挑発【42】
パチパチと。
後方から前方へ、上空を静電気のような電流が走り抜けていく音が聞こえてきた。
俺は走りながら空を見上げる。
気のせい、か?
視線を落とし、追っ手が来ていないか振り返る。
追いかけられている気配はない。
綾原が上手く引きつけてくれているのだろう。
パチパチと。
また後方から前方へと、あの音が駆け抜けていく。
瞬間!
おっちゃんが俺の頭の中で叫んできた。
『止まれ!』
え?
俺は足を止めて即座にその場に踏みとどまる。
その直後。
ヴンと虫の羽音のような音がして、俺のすぐ目の前に電流の走る透明な壁のようなものが立ちはだかった。
振り返れば真後ろも。
な、なんだよ、これ!
いきなり板ばさみにされて俺は戸惑った。
おっちゃんが頭の中で言ってくる。
『それに触れるなよ。感電死するほどの威力を持っている』
感電死だと?
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
なんだろう。なんかセーターに全力で下敷きをこすって静電気発生させたやつに全身を板ばさみされている気分だ。
……。
絶対、俺の頭髪が全部逆立ってるはず。
『俺の話聞いちゃいねぇな、お前。問題はそこじゃないだろ。絶対にその場を動くなよ』
だははは! モップの毛がすげーことになってる!
『真面目に聞け、コラ!』
あーごめん。俺も最初は真面目に考えた。
謝る俺をよそに、モップが俺の肩の上で裸手を突き出す。
前後見えない壁に魔法陣が刻み込まれ、そして壁と相殺するように消えていった。
『術は消した。もう動いて大丈夫だ』
俺は逆立ったであろう自分の頭髪を撫で整える。
静電気の軽いパリパリという音が耳に届く。
なんかちょっと楽しい。
『術のレベルが高い。黒騎士がどこかに潜んでいるはずだ。気をつけろ』
言われて俺は無言で辺りを見回した。
その視界に映る──
「こんな能力ですら解除できないなんて、君の力ってやっぱり大したことないんだね」
だははは! モップの全身がすげーことになってる!
『おい、何か言っているぞ』
え?
咳払いが聞こえてきて、俺はようやくその人物に目を向けた。
俺と同じ白の外套衣で身を隠しフードを目深にかぶった奴が一人、ある程度の距離を保ちたたずんでいる。
それが誰であるか、さきほどの声と口調だけですぐにわかった。
俺は真顔になって問いかける。
お前がXか?
そいつは落ち着き払った様子でフードを取り、顔を見せた。
歳は俺とそう変わらなく見える。金髪で碧眼。見るからに優男だ。だが声や口調だけがなぜか妙に小学生くさく聞こえるのは気のせいか。
『アバターだからな』
なぜこの世界で俺だけ選べない?
『誰も好んで姿形は選んでいないはずだ。この世界に入った瞬間、自然とかたどられる』
原型そのままとか一番嫌なパターンじゃねぇか。チェンジで。
『俺に言うな』
Xは微笑する。
「改めて初めましてだね、K。僕がXだ。君を狩る為に僕は生まれてきた」
おっちゃんが感嘆の声をもらす。
『ほぉ。イクスを名乗るか。その意味知ってか知らずか』
いや、全然わかんねー。
『知らなくていい』
教えろ。
『やだね』
Xは言葉を続ける。
「ようやく君とこの世界で出会えて僕はとても嬉しいよ。あんな見え透いた嘘ですら、君はすぐに僕の挑発に乗ってきてくれる。実に単純だね」
嘘だと?
「そうだよ。今頃気付いたのかい?」
おっちゃんが鼻で笑う。
『何とも安い挑発だったな。それに平気で食って掛かった奴の顔が見てみたいもんだ』
オイ、今モップがちらりとこっち見たぞ。
俺を無視してモップがXへと片腕を突き出して魔法陣を展開させる。
『さてと。俺はな、ネチネチ言うだけ言って何しに来たのかわからない奴が大嫌いだ。用件が済んだらとっとと帰ってくれるか、それともここで一戦交えたいのか、それを聞いてくれないか?』
俺が聞くのかよ。
『お前がまだ奴の話に付き合いたいというなら別だけどな』
俺も嫌だ。
『先手をぶち込んでやりたいのは山々だが、なるべく騒ぎは起こしたくない。上手く言ってお帰り願え』
失敗したら?
『相手は雑魚じゃない。一戦交えるとなれば相当な魔力をもって戦うことになる。指揮階級の黒騎士を呼び込むことになったとしても、それは必然だ』
責任重大じゃねぇか。だがまぁたしかに、俺もこれ以上話に付き合いたくはねぇな。




