神殿兵には気をつけろ【35】
東の空に陽が昇り始め、空が明るくなってきた頃。
森を抜けた先に小さな町が見え始める。
俺たちはようやく次なる町──【アタン】という町にたどり着くことができた。
お? 町だ。
イナさんが微笑する。
「まぁようやく一段落ってとこね。あと二つほど町を過ぎたところに【アネル】って町があるから、そこを過ぎれば国境を越えられる。それまでまだまだ油断は禁物だけど」
そうだ。まだ国境を越えたわけではない。
イナさんの言う通り、油断は禁物だ。
その言葉を表すかのように、町の入り口には厳しい検問が待っていた。
「ケイは【アタン】に着いたら何か予定でもあるのかい?」
え? 予定? いや、特には……。
「だったらあたいにちょいと付き合いな。面白いもの見せてあげるから」
面白いもの?
イナさんの表情が変わる。フードを目深に被って顔を隠し、
「その前に、検問にいる神殿兵には気をつけな。よそ者ってことがバレたら首をはねられるよ」
俺は身震いした。
そしてイナさんを真似るように慌ててフードを目深に被って顔を隠す。
馬車はゆっくりと検問へと向かって走り出した。
※
検問で馬車を停め、そこに居た二人の神殿兵にイナさんは懐から古い木切れのような物を取り出して見せた。
一目見て、神殿兵は木切れをイナさんに返す。
神殿兵の目が俺へと向いた。
「おい、お前。身分証を見せろ」
え? 身分証だと?
予想外のことに俺は動揺し、慌てて服の中を探る。
ハッキリ言って入っているはずがない。
ってか、おっちゃん! こういう大事なことは事前に教えてくれ!
『俺も知らなかったんだ。入国時はモップの姿で売買されたからな。必要なかった』
イナさんが青ざめた顔で聞いてくる。
「あんたまさか身分証を持っていないんじゃ……」
俺の肩に居た小猿が「やれやれ」とばかりに木切れを渡してくる。声を落として、
「運が良いな小僧っ子よ。Dの身分証がある。使うがよい」
俺は安堵に胸を撫で下ろした。
ありがとう、助かったよディーマン。
木切れを小猿から受け取って、俺は神殿兵にその木切れを見せた。
そして木切れを返してくる。
良かった。
俺もイナさんも互いに見合って胸を撫で下ろした。
神殿兵が聞いてくる。
「目的は?」
その問いかけにイナさんが答える。
「アーテネル巡礼」
「滞在期間は?」
「三日」
一人の神殿兵が道を開ける。
「通れ」
「いや、待て」
もう一人の神殿兵がそれを止めた。
「そこのお前、もう一度身分証を見せろ」
え? 俺。
俺の心臓がドキンと跳ねる。
何かマズイことでも書かれていたのだろうか?
俺は小猿から木切れを受け取り、再び神殿兵に見せた。
神殿兵が俺に聞いてくる。
「お前、名前は?」
え? えっと……
戸惑う俺に小猿が耳打ちしてくる。
「あの木切れに名など記されておらん。適当に言えばよい」
俺は不安残る声で神殿兵に返事する。
け、ケイです。
「では馬車の後ろからついてきているのは誰だ?」
言われて俺は御者台から身を乗り出して振り返った。
そこに居たのは手押し車を引いたケンタウロスだった。
俺は眉間にシワを寄せて唸り考え込む。
……。
あれ? 上半身だけ人の場合って、身分証はどうなるんだ?




