お前は誰だ?【28】
地下を出て玄関のドアを開けた時、横殴りの強い熱風が肌を叩いた。
俺は思わず口元を腕で覆う。
街の外はまるでサウナ状態に蒸されていた。
闇に覆われた空。月も星も消えてなくなっている。
街は誰一人として姿を見かけない。
すでに避難した後なのか、それとも──
俺の視線はすぐにある一点へと向いた。
ここから程遠い中心地にある神殿辺りが一際赤く燃え上がっている。
そこに聳え立つ黒く巨大な人間の体をした牛の頭が棍棒を振りかざしている。
頭の中でおっちゃんが驚愕の声を上げる。
『戦闘巨人だと!? ってことは、奴がこの街に来ているというのか!』
俺はおっちゃんに尋ねる。
奴って誰? セガールか?
『いや、セガールよりもっと厄介な黒騎士野郎だ。奴にだけは絶対にお前を会わせたくない』
ミノタウロスを囲むようにして浮かぶ幾輪もの魔法陣が虚空に現れる。それが打ち上げ花火のごとく音を出して炸裂した。
その効果はあまりなさそうだ。
ミノタウロスは平然とした顔で振りかざした棍棒を神殿に叩き下ろした。
その威力が振動となって俺達のところまで伝わってくる。
ふいにデシデシが俺の足元で卒倒した。
あ! おいデシデシ! しっかりしろ!
俺は慌てて身を屈み、足元のデシデシを抱き起こす。
腕の中で微かに目を開けてデシデシ。震える声で、
「もう駄目デシ……ボクたち終わったデシ……あんな魔物にバリバリと食べられてしまうくらいなら気絶したままの方がいいデシ」
それだけを告げて、デシデシは目を閉じて首をカクンと落とした。
おい、デシデシ!
体を揺すってみたが起きる気配はない。
俺の肩でモップがくいくいとフードの裾を引っ張ってくる。
それに合わせるかのように頭の中でおっちゃんが話しかけてきた。
『遊んでいる場合か。今すぐここを離れるぞ』
俺はデシデシを抱き上げると辺りを見回した。
おっちゃん、どっちへ逃げればいい?
『西だ。西へ向かって行け。この騒動だ、もしかしたら検問が手薄になっているかもしれん。影は魔物が潜んでいる。なるべく明るい道を探すんだ。援護は俺がしてやるからお前は絶対にクトゥルクの力を使うな。使えば黒騎士がお前の力に引き寄せられてこっちに来る』
援護って、おっちゃんがどうやって?
『それは秘密だ』
またそれかよ。
俺がその場から逃げようと動き出したその時──
一人の白い外套衣を着た青年が俺の前に立ちふさがった。
俺は警戒して攻撃の構えを取る。
おっちゃんが苛立たしげに舌打ちする。
『こんな時に余計な邪魔が』
どうする? おっちゃん。
『お前は何もするな。俺がやるから黙ってろ』
その青年は冷静な様子で眼鏡を人差し指でくいっと上げると、真顔で俺に言ってきた。
「君は誰だ?」
いや、お前が誰だ?
俺はツッコまずにはいられなかった。




