逃げて逃げてと言われたら、答えてあげるが世の情け【40】
息を切らして走ってきたその女の子は俺にぶつかり、俺はよろめいただけだったが、女の子の方が転倒してしまった。
見た目は小学一年生くらいか。この国の住民とは明らかに違う──巫女のような格好の白い法衣を身にまとっていた。腰の辺りまで伸ばした栗色の髪、その左右少しだけの髪を束ねて無音の鈴の付いた髪留めをしている。
だ、大丈夫か?
俺は様子をうかがうように手を差しのべる。
すると、その女の子は俺の手を掴むどころか、すかさず持っていた手まりほどの水晶玉を押し付けるように手渡してきた。
切羽詰った顔して俺に言ってくる。
「お願い、それを持って逃げて!」
は?
「遠くに捨てて! 二度とガーネラの手に渡らないくらい、できるだけ遠くに」
ちょ、待て。
「いたぞ!」
「あそこだ!」
追っ手と思わしき複数の人たちがこちらへ向けて走ってくる。
女の子はハッとするように、すぐに俺の背に回って突き飛ばしてきた。
「急いで逃げて! 早く!」
逃げるって、これを持って俺にどこへ行けというんだ?
いきなりフッと。
どこからか駆けつけてきた人物が俺の腕を掴んで勢いよく引っ張ってきた。
グンと勢いに引っ張られるようにして前のめりに転びそうになりながらも、俺は仕方なく走り出す。
俺の腕を掴む強さと細い指先からして、女だ。
顔はフードで隠していて見えない。
その女は無言で俺をどこかへ導いていく。
人ごみをぬって、近くの建物の影へと連れ込まれる。
彼女は走りを止めなかった。
俺も仕方なくついて走る。
追ってくる者はいない。
上手く撒けたのか?
おっちゃんが俺の頭の中で呆れた声で言ってくる。
『またお前……。もうさ、事あるごとに面倒ごと増やす癖やめような』
なんだよ、俺のせいだっていうのかよ!
『まぁ巻き込まれちまったもんは仕方ない。とりあえずその水晶玉をストレスこめて、どこか遠くへぶん投げてやれ』
だから、ぶん投げろとか捨てろとか言われても、この街を出ない限りはどうせ投げ捨てても誰かにすぐ回収されるだろ。
『そりゃ言えてる』
深く複雑に、街の裏路地を彼女とともに駆け抜けて。
ほどよく走り抜けたところで、ようやく彼女も俺も息を切らして足を止めた。
俺は彼女の肩を掴むと、苛立ち気味に声をかける。
あのさ。いきなり腕引っ張って走らされて、いったい何なんだよ。
「…………」
掴む俺の手を無言で払い退けて、彼女が正面へと向き直ってくる。
な、なんだよ。
俺は軽く防御の構えをとった。
モップもいざという時の為か警戒に俺の肩で小さな魔法陣を展開させる。
空気が張り詰めたような気がした。
相手が敵か味方かも判断しないまま、俺は彼女についてきてしまったのだ。
もし、彼女が黒騎士だったら──
彼女が静かに両手を上げてくる。
そしておもむろに被っていたフードに手をかけた。そのままゆっくりとフードを肩に下ろしていく。
フードを取り、彼女の正体を知った俺は大きく息を呑んで目を見開いた。
思わず震える指先を彼女に突きつける。
お、お前──まさか!?




