涙腺が緩みそうになった。
デシデシが俺を見上げて泣きそうな顔で言ってくる。
「ボクだってイナの勇者になりたいデシ! 一人でおいしいとこ全部持っていくなんてずるいデシ! こんなのフェアじゃないデシ!」
だよな。一瞬でも感動した俺が馬鹿だったよ。
俺はデシデシの本音を知り、乾いた目の淵を軽く指でふき取った。
肩でモップが俺の髪を掴んで引っ張ってくる。
『まさかお前、俺まで置いていこうとしているんじゃないだろうな?』
いや、おっちゃんは一緒に来てくれ。マジで。
モップがお手上げながらに「やれやれ」と首を横に振り、冷めた口調で言ってくる。
『一瞬でも感動した俺が馬鹿だったよ』
やめろ、そのリピート。
『言っておくが俺をアテにするなよ。今は二日酔いで魔法が上手く使えなくなっている』
なに墓穴掘ってんだよ、おっちゃん。
『墓穴掘っているのはお前も同じだ。今ディーマンと離れるのは自殺行為に等しい。今この中で一番の戦力はディーマンだ。お前は魔法が使えないんだぞ。わかっているのか?』
わかっている。
『じゃぁなぜディーマンと離れる?』
……。
俺は視線を落とし、口を閉ざした。
わかっている。自分でも馬鹿なことをしていると思っている。
少し苛立つように拳を握り締めていく。
内心で、俺はおっちゃんを呼んだ。
『なんだ?』
俺はおっちゃんに尋ねる。
おっちゃんの中で絶対にこれだけは死守しなければならないものってあるか? それがどんなに不利な状況でも、たとえ何かを天秤にかけたとしても、それでも絶対に守り通さなければならないものだ。
『……まぁそうだな。たしかに、無いと言えば嘘になるな』
もし俺が捕まってイナさんが逆の立場だったとしたら、イナさんは俺を置いてこの街を出たと思うか?
『彼女にそのつもりがあったならお前に本なんて預けなかっただろう』
俺が居なくなった時、イナさんは必死になって俺のことを捜してくれた。だから俺もそうしたいんだ。イナさんがそうしてくれたように俺もイナさんを捜したい。捜し出して、そして無事で良かったと言ってあげたいんだ。
けど、イナさんはきっと喜ばない。約束を破ってまでそんなことされても、きっと嬉しくないと思うんだ。だから
『それでディーマンに本を託すってわけか』
綾原から受け取った水晶玉のことだってそうだ。アイツのあんなに必死な顔、今まで見たことなかった。黒江先生に言い返した時だってそうだ。どんなにクラスで無視されようと、アイツはいつも余裕に澄ました顔をしていた。だからすごく意外だったんだ。
きっと何か深い事情があると思う。けど俺には先に、つけなければならないケジメがある。
おっちゃんは俺のその言葉を鼻で笑って。
そして裏声で言ってくる。
『そ、そんなクっサイ台詞吐かれたって、か、カッコイイとか言ってやらないんだからね!』
おえぇー。
「急にどうした? 小僧っ子」
「どうしたデシか?」
無言でいた俺がいきなり顔を歪めて吐きそうな顔をしたからだろう。
デシデシと小猿が俺を心配して声をかけてきた。




