コードネームD【29】
その青年は冷静に眼鏡を人差し指でくいっと上げると、真顔で俺に言ってきた。
「僕の名はD。正式にはコードネームD。今、人生という道に迷っているところだ」
……えーっと。
俺はぽりぽりと頬を掻いた。
なんかそれ、ものすごく言い返し辛いんだが。
青年──コードネームDは淡々と俺に質問を続けてくる。
「君は異世界人か? それともこの世界の住人か? という問いかけに、君は『異世界人だよ』と答えてくるはずだ」
俺は肩を滑らせた。
じゃぁ聞くなよッ! 答えわかってんじゃねぇか!
俺の頭の中でおっちゃんが声をかけてくる。
『相手にするな。コイツからとんでもねぇ殺気を感じる』
殺気?
Dの右手が鋭い刃物へと変化していく。
「僕と一戦しないか? そうすれば君のコードネームがKか否かがはっきりする。クトゥルク──遥かなる高み。神のみが持つ力。君を倒せば大きな経験値が得られそうだ」
経験値?
『相手にとってはたかがゲーム。だがお前にとっては命がけの戦闘だ。忘れているだろうから念押しに言っておくが、今のお前は生身のままこの世界に召喚されている。ログアウトなんてできないからな。まともに相手にすればお前はこの世界で死ぬことになるぞ』
→ 逃げる。
『上等だ』
俺が逃げようと踵を返した時、いきなり俺の片腕に鎖が絡んでくる。
鎖をたどって視線を向ければその先にDがいた。
「戦線放棄は許さない」
ヤバイっておっちゃん、逃げられないぞ!
『隙なら俺が作ってやる』
おっちゃんが言うと同時、俺の腕の中にいたデシデシが目覚め、そして勢いよく宙に飛び出す。
そのままDの目前、ぴんと張った鎖の上にデシデシは華麗に二本足で着地し、相手に向けて片前足を突き出す。
その先に出現する魔法陣。
デシデシがフッと笑う。おっちゃんの声で、
『新米の黒騎士にしては悪くないレベルだ。だがその程度のレベルで“極”領域内の相手に喧嘩を売るなんざ、まだ早いな』
声は唐突にDの肩から聞こえてきた。老人のようなしわがれた声で、
「なーにを寝ぼけたことを言っておる。あんなクソったれた黒騎士どもと一緒にしてもらっては困るな」
一匹の子猿がDの肩によじのぼってきた。
「ワシじゃよ、ワシ」
デシデシが構えていた魔法陣を解く。
『なんだ。お前か、ディーマン』
「勝手に救援頼んでおいてお前さんすっかり忘れておったろう? 逃げ道はすでに確保しておる。ついてくるが良い」




