暗闇の訪問者【26】
デシデシが俺に尋ねてくる。
「追いかけてみるデシか?」
俺は頷いた。
あとをつけてみよう。
デシデシとともに部屋を出る。
すると頭の中でおっちゃんが言ってきた。
『やめとけ』
俺は足を止めた。
なぜだ?
『あからさま過ぎる』
行かない方がいいって言うのか?
部屋の出入り口付近でデシデシが俺の方へと振り返ってくる。
「行かないデシか?」
ちょっと待ってくれ、デシデシ。
しばしの間を置いて。
おっちゃんは声を落として言ってきた。
『地下へ行ってみてくれないか? 少し調べたいことがある』
※
頭上にスライム、肩にモップ、そして足元にデシデシを引き連れて。
俺は手燭を片手に地下室のドアを開いていった。
外国の幽霊屋敷に入ったような、木が軋む独特な音が響き渡る。
先は暗く、その下は階段となっていた。
湿気を含んだカビくさい匂いが鼻をつく。
デシデシが俺の足にしがみついて震えた声で言ってくる。
「ち、地下は嫌デシ。いつ魔物が出てきてもおかしくない所デシ」
言うな。
「本当に入るんデシか? 魔物が出たらボク達食べられちゃうデシよ?」
わかっている。俺だって地下はトラウマだ。けど、セディスの秘密を探るには地下に行かなければならないらしい。
「それ、誰が言ったんデシか?」
えっと。
『言うなよ。俺のことを話せばクトゥルク持ちだってことがバレるぞ』
俺は頬を掻いて唸り考えた後、遠い目をして答える。
──という、妖精さんの声が聞こえた気がしたんだ。
デシデシが鼻で笑ってくる。
「さすがジャングル育ちデシね」
どういう意味だ? それは。
言い合う俺とデシデシの間を裂くかのように、俺の頭上にいたスライムがポンと跳ねて足元に落ちる。
そのままピンポン玉が跳ねるようにしてスライムは先に暗闇の階段を下りていった。
……。
それをしばし見送った後。
俺とデシデシは無言で顔を向き合わせる。
デシデシが階下を指差して、
「安全みたいデシよ?」
そうだな。
俺とデシデシは素直に階段を下りていった。
※
地下は一フロアとなっており、祭壇や本棚、魔術の素材、道具、それ等を並べる縦長い陳列机が置かれていた。
魔法使い独特の部屋って感じがする。ここで魔術の研究をしたりしているんだろうか。
俺とデシデシは物珍しそうに見ながら部屋奥へと歩を進めた。
そしてある物を目にして俺は足を止める。
鍋? 材料もそのまま置いてある。調合する前だったのだろうか?
その脇に本。どうやらこれらを書き記す途中だったらしい。
俺は手燭を台の上に置き、そこにあった一本の羽ペンを手に取った。
羽ペンか。なんか魔法使いって感じでいいな、これ。――ん? おぉ! なんだこれ、宙に光の字が書けるぞ! おもしれぇ!
宙に字を書いて遊んでいると、ツンツンと服の裾を引っ張られた。
その方向へと目をやる。
するとそこには尾羽を付けたマスケラで顔半分を隠したデシデシがいた。
俺は声を上げてその場で腰を抜かす。
デシデシが口端を歪めて馬鹿にしたように鼻で笑ってくる。
「驚き過ぎデシ。ボクを魔物かと思ったデシか? Kは面白いデシね。まるで冒険初心者みたいな反応だったデシ」
いや、俺からすれば猫が立ってしゃべっている時点ですでに異常の度合いを越しているんだが。
デシデシはマスケラを顔から取って俺に渡してくる。
「片付けよろしくデシ」
自分でやれ。
そんな時だった。
上階からドアが開く音が聞こえてきた。
一瞬セディスが帰ってきたのかと思ったが、その考えはすぐに否定へと変わる。
複数の乱れた足音。
見上げた木造床──地下からすれば木造の天井上では幾度となく行き来する足音。何人かでウロウロと何かを探しているようだ。
俺もデシデシも雰囲気を察して口を手で押さえ、声を押し殺す。
上から声が響いて聞こえてくる。
「居たか?」
「いや、居ない」
「二階もだ。さっきまで寝ていた形跡はあったが、すでに抜け出した後だ」
「勘付かれたか」
「祭りの日までは大人しくしてくれるものだと思っていたんだが」
「裏口から外へ逃げたかもしれん」
「外といえど街のどこかに居るはずだ。検問はすでに神殿兵たちが封鎖している。結界を超えたとしてもこの夜だ。塀の外は魔物もいるし、隣町までは丸二日かかる。そう簡単に逃げられはしないはずだ」
ガタン、と。
やたら近いところから物音が聞こえてきた。
俺は心臓が止まりそうになった。
目を向ければ、そこに積み上げられていた物が今にも崩れそうにしている。
隣でデシデシが「わぁお」と小さく声を上げる。
「やはりあのマスケラは取るべきではなかったデシ」
お前のせいかッ!
同時、積み上げられていた物が音を立てて崩れ出した。
俺たちは急いで逃げ場を探す。
音を聞いて上階でも会話が止まる。
「地下だ」
一人の声を合図の一斉に複数の駆け出す音が聞こえてくる。
俺は焦った。
袋のねずみじゃねぇか、ここ! ──って、あれ? デシデシが居ない!?
「ボクはここデシ」
猫鍋!? ずるいぞ、お前だけ!
急いで手燭の火を消して、俺はとっさに手に持っていたマスケラを顔に付けて人形のようにその場に固まった。
すぐに手燭を持った複数の外套衣を着た者たちが地下室へと入ってくる。
物音の原因となった場所に明かりを向ければ、そこには一匹のスライムが飛び跳ねていた。
原因が判明し、彼らはため息を落とす。
「なんだ。研究素材が逃げ出して暴れていただけか」
その直後だった。
ドン! と地鳴るような音が轟き、微弱な振動がくる。
「この強い魔力は!」
「まさか黒騎士!?」
一階から声が聞こえてくる。
「黒騎士だ! 黒騎士が現れたぞ! 緋炎の赤猿だ!」
「もう乗り込んできたというのか」
「このままだと奈々様の身に危険が──」
会話を切り、そのまま慌しく一階へと駆け戻っていく。
彼らが居なくなり、真っ暗闇となった地下の一室で。
俺は何気に手を叩き合わせた。
無意味であることに気付いて、ぽつりとデシデシに声をかける。
あのさ。お前、猫目なんだから暗くても見えるだろ? どこかから火を見つけてきてロウソクに点けてくれないか?
「……Kはやっぱ馬鹿デシ」




