夜に抜け出すだと?【25】
この街の夜は早い。
窓から見える路上も家々も、ほとんどの明かりが消されていた。
犬が遠吠えるわけでもなく本当に静かな夜。
俺はセディスにもらった手燭の明かりを頼りにして部屋に入った。
手燭をテーブルの上に置いて、ゴロリとベッドに寝転がる。
うー……疲れたぁ。
思いっきり手足を放り出してくつろぐ。
俺の隣でデシデシが身を丸めて眠りにつく。
「ボクはもう寝るデシ」
あぁ。俺も寝るよ。
スライムも俺の額の上に乗って眠りにつく。それがひんやりと冷たくて気持ちいい。
仰向けになって目を閉じると、なんだかそのまま眠れそうな気がした。
瞬間。
──スパン! と。
小さな手が俺の頬を爽快に叩いた。
痛ッてぇー!
俺は叩かれた頬に手を当ててうずくまった。
『起きろ』
起きてるだろ。普通に声かけてこいよ。
「どうしたデシか?」
そばで丸まっていたデシデシが顔を起こしてくる。
モップがくいくいと俺の服を引っ張ってきた。
『もう充分だろうが。今の内にここから抜け出すぞ』
俺は怪訝に顔をしかめた。
抜け出す?
『そうだ。まさか祭りの日まで馬鹿みたいにここでのんびりと暮らすつもりでいたのか?』
綾原を助けたい。
『だったらなぜ自分から動き出さない?』
クトゥルクを使うなと言ったのはおっちゃんの方だろ。
『まだわからないのか? セディスはお前にクトゥルクの力を使わせようとしているんだぞ』
言い返そうとして。
俺は言葉を詰まらせた。
たしかに何の力もない異世界人にここまで親切にするはずがない。それにセディスは俺に力を貸してほしいと言っていた。それはつまり──
『セディスという奴はお前の力を真っ向から黒騎士にぶつける気でいる』
わかっているよ、そんなこと。だけどちゃんと黒騎士から逃げるルートも考えてくれているし、みんなの安全だって考えてくれている。あの時みたいには絶対にならないよ。それにセディスは綾原も俺も元の世界に返してくれると約束してくれたんだ。
『それを絶対に守るという保障がどこにある?』
…………。
俺は力抜くようにため息を吐いた。
逆に聞くが、おっちゃんが俺たちを元の世界に返してくれるという保障はどこにあるんだ?
『ない』
だろ? じゃぁ俺はこの世界でいったい誰を信じればいい?
『俺を信じろ』
絶対いやだ。
『ほぉ。絶対とまで言うか』
だったら何もかも本当のことを全部俺に話してくれよ。おっちゃんの正体とか秘密にしていることとか全部だ。そしたら俺もおっちゃんのこと信じるよ。
『甘ったれるな。真実を知りたければ自分で探れ』
じゃぁもういい。何も知らなくていい。俺が誰を信じようと口出ししてくんなよ。
「K。ちょっとこっちに来るデシ」
小声で、デシデシが俺を窓辺へと手招いて呼び寄せる。
俺はベッドから足をおろし、窓辺へと移動した。
デシデシが窓の向こうを指差す。
「セディスがどこかへ出掛けていくデシ」
言われて見てみれば、たしかにセディスがどこかへ出掛けていく。しかも外套衣も無しに、だ。
こんな夜にいったい……?




